異世界探偵 京二郎の目糸録

水戸 連

氷炎

第一話:揺れる馬車

 投げ出した足は揺れるのに、窓の外の風景はビクともしない。


 何度見たかも覚えていないほど、飽きるほどに眺めた光景を見てあくびが出る。


 初めに見たときはこんなにも人が住む場所があるなんて、と驚いたし、流れる水路一つ見てもその機能性にはあこがれさえ覚えた。しかし、そんなものも見飽きてしまえばただの窓に映る絵だ。


 これが貴族の会合なんて面倒なものでなければ本の一つも持ってきたのに、僕はカバンの一つも持ち込んでいない。


 ずっと前に言われた言いつけを律義に守っているだけではあるのだけど。


 母曰く、余分なものを持つと格好がつかないから。父曰く、本を持たせると他人そっちのけで読みかねないから、らしい。


 母の言い分はともかく、父の言う事は間違っている。いくらなんでも立食の席で本を読みふける事はしない。


 もう僕は成人の儀も迎えたっていうのに、父は未だにそんなことをしつこく言ってくる。


 その心配症はいつになれば治るだろう、と想いながら窓の外を眺めていた。






 木が擦れ合うような音がして、馬がいなないた。急に馬車の揺れが止まり、立てかけていた靴が倒れた。


 到着するだろう時間にはまだ早いし、何より窓の外から見える光景は住宅街。ここはまだ街の外側で、目的地の会場は町の中心部だ。


 どうしたことか、と御者台に尋ねようとすると、御者の男が降りていく様子が見えた。


「急に飛び出してくるなんてどうした了見で?」


 馬車の入り口の方からしゃがれた男の声が聞こえてくる。この馬車に乗るときにも聞いた御者の男の声で間違いないだろう。


「いや、声をかけてもとまりそうになくてね。用があるから止めたんだ。27番の馬車だし、間違いはないと思うんだけど、話は聞いてないかな?」


 もう一人、よく通るはっきりした男の声が聞こえてくる。そちらの男はどうもこの馬車に乗ろうとしているらしい。


 27番というのはおそらく馬車の識別番号の話だろう。以前はそんなものなかったと聞くが、馬車の量産化とそれに伴って外見の似通った馬車が多く生まれ、その判別に導入された制度だったか。


「ああ、もしかしてロー=ベックマンさまの代理の方ですかい。お疲れ様です」


「君こそ、遠路はるばるご苦労様。そして、私がロー=ベックマンの代理で間違いないとも。この馬車に乗っても構わないかな?」


 そして、その男が口にしたロー=ベックマンと言う名前は会合で何度か聞いた覚えがある。しかし、直接話したことも無いし、顔も分からない。


 そういえば、今日は途中でもう一人乗せる人間が居る、と事前に聞いていたような気がする。そんなことまで忘れるなんて少し気を抜きすぎていたか。


 その男はどんな風貌であろうか。


 座席の上でひざをついて移動して、乗車用の扉に付いた小さな窓から外を覗く。


「まことに申し訳ないんですが、証明となるものを持ち合わせてはおりやせんか。ああいや、疑ってるわけではないんでさあ、念のため、というやつでごぜぇやす」


 背筋が伸びてすらっとした青年だった。来ている衣服は茶色いコートや黒い革靴など、全体的に小奇麗にまとまっている。


 しかし、貴族の会合に出るにしてはきらびやかさにかけている、というかやや貧相に見える。御者の男が証明を求めるのも無理はないだろう。


「いやいや、セキュリティが高いのはいいことだ。これが直筆の代理証明書で、こっちが『会合』の招待状だ。間違いないだろう?」


 代理の男が見せている招待状は遠目から見ても僕が持っているものと同じだ。間違いなく本物だろう。


 御者の男は懐から新たに紙を取り出すと、差し出された二枚の紙と見比べている。直筆の代理証明書の筆跡を確認しているのかもしれない。


「間違いなく、ロー=ベックマンさまの直筆でごぜぇますね。どうぞ、お上がりください。ほんの30分ほどで着きやすから、それまでごゆっくり」


 扉がゆっくり開くのに応じて、扉と反対側に遠ざかり、窓を見ている振りをする。なんとなく、外から入る男を注視していたことが恥ずかしくなったせいだ。


「おじゃまします、と」


 扉が横に開ききったところで、軽快な足音で男が入ってきた。


「短い旅ですが、どうぞよろしく」


「どうも」


 僕のそっけない返事を聞くと、男は向かい側の席に荷物を置いてゆったりと座り込んだ。


 ほどなくして、また馬車が揺れ始めた。御者席のほうを見ればすでに御者の男が馬の手綱を握っていた。





「少年、一つ質問いいかな」


 特にやることも無いので窓を眺めていたところ、同じように窓を眺めている向かいの男が話しかけてきた。


「なんでしょうか」


「君、この会合に何度も来たことがあるんだろう? ならあの不思議なオブジェも何度も見たことがあるはずだ。アレは何か教えてくれないか」


 男はこちらを見ず、懐の中の招待状を指差しつつ、窓の外に目線を向けて質問をしてきた。


 しかし、この人とはどこかであったことがあるだろうか。少なくとも、会合では一度もないし、直接の知り合いではないはずだ。


「……どうして僕のことを知っているんですか?」


「うん? いや、君の事なんて知りはしないが」


「でも今、僕が会合に何度も行ったことがある、と」


「初めて貴族のお偉い方々のところに行くなら、緊張の一つもするだろう。それにもかかわらず靴を脱ぎ捨てて馬車の中でのんびりしてる子供なんてそうはいない」


 子供ではない、と言い返そうと思ったが、その前に靴を履きなおした。人前で靴を脱ぎ捨て足を遊ばせているなんて子供のソレだ。先ほどまで一人だったせいか、つい油断していたらしい。


「まあそんなことはどうだっていい。私はあのウナギが鉄板の上で這い回るようなよくわからないオブジェの正体を知りたいんだ」


 男の目線の先には言われて見ればそういう表現ができなくもないものがある。まあ、この国のどこかに住んでいるならそんな聞き方はしないだろうし、どこか遠くの国の出身なのだろうか。


「あれは魔術教会の看板です。魔術の詠唱のときに発生する、魔力の波長を表しているとされるものですね。昔からグランブルト王国の魔術の象徴といえばあれ、ってのがお決まりなんです」


 小さな頃から見ているせいで特になんとも思っていなかったが、改めてまじまじと見ると特異なデザインかもしれない。


「じゃあ、あっちのウナギがとぐろを巻いたような看板は?」


 男が言っているのは剣に緑の渦が巻きついた看板のことだろうか。


「ウナギじゃなくて龍です。冒険者ギルドの看板としてこちらも古くから使われてます。伝説の魔術師があのような形で龍を持って帰ってきたからだとか」


「もう一つ、あの緑と青のウナギが這うような看板は?」


 それはもう、こじ付けではないだろうか。緑と青の螺旋、というようにしか見えない。


「医療組合の看板ですね。魔術と錬金術の融合をモチーフにしたらしいですよ」


「ふぅん、魔術、魔術、魔術。何度聞いても新鮮な響きだ」


 魔術が新鮮、というのも奇妙な言い回しだ。魔術は生活のどこにでもある。そんなの、大なり小なりどこの国でも変わらないと思っていたが。


「あなたは魔術の無い国から来たんですか?」


「まあ、そんなところさ。しかし君は子供なのに実に博識だね」


 子供、という言葉が妙に癇に障った。


「今の知識は誰だって知っていることです。それに僕はもう成人している。子供じゃありませんよ。それに、ここは見た目で年齢を判断するような街じゃあない」


 この街に住む亜人の中には僕と同じような見た目で100年を生きる人種もいる。もっとも、そういった種族は人間と異なる特徴を併せ持つし、見た目での判断ができないわけでもないけど。


「そりゃ失礼。君は若いのに大したもんだ、といいたかっただけでね。君は……」


 男の口が一度止まった。


「どうしました?」


「いや、これだけ話しているのに君、というだけでは味気が無い。馬車が付くまでもう少し時間があるようだし、自己紹介の一つでもしようじゃないか」


「そりゃまあ、構いませんよ」


 僕としても、会合に代理で出席する、などという男の素性は気になっていた。自分から紹介してくれるというのならありがたく拝聴しよう。


「私の名前は京二郎。今回はロー=ベックマン氏の代理出席、という形で会合に参加させてもらうこととなった。普段は探偵をやっている。どうぞよろしく」


 キョージローという名前は響きが異国のもので、なじみの無い感覚を覚える。それに、探偵という職業は聞いた覚えも無い。


「キ、キ、キ……」


 どうも奇妙な名前で、実に発音しにくい。


「探偵、で構わないよ。どうやらこの国の人には京二郎という名前は余分に意味を持ち合わせすぎていて発音しにくいらしい」


「余分に意味を持ちすぎている?」


「まあ気にすることじゃない。それにこの国に探偵は私一人しかいないし、識別記号としては十分な役割を果たす」


 彼の名前を呼びにくいのは確かだし、お言葉に甘えよう。


「じゃあ探偵さん、とお呼びします」


「それでいい。それじゃあ、君のほうも自己紹介をお願いしよう」


「僕はロビン=アーキライト。職業……と呼んでいいかはわかりませんが、強いて言うなら第一貴族として土地の管理をしています。どうぞよろしく」


「第一貴族? それはまた聞き覚えが無いな」


 聞き覚えが無いと言われてそこでようやく、この国でしか使われていない言葉だったか、と思い出した。


「意味合いとしては王家の直系ではないものの、親族であるために血縁で地位を得た貴族ですよ」


「王族の親戚ってわけだ」


「まあ実際の仕事は領地の運営と今回みたいな外部のご機嫌取りばっかりですけど」


 正確には外部のご機嫌取りをしているふりをする。父と母に言い訳できる程度でいい。野心があるなら外のつながりは必須なんだろうが、地方の領主で一生を終えるつもりのボクには関係ない。


「なるほど、私が想像する貴族と相違ないな。しかし、そうなると君はその若さで領地を持つに値する傑物、ということではないかね?」


 この探偵さんはどうも貴族に夢か何か見ているらしいけど、僕には領地を受け渡されるほどのカリスマだの経営的な才能だの、そういうものはない。


「単に、成人して父から領地をいくらか譲り受けているだけです。実際は大したものなんかじゃない」


「ほう。成人してから何年になるんだい?」


「一年と少し、ですかね。その間何か革新的なことをやれたわけでもありません。お飾りみたいなものですよ」


「今まで何事も無く運営できた、ということだろう? そう卑屈になることじゃない」


「別に卑屈になんかなってません」


 卑屈になんてなってない。


 ないのだが、探偵の言うとおり、そういう見方もあるかもしれない。


「しかし、ロビン君の経営する土地は西のティーチカの辺りだろう? あの辺りはろくな作物も無くイモでイモを煮込んでいると聞いた」


「誰ですか、そんな頭の悪い噂を流したのは。外に流す有名な作物がジャガイモなだけで他にもいいものはたくさん作っています」


「里芋とかさつまいもとか?」


「それもイモじゃないですか。絹とか、ピリシとかの毛を使った織物だって盛んなんです」


 探偵はよくわからない、というような顔をしていた。


「ピリシ? ピリシってなんだい」


「何だ、と言われても困りますが。白くてもこもこしたアイツです」


「……羊とは違うのかい?」


「ヒツジ、って何ですか」


「白くてもこもこした動物だよ」


「……じゃあ同じ動物なんじゃないですか」


「かもしれないなあ。イモも絹もあるのに羊は通じないのか」


 そうかあ、と探偵はうなずいていた。


 そういえば、何でこんな話題になったのだったか。


「あの、探偵さん」


「なんだい」


「僕がティーチカの話をした事は無かったと思うんですけど、どうしてわかったんですか」


「そりゃあ、さっきの君が会合に何度も行ってるのと同じくらい自明だよ」


 そう言われて、とっさに靴を見た。先ほどと同じ、というなら同じように靴に何か証拠でも残っていたかもしれない。しかし泥の一つも残っていない。


「僕にはちっとも、自明じゃないんですが」


「あえて解説してしまうと大したことじゃないんだがね」


「それならなおさら、答えが気になります」


「一つ目。どうして馬車なんて使っているのか。この国には馬車なんぞよりも有効な移動手段があるだろう?」


「【転移リーポ】の魔法陣のことですか」


「そうだ。いくつかの駅……ポータルと言ったっけ? そこに限られるとはいえ、長距離の移動手段ならアレ以上のものはない」


「ポータルが二つと【転移リーポ】を使用できる魔術師がいれば一瞬でその二つを行き来できますからね」


 そして、グランブルトの街にはそのポータルがある。


「そうだ。ならどうして馬車を使うのか。答えは簡単だ。君の来た場所にポータルが存在せず、【転移リーポ】の魔法陣を利用した移動手段が使えず、馬車で来るしかなかった、というわけだ」


「でも馬車で来るしかない、なんて場所はいくらでもあるでしょう。デルクにテリジア、アドルヘッド……」


 実際、今思いつくだけでも馬車でいけるだけならさらに20はある。ティーチカのみを特定するのは難しいだろう。


「しかし、もう二つほど条件を足せば相当絞られる」


「……二つ?」


「ああ。その一つが、この馬車が来た方角だ。それだけでグランブルトよりも西に絞られる」


「もしかしたら、探偵さんを迎えるために回り道したかもしれないでしょう?」


「いや、通り道の場所に私が待っていたんだ。それに、いくら回り道しても、東と西を反転することはそう無いだろう」


 まあ、今のは意地悪な質問であったとは思う。そもそもいつも通りの道で、回り道なんてしてないのは僕自身が知っている。


「三つ目に、君の荷物の少なさだ。従者も居なければ馬車の後ろにも前にも荷物を置くスペースが無い。となればほぼ手ぶらの人間がどこかに泊まる事はあるまい。外泊するなら着替えの一つも持ち歩くものだからね。となれば一日の間に馬車で往復できるところだろう、とは予想がつく」


 探偵の説明は的を射たもので反論すべきところは無かった。


「そして、グランブルト近郊は王家の直轄領が多い。それ以外の場所はどこか、と考えればこれらの条件を満たすティーチカ地方、と言って間違いないだろう」


 探偵は話し続けて喉が渇いたのか、荷物から水筒を取り出し、一口だけ水を飲んだ。


「どうだ、大した事はなかっただろう?」


「確かに聞いてみればそうたいしたことは言ってませんけど、そんな細かいところまで見る人間はそうはいないでしょう。それに、この国には詳しくない、と言っていたわりに些細な情報まで知っている」


「目ざとく、耳ざといのは探偵の必須技能なのさ」


 探偵の必須技能、とやらを聞いても探偵という職業の全体像は浮かんでこない。


「せっかくですから、僕からも質問をしてもいいですか?」


「構わないとも。さっきの意味深なオブジェの解答の礼に何でも答えようじゃないか」


 そこまで言うなら、自己紹介されたときから気になっていたことを聞かせてもらおう。


「それじゃあ、探偵って言うのはどんな職業なんですか」


「まあ、一口に言えば真実を探る仕事かな」


 真実を探る。実にあいまいな言い方だ。


「真実って言うのは具体的に――」


 つい先ほど聞いた、木々のこすれるような音と共に馬車のゆれが止まった。


「着きましたぜ、お二人さん」


 しゃがれた御者の男の声が聞こえると同時に、馬車の扉が開かれた。


「もう着いてしまったか。楽しい歓談ではあったのだが、それもおしまいだ」


 探偵の見つめる先には大きな円状の建物が存在した。


 その建物こそが貴族たちの集う『会合』の開催場所だ。


 馬車に乗っているときは気にもしていなかったが、こうして目の前にしてみると、あの建物は大きい。それに、いくら慣れた会合とはいえ、万が一粗相をすれば一生とは言わずとも一年は笑い種になる。


 その姿を想像して、ほんの少しだけ足がすくんだ。


「どうしたんだ、ロビン君。君もあそこに行くんだろう?」


「いや、一人でここに来たのは初めてだったので、気後れしてしまって」


 言ってみてから、いつもの自分らしくもなく、弱音が出てしまっていたことに気づく。


 すでに馬車を降りている探偵も不思議そうな目でこちらを見ている。


「すみません、変なことを言ってしまいました」


「全くだ、私が居るんだから一人じゃないだろう」


 想像もしていなかったことを言いながら、探偵が手を差し出してきた。


 確かに、この男が居ると考えるだけで少し緊張がほぐれた気がする。


 ただ、返事は言葉にしてやるのは悔しかったのでその手を取って馬車を降りるだけにしておいた。


「長旅お疲れさんでした。それじゃあ、お二人さんはお気をつけてくだせぇ」


 僕が馬車を降りると、御者の男が御者台から顔を出して一声かけてきた。


「いやいや、君こそお疲れ様。そうだ、これも渡しておこう」


 探偵は懐から何かを御者に向けて投げ出した。


「こいつは……『チップ』ですか旦那」


 御者の男が、その何かを受け取ると笑みを浮かべた。


「そうとも。珍しいかな?」


「そりゃもう、絶滅した文化とばかり。ありがたく受け取っときやす。それじゃあ、また帰りには戻ってきますんで」


 御者は再び御者席に戻ると、馬車と共に街の中へと消えていった。


「探偵さん、今あの方に渡したのは何ですか?」


「金貨だよ、金貨」


「金貨って、あの100メント金貨ですか」


「そうとも。今じゃあんまり価値は無いようだがね」


「そりゃそうでしょう。100メントじゃリンゴ一つ買うのもやっとです」


 昔は金貨を最高通貨としてやり取りしていた時代もあったようだが、錬金術が進歩して金の価値が暴落して以降、通貨は『魔力』を利用するようになった。


「ま、人気の無い居酒屋なんかなら一杯くらいの酒の足しにはなるんじゃないか」


「金貨の価値より、どうして金貨を投げつけたりしたのかを聞きたいんですけど」


「さっき御者君も言ってたけど『チップ』だよ。御者君のサービスのよさに追加で代金を支払ったのさ」


 確か、お爺様にそんな文化が昔あったんだ、と教えられた事はあった気もする。しかし、通貨として魔力が現れて以降、急速に廃れていったものだ、とも教えられた。


「しかし、なぜそんな古い文化を探偵さんは知っていたんですか?」


「私の故郷の一部ではよく根付いた文化で、まだまだ現役だったからね。そりゃよく知ってるさ」


 何の気なしに言っただろう、その言葉はひどく実感がこもっていた。


 今の文化を知らず、昔の文化の中で生きていた。


「まるで、タイムスリップしてきた人みたいな言い方ですね」


 そんなものは無い。過去100年、いや1000年さかのぼっても、魔術を使わずに時間を遡る方法なんてものは存在しても居ない。


 この探偵がこれほど魔術に疎いのなら、そんな手段をとるのはありえないはずなのに、つい口に出てしまった。


 けれど、探偵は微笑みながら


「いい線いってそうだったけど、正解はそれじゃあ無かったよ」


なんて、言い出した。


 その顔はさっきまでの余裕のある、楽しそうな男の顔とは違って、穏やかで今にも消えそうに見えた。


「それはどういう……」


 僕がその先を訪ねようとしたとき、探偵はすでに歩き始めていた。


「私の事はどうだっていいんだ。ほら、さっさと行こうじゃないか」


 振り向いた探偵の顔にはもうそんな危うさは無かった。


 僕はあわてて探偵の後を追いかけた。

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