第四話:外来貴族1

 第二、第三貴族のことを外来貴族と呼ぶこともある。


 第一貴族が王族の血を継いでいるから、それ以外とで区別する言い方だ。


 現在はあまり言わなくなったが、それでも『会合』で仕切りがあったように、差別のようなものは続いている。


 そもそも同じ貴族を冠しているだけで、血縁、名誉、支配下の証、なんて違いはあるので、差別とも言いがたいかもしれない。


 その外来貴族の面々が集う、もう一つの会場に僕らは足を運んでいた。




「探偵さんから見てどうですか?」


「どう、ってねぇ。第一貴族の面々と比べると自由である、とは感じる。特に服装とか」


「まあ第一貴族と違って暗黙のドレスコード、なんてものはないのでそれが自然なのでしょう」


 辺りを見回すと、第一貴族のように媚を売って回る、という人間は少ないように見える。


 ごく少数で歓談に花を咲かせる者、人を集め武勇伝を語る者、自らの作品を見せびらかしている者。


「なんとなく、酒場のような雰囲気だな」


「ええ。第一貴族の堅苦しさとはまた違う雰囲気です」


 僕の感じる『会合』らしからぬ明るい雰囲気とは思うが、悪いものでもない。


 変人の集まりという評判とはまた違う側面であるように感じた。


「どいつをターゲットにしようか。音楽家が一番興味あるといえばあるんだが」


「音楽家、ですか?」


「ああ。こっちでもヴァイオリンやピアノなんかは方式が全くと言っていいほど変わっていなくてね。技術的な発展がどのように迎えられているのか実に興味がある」


「しかし、見る限りでは今回はそういった方は少ないようですね」


 大きな剣を持ち歩いている人はいるものの、楽器が入りそうなケースを持ち歩いている人間は居ない。


「いやいや、ちょうど演奏を始めようとする人間が一人居るじゃあないか」


 探偵の目線を辿ると奥にインテリアのように置かれていたピアノに近づいていく人間が一人居た。


「音楽家のアンガスタさんですか。本でお見かけしたことはあります」


「ふぅん、記憶の片隅に残るくらいには有名人というわけだ」


 しかしあのインテリアと化していた楽器が演奏に使われるのは初めて見るかもしれない。


「探偵さんはこの会場のピアノを演奏している人って見たことありますか?」


「私に聞かれても無いとしか答えられないよ」


 それはそうか。なんとなく雰囲気に溶け込んでいても、探偵は初めて来た人間だった。


 しかし、思い出してみてもあのピアノの前に座り込んだ人間は今まで見たことがあっただろうか。


 ピアノから流れてきた音楽は軽快な音楽で、一瞬会場の人間がそちらを振り向いたが、すぐに歓談に戻っていった。


「悪くない演奏だ。邪魔しても悪いし、ピアニストは演奏が終わってから捕まえるとして、最初は偏屈そうな奴がいいかな」


「そんなんでいいんですか」


「いいんだ、別に。こんな席で一人寂しそうに飲んでいる奴を探すとしよう」


 探偵にとっての偏屈な基準はひとりぼっちの人間をさすのか。しかし、『会合』に来てまで一人の人間などそうはいるものだろうか。


「居るじゃないか、こんなパーティに呼ばれておきながら不満全開でうなだれてる奴が」


 探偵の目線の先にはどうもやる気なさげに、机にひじをついている人物が一人。


 短く切り添えられた金髪と、目立つようにつけられたイヤリングが特徴的な白衣の男だった。


「……あれ、酔っ払ってるんじゃないですか」


「構うものか」


 探偵はすたすた、とその人物に近づいていく。


 ある程度探偵が近づいた辺りでその机に伏していた人物が起き上がった。顔色を見る限り酔いつぶれていたわけではなさそうだが、それ以上に機嫌が悪そうにも見える。


「どうも、こんにちは」


「……何か用でも?」


「大した用事じゃあありません。ちょいとこんなところでうなだれてる学者殿にお話を伺ってみたいと思いまして」


「……ほう」


 探偵の話を聞いて、その学者と呼ばれたけだるげな男は露骨に興味を示したようだ。


「まあ、この白衣はどうしても目立つだろうけど。どうしてオレが学者だと思ったんだ?」


「少なくとも、そんなごつい登山靴をおしゃれで履く人間はそうはいないでしょう。泥と汚れも落ち切っていませんし、どこかの山道からの帰り、なんてことはありませんか?」


 男の足を見れば確かに白衣には不釣り合いな登山靴が目に入った。


「まあ、その通りだけどよ」


 男は、先ほどまでのけだるげな雰囲気もどこへやら。少し楽しそうに見える。


「それに反して、あなたの手は登山家にしてはずいぶんと節くれの少ないきれいな手だ」


 探偵の説明を聞くと、どうも登山靴ときれいな手が少々不釣りあいに写った。


「そう考えると、屋内の仕事を中心に生業にする人間でしょう。山に登りながらも屋内に篭る仕事、というのはそうは多くありませんから、フィールドワークで植生の観察、あるいは遺跡の発掘をして歴史などを研究する学者さんだと思いましたが、どうでしょうか」


 ぱちぱち、とその男は片肘を机に突きながら拍手を送ってきた。


「ま、いい線言ってるんじゃないか。現地調査主義な学者、ってことなら遠くは無い。ちょっと興味が湧いたぜ。兄さん、あんた名前なんていうんだ」


「名前は京二郎と言います。職業は探偵なんて珍しいものをやっていますから、そちらで読んでくださって結構です」


「オレはマークス=プルガルスト。マークスで構わん。錬金術による医者が本業さ」


「む、そうでしたか。どうも思い込みが先行すると推理が鈍ってしまう」


「はっはっは、実際は新しい治療法の開拓のために植生の研究もやってる。探偵さんの言う通り山にも行くしな。ま、見間違えるほど、オレの学者ぶりもが板についてきた証だろう」


 ううむ、と複雑そうな表情をする探偵。推理を外して悔しかったのだろうか。


「しかし、錬金術ですか。魔術とは違うんですか?」


「知らないのか、錬金術。結構初歩の知識だと思うぜ」


「外から来たもので、知識がだいぶ浅いのです」


「なるほどな。一口に言うなら錬金術ってのは魔術の一部分のくくりでもあり、異なる分野でもある」


「ほう?」


「魔力を用いて現実に変化をもたらすのが魔術、現実に存在する物質を何らかの形に変質させるのが錬金術。教科書通りの説明ならこうなる」


「魔術に必須なのが魔力を用いること、錬金術に必須なのが物質の変質、ということですか」


「ああ。つまり、魔力を用いて物質を変質させれば魔術でありながら錬金術、となりうるわけだな」


「なるほど」


 ふんふん、と探偵はうなずく。


 一通り説明が終わったところでマークスは僕のほうに目線を向けてきた。


「それで、後ろのちっこいのは?」


 ちっこくはない。だが、むやみに反発して、場をかき乱すことはしない。そのくらいには大人なのだ。


「ロビン=アーキライトです。どうぞよろしく」


「アーキライト……。あんまり聞かない家名だな。どこの地方だっけか」


 第一貴族の連中なら見下すか、適度に取り繕うか、知って知っていまいがこびへつらうか。自身の立場など関係ない、と言わんばかりの言い草は新鮮な感覚だ。


「グランブルト西部のティーチカですよ」


「ティーチカってアレか。イモをイモのペーストで煮込むあのティーチカか」


 探偵だけでなくマークスもそんなことを言い出した。もしかして外だと一般的な呼称なのか。


「まあアーキライトなんて貧乏貴族の一つに過ぎませんから。僕のことなんかより探偵さんと話してやってください」


 今回の主体は探偵なのだし、そっちがメインになってほしい。


「ああ、そうなのか? それで探偵さんはオレに何の用だってんだ」


「何の用でもありませんが、わざわざ『会合』に御呼ばれするほどの学者さん……じゃなくてお医者さんでしたか。ぜひお話をお聞かせ願いたい、と思ったしだいです」


「ふぅん、変わってるねぇ。まあ『会合』に呼ばれたからって別に大した事はしちゃいないさ。ただの錬金術を利用した医療での功績が認められて貴族に取り立てられた、ってだけでね」


 ただ功績が認められて貴族になれるほど、その門は広くない。並大抵ではない何かがあってこそ、のはずだ。


「すみません、ボクのほうから質問を一つ」


「ああ、どんどんしてくれ。さっきから話の合う奴が一人も居なくてね。そういうのは大歓迎さ」


 どうも、話し相手が居なくてうなだれていたらしい。実際、錬金術の専門家の話なんてよほど知識があるか、あるいはこの探偵のようによほどの興味がなければ聞く耳すら持てないだろう。


「どのような功績で、貴族として取り立てられたか。教えてもらえませんか」


「ああかまわないとも。といっても大したことじゃあない。ちょいと対策の無かった感染症の治療法、ならびに予防法を広めてやっただけさ」


「感染症?」


「ああ。『対魔力喪失症』、って奴を引き起こす厄介な病気だ」


「魔力の制御が難しくなり、その影響で体内の抵抗力の一部を担う『対魔力』が低下。結果多くの病気に対する抵抗力を失ってしまう病気でしたか」


「よく勉強している。君の言う通り『対魔力喪失症』は抵抗力を奪うだけで、それだけで死にいたる人間はそう多くはなかった。ただ、そのせいでかえって病人が感染源として多くの人間に広めちまう厄介な病気でもあったがな」


 話には聞いたことがある。5年ほど前に根絶した、ともされる病で今ではほぼ完全な治療法が確立されている。


「まさか、その感染症をお一人で根絶に追いやったのがマークスさん、と?」


 マークスは自身の胸をドン、とたたいた。


「おうとも。ま、錬金術の法則が上の連中には受け入れがたかったみたいで、その周知には時間がかかったが、それでも10年かけてやっとそいつが広まって、貴族として立てられるに至ったのさ」


 10年かけて、というが彼はまだ20代ほどの若さに見える。今までの人生の半分近くを費やしてきた、ということではないだろうか。


「具体的にはどんな手法が効果的だったのですか? やはり魔術での治療ですか」


 探偵の関心を引いたらしく、彼は興味深そうに質問をした。


「まあ、魔術による治療法なんかもいろいろ口伝やら紙に残すやらで伝えはしたか。ただ、伝統的に効果があるとされていた治療法のうち、効果の無いものを無駄だ、と教えていく作業。これが一番面倒だったが、一番効果があった。例えば健康な人間の接触で症状が弱まる、なんて民間療法とかな」


「まあ感染症というなら空気感染、接触による感染、あたりが一番多そうですからね」


 ほう、とマークスは感心したように相槌をした。


「探偵さんはちゃんと知識がありそうじゃないか。それに加えて、魔術による【洗浄】だけでなく、実際に清めた水なんかで手を洗わせるようにもした」


 マークスの言葉には覚えがある。


「魔術だけの【洗浄】だけではいけない、とはよく小さい頃から言われてました」


「よく教育が行き届いているようで何より。魔術の【洗浄】はあくまで現在汚いものしか【洗浄】できない。時間経過で悪化する病原体や、【洗浄】に耐性のあるものは流しきれない。特に、対魔力喪失症を引き起こしていた奴はその両方の耐性があってね。物理的に押し流すのが一番だったわけだ」


「なるほど」


 話を聞く限り、今では常識とされていることをこの人が広めて言ったらしい。


「ま、大変な作業ではあったけどよ。何人もの命を救うことにつながった、って考えるとやりがいは中々あったぜ」


 はっはっは、と笑うマークスは少し照れくさそうだが、同時に自分の仕事への誇りも感じる。見た目の軽薄さとは違い、信念を感じる人間だった。


 その話を神妙に聞いていた探偵は一歩でマークスに近づくと、急に彼の腕を両手で取った。


「いや、実にすばらしい方じゃあないか。ここまでの大人物がこんなところにいるとは。敬意をこめてドクター・マークスと呼ばせてもらっても構いませんか?」


 探偵の褒め方も尋常なものではない。


「別にかまわねぇけどよ、そこまで言われると照れくさいもんだ」


 マークスは探偵の手から解放されると、テーブルの上のグラスを一口飲んだ。


「人の命を救う、というのは誰にでもできるようなことじゃありません。もっと誇ってください。そしてこれからもその力を尽くして欲しい」


「……ま、全力は尽くすが。でも誇る事はしないさ。世のため、人のためってな」


 気取ったような言い方でも、そこに嘘は感じられなかった。本心からの言葉でもあるのだろう。


「すばらしい。その精神、私も見習いたいところです」


「見習う必要なんてないが。そういうなら、探偵さんも頑張ってくれ」


「ええ、もちろん」


 マークスはテーブルの上に残った杯を一気に飲み干した。


「ずいぶんと気分がよくなっちまった。どうだ、のまねぇのか?」


「いや、酒はダメでして」


「なんでぇ、お堅いことで。仕方ない、他の奴に絡みに行くよ」


 マークスはそういうと、酒瓶片手にふらふらとどこかへ行ってしまった。


「……こっちの世界だと医者ってあんな感じなものかい?」


 あんな感じ、というのは酒を一気にあおってふらふらとしているマークスを指しての言葉だろうか。


「そもそも、あんまり医者って言うのが少ないですからなんとも」


「あれか、聖職者が医者代わりなんだっけ?」


 確かに教会などが病院代わりのところもあるが、小さな村に残された風習程度で、今はそう多くも無い。


「それはずいぶんと昔の話です。今は【治療エイン】の魔術がありますから、人体に抵抗力が残ってるうちは魔術師であればほとんどの病気を治療できます」


「しかし、ドクター・マークスのような人が居なければ解決しないものもあったのだろう?」


 確かに、彼の言った対魔力喪失症、などのような【治療エイン】困難なものは魔術での治療は不可能だ。また、元々体の抵抗力が低い人間がかかってしまった病気は治療したところで再度病にかかるだけ。


「……そうだったみたいですね。僕もまだまだ知識が足りません」


 今後、魔術だけでは対処できない病気の対処として、医者というのはより重要な存在となるかもしれない。マークスから直接話を聞いて見なければそんなことも知る事は無かっただろう。


「何、その意識があるうちは学べばいい。そういう前向きさこそが若者の武器さ」


 探偵も若いだろうに、とはあえて言わなかった。探偵は自らの知識の無さを実感しているからこそ今回のように多くの話を聞こうとしているのかもしれない、と思ったからだ。


 僕もより多角的に知識を深める努力はするべきだ。


「探偵さん、もう一人こちらの部屋でお会いしたい方が居ます。着いてきてくれませんか?」


「いいとも。しかし、君はこっちの貴族たちには興味なさ気だったじゃないか」


「いえ、たった今興味ができたのです。探偵さんも興味があると思いますよ」


「ほう、言ってみたまえ」


 探偵が続きを促したのを聞いて、目的の人物の方を見た。


「クルビエ=シアキ。グランブルト王国でも珍しく、『魔術師』を生業にしている方です」


「なんだ、珍しいのか、魔術師。これだけ生活に密着してるんだから、それなりの魔術師が居ると思ってたんだけど」


「魔術師自体は珍しくありませんし、魔術を仕事に利用してる方も大勢居ます。街から街への【転移】の魔術を行うなんて魔術の仕事では代表的でしょう。しかし、魔術の研鑽に勤め、魔術の発展を志す、そんな根っからの『魔術師』というのは今では希少な存在なんです」


「それはまたどうして」


「生活に根付いたあまり、これ以上豊かになる必要はない、と考える人が増えたからでしょう。それに、最近では魔術の発展も停滞の一途を辿っていますから、それだけで食っていける人間はごく少数なんです」


「魔術の教師、というのもあるだろう。というか教鞭をふるって収入を得るのがスタンダードではないかね」


「確かに、そういう方もいくらかは居ますけど。でも、大概は教師であって学者ではないんです。魔術の発展を志すのではなく、魔術を広く教えることを目的とする方たちばかりです」


 実際、それが悪いこととは思っていない。ただ、事実として学者として生きる人間が減らざるを得なかった、というだけの話だ。


「なるほど、それで学者として生きるクルビエ氏は珍しい人間だから会っておきたい、と」


「それだけではありません。彼もまた、魔術を人のために研究、利用する人なんです。ただ、マークスさんとは違い『魔術師』としてその研鑽を重ねる人でもあります」


「それで、『医者』と『魔術師』の違いを知りたいわけだ」


「そんなところです」


「まあ私も魔術師を生業にする人間に興味がある。それで、どいつがそのクルビエ氏なんだい」


 かの魔術師はずいぶんと特徴的な姿をしていたはずだ。


「ああ、いました。あの方です」


 体をローブで包み、顔もフードを被ったうえで包帯のようなもので覆い隠している。


「なんだか、教科書どおりの魔術師、という感じだ」


 探偵のつぶやきも納得できるくらい、その姿は上から下まで黒衣に包まれており、外界との接触を極限まで絶っているように見える。


「あそこまではっきり魔術師然としていると興味を持たざるを得ないな」


「探偵さんならそう言うと思っていました。あまり『会合』にも顔を出される方ではありませんから、今日はいい機会ですよ」


「それはまた運がよかったじゃあないか」


 たとえクルビエが普段このような場にいたとしても、僕一人では彼に話しかけよう、とも思わなかっただろう。


 僕にとっては、探偵に会えたことも含めて、運がよかったのだろう。


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