第二話:第一貴族1

 『会合』の会場まで五分足らずの道。


 そのわずかな間に、何十人かの黒い制服に身を包んだ男たちが目に付いた。


「警備員……にしては数が多く見えるね」


 探偵がぼそりと感想を漏らす。


「グランブルトの有数の貴族が集うんですから、大いに越した事はない、って考えみたいですよ」


「しかし、これだけ数が多いと人件費も相当だろう」


「多いと言っても数百人程度ですから。全員の参加費の百分の一もあれば十分賄えるんじゃないんですか」


 『会合』の参加人数は大体200人くらい。参加費が75万メントなんだから、警備員一人1万メントで雇えば150人ほどは確保できるだろう。


「100人程度、って言う辺りに格の違いを感じるよ」


 探偵はくたびれた様子で大きくため息をついた。


「僕も個人でそんな大きな金額は持ちませんよ」


「そうなのかい? まあそれにしたって経営者と一介の業者との差と言えるか」


 この探偵は爵位を持った貴族ではなく、単なる代理の人間だった。金銭に関わる感覚は大きな隔たりがあるかもしれない。


 価値観の違いに思いを馳せていると、急にその探偵からとんとん、と肩を叩かれた。


「どうしました?」


「ロビン君、『会合』の受付ってアレで間違いないかな」


 探偵の目線の先には、机と簡易的な椅子に座っている警備兵の一人が居る。この探偵は初めて『会合』に来た、などと言っていたから、勝手が分からないのだろう。


「アレで間違いないですよ。すみません、二人分の受付をおねがいします」


 決して走らないように、しかし探偵を先導できるくらいの速度でその机へと向かった。


 警備兵の方もこちらに気がついていたようで、笑顔で応対をしてきた。


「ええ。まずは招待状を見せてもらえますか」


 僕と探偵は招待状を取り出して警備兵に見せた。


「ロビン=アーキライトさんと、ロー=ベックマンさんですね。もう一つ、本人証明となる紋章か証明書をお願いします」


 僕はアーキライト家の紋章を見せ、警備員は一度うなずいた。


「ロビン=アーキライトさんの本人確認は十分です。ロー=ベックマンさんは何か持ち合わせていますか?」


「ああいや、私は本人じゃなくてね。代理証明書だが構わないかね?」


 探偵が代理証明書を渡すと、警備兵はまじまじと見つめ始めた。


「代理出席ですか。珍しい方も居るんですね」


「そんなに珍しいかな?」


「ええ。私は前回も受付を担当してたんですが、そのときは代理出席の制度を利用してる人はいなかったかと」


「ま、そんなに嫌なら出席しなければ言いだけの話ではある。珍しいのも当然か」


 探偵が納得したようにうなずいていると、警備兵が代理証明書を返却してきた。


「もう確認はいいのかい?」


「ええ。どうぞごゆるりと」


 警備兵に見送られながら、僕たちは『会合』の会場へと入っていった。





 会場は丸いテーブルがいくつか並び、先に来ていた幾人かの貴族が談笑している。そして辺りを給仕と思しき人々が忙しなく駆け回っている。


「早く着すぎてしまいましたか」


「遅れるよりは良いんじゃないか」


「それもそうですか」


 ともあれ、時間のあるときにきてしまったのだし、お世話になっている人から挨拶でもしておくべきだろう。


「探偵さんはこれからどうするんですか」


「ロビン君の挨拶回りにくっついて回ろうと思っていたんだけど。ご迷惑かな?」


 今日でなければご迷惑です、と言って追い返していたと思うけど。


「……一人じゃ会話が持たない自信もあります。賑やかしで来てくれるというなら構いませんよ」


「それはありがたい。貴族たちの話を聞くなんていい暇つぶしになりそうだ」


 ひまつぶしでも何でも構わない。彼だって立ち振る舞いからしても自然で、出会っただけで貴族たちの機嫌を損ねることもあるまい。


 誰に最初の挨拶に伺うべきか。


 僕にとっては、王家との血縁によって貴族となる第一貴族の面々は大なり小なり血縁上の関係性がある。


 その第一貴族の中でも最大派閥であるスカーリエルト家。のご党首様である、アルドレッド公爵にご挨拶、というのが筋だろうか。ちょうど、今は誰も居なくて暇そうにワインをくゆらせている。


「それじゃあ、行きましょう」







 僕と探偵の前に居る、蓄えたあごひげが見事な壮年の男性はいらだちながら、


「フン、あのクズの極みのロー=ベックマンの代理出席だと? しかも爵位なしの平民風情とはな。ひねくれベックマンの舎弟風情がこの会合に出席させてもらっている名誉をかみ締めたまえよ」


 と言ってきた。まるで僕なんか眼中に無い。


 しかし、初手から機嫌を損ねる相手に出会うとは思っても無かった。


 探偵と共に挨拶したのが悪かっただろうか。


 アルドレッド公爵が貴族第一主義とは知っていたが、ここまで露骨な対応をしているのは見たことも無い。それほどまでに、ベックマンという名前は彼の怒りに触れるものだったのか。


「ひねくれベックマンの舎弟、とはどういう意味でしょうか」


 心なしか、探偵も少し声が低く、感情を抑えているように見える。僕も思うところはあるが、無用な喧嘩などして欲しくもない。


「探偵さん、ここは抑えて……」


「アーキライトの小倅は黙っていろ」


 探偵のほうを止めようとして、なぜか公爵の方に一喝された。この言い争いの邪魔をするな、ということか。


 そういわれては若造の僕には介入する気力も余地も無くなる。


 そして、探偵の方も真っ直ぐに公爵を睨んで目を離さない。一歩も引く気はない、ということだろうか。


「どういう意味と聞いたか小僧。あの男の心根の腐り具合といったら比べる物も無いだろうし、その代理出席の証はそんなクズの義兄弟、あるいは舎弟の証拠だろう」


 とびっきりの罵倒だ。信じられない。探偵からすれば仮にも貴族の爵位を一時的とはいえ譲り受ける、代理出席の制度を利用するような間柄の相手だ。そんな親密な間柄の相手を罵倒すれば剣を向けられても文句は言えまい。


 しかし、探偵の顔を伺ってみたがどうも怒り心頭という顔ではない。どちらかといえばにやついているようにも見える。


「公爵。今の言葉に一つ訂正すべき点があります」


 探偵の否定の言葉に、アルドレッド公爵は興味深そうな顔をした。


「言ってみろ。例えベックマンの犬であれ、聞くだけは聞いてやろう。ただし、その首がついているかは保証せんがな」


 そういいながら、公爵は腰の剣に手をかけた。公爵にとってそんなにベックマンというのはにくい相手なのだろうか。というか、この衆人環視の中でまさか剣を抜くつもりなのだろうか。


「この証明書は実力でもぎ取った、いわば戦利品でしてね。私はロー=ベックマンに何の忠誠も抱いちゃ居ない、ということです」


 探偵は懐から取り出したその証明書をぺしぺしと手ではじきながら説明した。


 どうも、僕が思っていたほどベックマンと探偵は懇意ではなかったらしい。


「ほう、戦利品。よほどのことをしないと爵位なんぞ借り渡すものでもないだろうに。なんだ、貴様の命でも賭けて決闘でもしたのか」


「度胸試し、ですよ。大したことじゃあない」


 探偵は言いながら、取り出した証明書を再度懐にしまいこんだ。


「あの腹黒と度胸試しか。どんな手管を使えばそんなことになるのか」


 公爵の顔は笑みへと移り変わっていた。


「なら、その戦利品を奪った実力、見せてもらおう」






 公爵がその言葉を言い終わるや否や、周囲の空気が底冷えするような感覚に陥った。


 静止の声をかけようとして、男の迫力の前にその言葉を飲み込んでしまった。


 男が手にかけていた剣がその身を見せ付けるように引き抜かれる。


 剣を抜け、と男の剣は語る。


 その剣の呼びかけに、探偵は応えずただ立っていた。


 ならば、と剣は半円の軌跡を描き、探偵の首に迫った。






「……」


 探偵の首へ迫った剣はその首の薄皮一枚で停止していた。


 首に剣を突きつけられながらも、探偵は怯えるどころか、薄く笑っていた。そして首を差し出すように待ち構えていた。


 隣に立っていただけの自分でさえ、背中の冷や汗が止まらない。


 なのに、どうして剣を突きつけられたこの男は涼しい顔をしているのだろう。


「どうして、剣に手をかけない?」


 剣を突きつける公爵の問いは僕の問いたいことでもある。


 剣を抜くどころか、身じろぎ一つ行わなかった。


 あれだけの猶予はあったのに、彼は腰にかけた剣に触れもしない。


「剣はあまり趣味ではないので」


 探偵は淡々と、そう返答した。


「ふざけた言い草だ」


「よく言われます。これでも真面目に答えているんですが」


 その探偵の余裕ありげな様子を見て、今のも「度胸試し」に過ぎないのだとようやく気がついた。


 手ににじんでいた汗に気がついて、ようやく自分の焦燥の度合いに気がついた。探偵以上に、僕のほうが怯えていたらしい。


 一度だけ大きく息をつく。それだけで、先ほどまでの緊迫感はなくなった。


 探偵の態度に満足いったのか、伯爵の剣は鞘に戻った。


「その度胸は気に入った。小僧、名前をもう一度聞こう」


「名前は京二郎、職業は探偵をやっております」


「探偵? 聞かん職だな」


「謎を暴き、真実を探求する仕事と認識してもらえれば十分です」


「いいだろう、覚えておこう」


「それはどうも」


 探偵が大げさに礼をすると、公爵はフン、と鼻を鳴らした。


「アーキライトの小倅もこれで十分だろう。さっさと立ち去れ」


 探偵の気のない返事を聞くと、伯爵は追い払うようなしぐさをしてきた。僕は何も話しちゃ居ないのだが、別に媚を売りに来たわけでもない。父と母に言い繕える程度の形式的な挨拶さえできれば十分ではある。


「探偵さん、行きましょうか」


「……まあ要らぬ喧嘩を売りにきたわけでもなし。公爵の気が済んだのなら立ち去るとしようか」


 やや不満げな探偵の背を押しながら、その場を後にした。


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