第七話:氷炎2
程なくして、三名が到着した。
「それで、わざわざ呼びつけるからにはそれなりの理由があってのことでしょうね?」
エルジェ夫人は笑顔で隠しているものの、やや不機嫌そうだ。他の二名も口には出さないが不満が顔にありありと出ている。
「ただの事情聴取です。犯人でなければ潔白の裏づけになりますから、ご協力お願いします」
「別にそこまでかしこまらなくても、協力程度ならしますわ」
探偵の温和な態度に、エルジェ夫人の態度も少し軟化したようだ。この状況に少しイライラしていて当たる相手でも欲しかったのかもしれない。
「その前に、最初にエルジェさんに見ていただきたいものがあります」
「私?」
「ロビン君、例の手帳を夫人に」
探偵に言われて、手帳をエルジェ夫人に渡す。たまたま僕が持っていたからそういうことになっただけだと思うけど、本当に助手みたいな扱いだな、と思った。
「これが何かしら?」
「被害者の仕事、プライベートを問わず出会う人間が記録されていたと思われる手帳です。その中に記されている名前で、この五人以外で『会合』に来た人物がいないか、確かめていただきたい」
「なるほど。私も書かれていたから容疑者扱いというわけですのね」
「そう気を悪くされないでください。それで、見つかりましたか?」
ぱらぱら、とエルジェ夫人は手帳をめくった。
「……ざっと見たところですけど、私含め、この五人以外の名前はありませんわ」
数秒もかからないうちに確認しきったらしい。
「ずいぶんと確認がお早いですね」
探偵も素直に称賛したようだが、夫人には疑惑の言葉に聞こえたらしい。
「お疑いであれば、たまたま名簿の写しを持ち合わせていますから、ご覧になっていただければ確証も取れるでしょう」
エルジェ夫人が手に持っていた小さなカバンから、折りたたまれた紙を広げた。
ずらりと並んだ名前はいくつか見知ったものもある。おそらく本当にこの会場の名簿なのだろうけど、たまたま持ち合わせていたというのはどういうわけだろうか。
「どうしました、お使いになりませんか?」
エルジェ夫人は裏を感じさせない笑顔でそういってきた。
あの笑顔からの直感だが、あの名簿はこの会合の出席者の素性を確かめるために利用していたのではないだろうか。考えすぎか。
「いやいや、そこまでは結構です。あなたのような貴族の矜持がある方がまさか、偽りを申し上げるはずはないでしょう」
「ずいぶんと高く評価していただけるようですけど、誰しも間違いというものはあります。そこのメイド、念のためこの名簿と手帳の人物を一人残らず照らし合わせなさい」
命じられた給仕は半泣きになりそうにながらも了承の返事をした。
200人近くの人間の名前を短時間で全てチェックしろ、というのは酷ではなかろうか。
「二時間もあればどんなドベなメイドでも名前の確認くらいはできるでしょう」
給仕の女性の身体がもう一度ビクリとした。むちゃくちゃな案件を押し付けられて実にかわいそうで仕方ない。僕が給仕に仕事を押し付けるときは、少しくらいは相手の気持ちになろうと思った。
「それと、エルジェさんの知る範囲で構わないのですが、キリカさんのお知り合いがこの『会合』に来てはおりませんか?」
「……個人的な因縁まで全て把握してるほどではないけれど。呪術師キリカが多くの関わりを持っていたとは思いません」
「なぜでしょう」
「彼女はあまり人と関わりませんし、プライベートな付き合いはほとんどないようでしたから。仕事の話であればその手帳に記されているようですし」
「つまり、手帳に記されていない人間以外に彼女は付き合いがなかっただろう、と」
「私の知る限り、ですけどね」
他の四名も否定するような素振りはない。被害者を知る者には共通の見識らしい。
「では本題の方に。まずはエルジェさんからお尋ねしましょう」
「どうぞ」
「被害者との関係をお教えください」
「別に大したものではありませんわ。彼女は呪術師以上に素材の管理者としてずいぶんと有能だから、仕事の上での付き合いがあった、というだけよ」
「具体的には?」
「彼女のコネを利用した希少な素材をこちらに流してもらう、というのが多かったかしら」
若返りの素材のことだろうか。魔術師クルビエが反応していれば分かりやすいが、布に覆われた顔からは表情を読み取れない。
「他には?」
「呪術なんて珍しい魔術だから、それの教授を受けたこともあったかしら。そんなものよ」
「では個人的なお付き合いはなかった、と」
「ええ。誰に聞いてもなかったと言うでしょうね。それがどうかしたかしら?」
「いや、この五名の中で唯一の女性ですから、異性との関係でトラブルがあったと推測するならあなたが一番怪しい、と思いまして」
辺りをエルジェは見回した。確かに、容疑者の中に女性は彼女しか居ない。
「なるほど。まあキリカのことは知りませんけど、私は5年以上前から夫であるリーギイン=イークルスとそれはもう仲睦まじい結婚生活を送っておりますの。無駄な詮索はしないで下さる?」
包み隠した意思などない本音全開の発言だが、探偵はどこ吹く風、といった感じだ。
「ああ、最後に。事件当時はどこに居られましたか」
「仕切りの向こうよ」
「透明化の魔法、なんてものを使ってこちらに来れたりはしませんでしたか?」
エルジェがぎろり、と探偵を睨んだ。純粋に怖い。
しかし、その顔も一瞬で先ほどの張り付いたような笑顔に戻った。
「まさか、貴族たる私がそのような小汚い真似をするとでも?」
「ああ、いや、あなたを疑ってるわけじゃあありません。この中で事件当時に第一貴族の部屋にいたのはあなただけですから、他の方でもそういうことができた方がいないか少々気になって」
探偵も落ち着いたものではあるが、エルジェ夫人の気迫に少々押され気味にも見える。
「私の見る限りですが、そんな透明化の魔術を使ったなんて居ませんでした。それに、そもそも私がそんな魔術を使えば周囲の方が必ず気づくでしょう」
まあ急に人間が消えたら誰かは覚えているだろうし、そもそもエルジェ夫人は第一貴族からは縁作りの相手としては人気者だ。周囲の目を盗んでこちらへ来れば大いに目立つ一人だろう。
「なるほど。どうもありがとうございます」
探偵は懐から手帳を取り出すと、さらさらと何かを書き記していった。
「次はドクター。あなたにご質問を」
「いいぜ。お手柔らかに頼むよ」
マークス医師はちらりとエルジェ夫人をみながら言った。彼女の化けの皮をもはがすような挑発はしないでほしい、ということだろう。
「善処しましょう。まずは殺害方法についてご質問が」
「なんかあんのか?」
「いえ、わざわざ内臓を貫き、焦がす、というのは少々特殊な殺し方に見えまして。心臓一つ貫けば十分だというのに、わざわざ焦がす、というのがわからなかったんです」
「ああ、そういうこと。まあ人間相手にやるのは珍しいが、確実に生命を殺す手段としてはなくはない」
「人間以外、というとどのような生物に?」
「例えば竜なんかは外殻がぶ厚すぎるってんで内臓から殺しにかかる手法もあったんじゃないか。なあ、竜殺し」
マークスが振り向いた先にはそれこそ竜殺しとしてなだかいスリエスの姿があった。
「まあ殺す、よりは動きを束縛、制限するためにそのような手段をとることはある。総じて大型生物に使用する手段で人間相手には過剰火力と思うがな」
「……まあ、考えられない殺害手段ではない、と」
「そうだな、この『会合』の中で確実に殺さなくてはならない、というなら悪くない手段ともいえる」
淡々と何でもないことのように殺し方を語る二人は、僕なんかよりも、『死』というものが身近なのだろう、と思わせた。
探偵は数度うなずくと、マークスのほうへと振り返った。
「次に、被害者キリカさんとのご関係を」
「関係、と言ってもオレもたいしたもんはない。一応仕事上の付き合いはなくはなかったが、それもオレの担当とかぶったときくらいだ」
「担当がかぶる?」
「ああ。オレは感染症の予防、対策を至上の命題にしてた時期があってな。そのときに呪術的な治療とオレの予防法で少しだけ対立した事はある」
「そのときはどのような解決をしましたか?」
「……言わなきゃダメかい?」
「いや、人には言えぬこともあるものです」
「まあ、そのアタリは好きに解釈しな」
マークス医師は機嫌が悪い、というのも違うだろうが、複雑な表情を浮かべている。そのときの思い出が脳裏に蘇っているのだろうか。
「それと、事件当時はどこに?」
「どこに、って向こうのテーブルだよ」
マークス医師が指し示したのは死体の位置からさほど遠くない位置だ。
「大体、5メートルくらいですか。声を聞いた限りですが、最初にキリカさんの異変に気がついたのはあなたでしたね?」
「ああ。駆け寄ったのもオレが一番早かったよ」
「……では、あなたがこの中で一番キリカさんに近かった、ということになりますね?」
「近さで言えばそこの魔術師が次に近かったんじゃないか」
マークス医師は横にいる魔術師クルビエを指し示した。
「ついでに、『接触』して魔術が使えるほどの距離じゃあない」
「……ちなみに、『接触』というのはどのくらいの距離から使えるんですか」
「大掛かりな装置で補正するならともかく、人間一人じゃそれこそ物理的に接触していないと難しいだろうな」
「なるほど。最後に、あなたがキリカさんに触れたときに何か異常はありませんでしたか?」
「さあ、異様に冷たくなってたくらいかね。ほら、おかげで手がこんなだ」
マークス医師が出した手の平は真っ赤になっていた。おそらく、キリカの体が凍っていた部分に触れていたためだろう。凍傷というほどではないが、痛くはないのだろうか。
「【治療】はされなくてもよろしいのですか?」
「たいしたもんじゃないし、今は自分でそういうことをする気分でもないね」
「……ロビン君、君は【治療】できなかったっけ?」
突然こちらに探偵が話題を降ってきた。
「まあ、できなくもないですが」
凍傷にたいしての【治療】は覚えがない。それに、魔術の技量であれば自分よりも各段に上手な人間が一人いる。
「どうせならクルビエさんにやってもらう方が確実でしょう」
「ま、ボクも【治療】はできるけど。それでも彼は受けたがらないんじゃない?」
魔術師クルビエの言葉を聞いて、マークス医師はそっぽを向いた。
「ほう、いかな理由で?」
「なに、魔術による【治療】というのはしっかりとした知識がないと逆にその被害を拡大するはめになる。それを必要以上に恐れている臆病者なのさ」
クルビエの言葉はマークスの感情に火をつけたらしい。彼の顔が怒りの形相に変化していく。
「言わせて置けば。オレは自然治癒するものにまで魔術を使わない主義なだけだ。貴様こそその布を外せないのは、人前に自らの実験の失敗結果である素顔を晒せない臆病者の証であろうに」
「ほう、言うじゃないか、魔術の一派に過ぎない錬金術の小童が」
「子がこれでは父の偉業もたかが知れる。さぞ偽りと政略に満ちた経歴だったのだろうよ」
ギリリ、と歯ぎしりをする音がクルビエのほうから聞こえてきそうだ。
「ボク自身への中傷は寛大な心で許してやらなくもないが。父への侮辱は二倍にして返そう」
「やってみろ、医療への嘲りごと貴様に再度三倍にして返してやろう」
二人のいい争いが二人のボルテージを相乗的に高めあっている。このままだと目も当てられないことになる。
しかし、その二人の言い争いを最も間近で聞く探偵は興味深そうにするばかり。もしかして、本音を聞くいい機会とでも思っていないだろうか。
「待て、二人とも」
その二名の間に巨大な剣が振り下ろされた。
「ちょいと邪魔させてもらった、かまわんだろう、探偵」
その剣の持ち主が、探偵に話しかけてきた。
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