第16話 故郷での閑談・サイレントキラーと退役

 ゼヴェス王国の一般情報誌を、当時はだいぶ賑わせた。

 サイレントキラー。

 今でもまだ、その名前を聞けば大半の人間は思い出すだろう。その殺人技術そのものも注目はされたが、被害者の家宅捜査にて、かなり違法なものが出てきたのも話題を呼んだ。

 その陰で、一般人にも被害は出ていたのだが――さておき。


 殺害数、十一人。

 これが公式に、サイレントキラーの仕事とされている。


 その手口は誰にも真似ができず、特徴的だった。

 その刃物は十センチほど。まるでカッターナイフの刃を、少しだけ厚くしたような見た目であり、それは一撃、障害物をすり抜けるようにして心臓に突き刺さっていた。

 骨に当たれば欠けるか、折れる、柄もないナイフ――いや、ナイフと呼んでいいのかもわからない、刃物であり金属だ。数ミリの厚さしかないそれは、皮膚を貫き、そして傷口に栓をする。

 絶命した相手の出血は、ほとんどなかったそうだ。


 最大の問題とされたのは、誰がやったのか、それがわからなかった。


 十一人、これを一人の手で行うのは、ほぼ不可能とされている。全員が顔見知りではないにせよ、外から来た旅人を相手にするのでもなく、内部の人間を一人で殺害し続けることは、歴史上、サイレントキラー以外に二人いるかいないかだ。

 ゼヴェス王国での殺人は、そもそも一人目で犯人が捕まる。同一犯が二度、殺人を行うことは5パーセントにも満たず、三度目ともなれば歴史学者でも返答に困るだろう。

 事実、六人目の屍体が上がった時、その正体は一部の人間に知らされた。


 エルシア・シルヴィエーラ。


 警備隊から軍上層部へ連絡が入り、この人物だろうと、報告を入れて確認した結果、シルヴィエーラ孤児院に住む、八歳の男の子であった。

 ただし。

 被害者の共通点から、薄くはあれどシルヴィエーラ孤児院に何かしらの繋がりがあり、殺害当時に外出していた人物を除外した結果、六人目の被害者でようやく、彼だろうと絞り込めたに過ぎない。

 保護者同伴での、この場合は院長とほか一名を含めた取り調べこそ可能だったものの、決定的な証拠は見つからなかった。

 見つかるはずがない。

 だって、身体検査までは不可能であったし、術式で隠し持っているものまで明確にするだけの権限もなかったから。


 十七になった今のエルシアは、若かったなとは、思う。けれど後悔はなかった。

 被害者全員の共通点は、シルヴィエーラ孤児院に害を成す可能性。

 ――今も。

 若かったと思ったけれど、同じ状況ならば今も、エルシアは同じことをする。

 それだけ孤児院が大事なのだ。


 軍属の道を選んだのは、権限を持つためだ。何をするにしても、立場とそれに伴う権利があった方が良い。孤児院を守るだなんて口が裂けても言わないし、歴史や世界の成り立ちを知りたいという欲求もあったが、特に拘りはなかったように思う。

 軍学校に入って、好成績を収め、今のところ三年前にやった殺しが、サイレントキラーとしては最後になっており、軍上層部はエルシアを除外ではなく、取り入れることを選択した。


 危ういならば。

 手元に置きたいと、そう考えたのだ。


 しかし、残念ながら権力を持とうとは思っても、エルシア自身は権力が通用しなかった。更に、身体能力もそうだが、立ち回りも悪くなく、昇進が早かったため周囲からはうとまれ、国に属した魔術師として扱われてはいるが、どこに行っても好かれてはいない。

 それを本人も自覚的なので、大きなトラブルにはなっていないが。


 だがまあ。


「どういうわけか、僕が帰ってくると、まずため息を落とされるのは、さすがに傷つくなあ――あ、額に手を当てるのも、見慣れたけど首を傾げたくなるね」

 先ほどまでは孤児院の庭にて、子供たちと遊んでいたエルシアが、帰ってきた六十間近の女性である院長のところへ行くと、そんないつもの態度であった。

 来客用の部屋なので、備品が揃っている。帰宅したばかりだという配慮もあって、お茶を淹れて差し出せば、ようやく。

「……はい、おかえりなさい、エルシア」

「うん、ただいま」

「で、今度は何をしたんですか」

「嫌だなあ、僕をトラブルメーカーみたいに。そりゃ昔から好き勝手やってるけどさ」

「そうでしょうね」

 肯定されるのもどうかと思ったが、それは事実だ。

 独りが好きというわけでもなく、それなりに上手くやってきたが、いつも料理を作ってくれた先代の院長である先生には、だいぶ世話になっていて。

 高齢で亡くなってからは、これでも落ち着いたのだ。

「ちょっと国を出ようと思って」

「そうですか」

「……、……あれ? それだけ?」

「それはこちらの台詞です。それだけですか」

「参るなあ……」

 こういうところが、昔からの知り合いで、育てて貰った人だから、頭が上がらない。

「タイミングが良くてさ、暗黒大陸の調査に乗り出すことにしたんだ。最短で半年、あるいはもっと。一人じゃないけど――こればかりは、軍の死亡同意書とはわけが違う」

「止めて欲しいわけでは、ないようですね……」

「そう困ったような顔をしなくても」

「困っているんです。あなたは昔から、言って止まる子ではありません」

「その通りだし否定はできないけど、釈然としないね。それで、こっからが本題」

「子供からのお金は受け取りません」

「言うと思ったから、とりあえず要求を僕も言うだけ言うけど、僕の家の管理を任せる対価として、財産の半分を受け取って欲しい」

 孤児院の経営には国からの補助金が出る。

 特にゼヴェス王国は、ミシマ王国との戦争中であるため、孤児の発生は多かれ少なかれ出てしまうので、そこそこの金額だ。

 それですべてが賄えるわけではないにせよ、シルヴィエーラ孤児院は特に、育てた子供からお金を直接受け取ることを、寄付であっても拒絶している。

 子供は親に甘えるものだ。

 エルシアも昔から、その台詞を嫌というほど聞いた。

「家の管理、ですか」

「そう。財産も一応、全部預けておく。そのうちの半分は好きにしていいって意味だ。けれど……現実的には、孤児院に入れる金じゃなく、トラブルの対処費用に充てて欲しい」

「どういうことです」

「僕はほら、軍でも国でも嫌われ者だからね。いなくなれば、ちょっかいをかける相手が出てくる可能性がある。まあ、念押しはするし、帰ってきた時に報復もするけど、手は打っておきたい。院長なら安心して任せられるし――家の掃除なんかは、給料として財産から引いて欲しいんだよね。言い訳含みで、こんなところだ」

「エルシア」

「はい」

「それはあなたが戻った後に、所有権を戻せますか」

「今日は天気が良さそうだねえ……」

「エルシア……」

 また額に手を当てた。さすがに丸め込むのは難しそうだ。

「あなたが孤児院のために、いろいろとやってくれたのは、知っています。たとえそれが殺人であっても」

「ああうん、軍部が踏み込んできた時の調査で、どういうわけか、フォローはしてくれるのに、僕がやっていない、とは一言も口にしなかったのはよく覚えてるよ。これは気付かれてるなあ、と」

「親だから当然です。最初からわかっていました」

「あー……だろうなあって」

「そのことを嬉しく思いましたが、しかし、不安もありました。あなたは自分がやりたいことを、本当に持っているのかと」

「うん」

「ですから、好きになさい。元より、好き勝手するのがあなたなのですから」

「それと同じくらい、親孝行なんてのは僕にとって、こういうやり方しかできないってことを、納得して欲しいね」

「……仕方ありませんね。わかりました、書類を出しなさい、どうせもう用意しているのでしょう?」

「敵わないなあ……」

 魔力で紐付けをしておいた書類を、自宅から手元に引き寄せると、封筒のままテーブルに置いた。

「院長、僕は我儘かな」

「どうでしょうね。何だかんだと、自分よりも他人を優先する癖のようなものが、悪い影響を生まなければと、そういう懸念はしています」

「それは気に入ったものだけ、だと思うけどなあ……」

「軍にはもう話をつけたのですか」

「伝えてはあるから、そろそろ呼び出しがあるよ」

 そうですかと短く答え、書類を読みだした。眼鏡を変えたが、見た目は変わらない。

「ところで、稍々咲ややさきという名前に心当たりは?」

「それは迷子の稍々咲さんですね? 二ヶ月……くらい前でしょうか、娘が山にいるんだと、フェスリェア方面へ行きましたよ」

「逆だろうに……」

「そう思いましたが、自信があるそうですよ」

 何気なく聞いたが、有名人らしい。

「十年ぶりに戻ってきたそうですが、一体どこをどう通ってきたのかも、本人は知らないそうですよ」

「娘も大変だなあ……」

「でしょうね」

「それはともかく、客間に空きはある?」

「ありますよ。早めに帰ってきなさい」

「ありがとう。とっとと出頭して終わらせてくるよ……」

 魔術師とはいえ、軍属だ。国を出るなら、それなりの手続きもある。


 王城に呼び出されたのは、三十分後であった。


 会議室かと思いきや、謁見の間にまで案内され、国王との面会となる。

 まず、人払いがされた。残ったのは側近の大臣二人、国王の三名のみ。王は派手とも言える色合いの服装であり、外套マントも羽織ってはいるが――しかし。

 玉座から立ち上がり、抜き身の大剣を床に切っ先を向けるよう、柄尻を左手で触れて支えた。装飾つきの大剣だが、前線で振るうことを前提としたものである。


 ゼヴェス王国は、ミシマと違い。

 国王本人が、おそらくこの国において、一番強い。


「答えろ、エルシア・シルヴィエーラ」

「はい」

 今にも剣を振りそうな気配、威圧を前にしながら、エルシアは直立した自然体のまま、普段と同じ小さな笑みを浮かべるような表情で、それに応える。

「お前がサイレントキラーか?」

「そうです」

「何故殺した」

「孤児院に害があったので」

「どうして国を出る」

「調査のためです」

「どこへ行く」

「暗黒大陸です」

「戻る気はあるか」

「実家は孤児院ですから」

「軍属に未練はあるか」

「ありません」

「敵にならない保証はあるか」

「ありません」

「国に利益をもたらす意思はあるか」

「ありません」

「――お前は、俺を殺せない」

「はい、殺せません」

 王の左手が離れ、倒れようとする剣を右手が掴んだ。

 一歩、五メートルの距離が縮まり、振り下ろされた剣がエルシアの肩の位置で止まる。

 基本とされる踏み込みに、振り下ろし。そもそもエルシアに抵抗は許されていない――それが、軍に属するという意味だから。


 つまり。

 殺せないのだ。

 実力差など、まったく関係ないのである。


「動かないのか」

「それが命令ならば」

「――いいだろう」

 剣の気配が肩から離れるが、やはりエルシアは態度を変えなかった。

「お前の同期である槍使いが、一時的に軍部から離脱したいとの申請を出しているが、関係はあるか?」

「ありませんが、申請を通していただきたいですね」

「何故だ?」

「僕の退役における、これまでの成果の付属として」

「理由になっていない」

「同期なので」

 剣を玉座の隣に立てかけた王は腰を下ろし、頬杖をついた。彫りの深い顔つきは精悍そのものだ。

「そこまでの技量があって、名を上げようとは思わないのか」

「失礼ながら、僕には必要のないことです」

「では何を求める」

「世界の在りようの探求を。――それが魔術師の本分です」

「ふむ。では条件を与える。本を書いて国に寄与しろ。それが国を出たお前が、この地に戻り、滞在をすることの条件だ」

「恐れながら王よ、それは国ですか。それともあなたに、ですか」

「その違いがどこにある?」

「ではそのように」

「最後の命令だ。サイレントキラーとして、この大臣を殺せ」


 慌てた様子を見せるよりも前に、何かを言おうと口を開いて。

 その時点で既に、彼の胸元には小さな穴が空いている。

 ――否だ。

 サイレントキラーが愛用した凶器が、埋め込まれている。


「……なるほどな。手首から先だけを、術式によって作り出し、一瞬にして埋め込むか」

 王が軽く手を振れば、もう一人の大臣が落ち着いた様子のまま一礼をして、屍体を持ち上げて部屋の外へ。

「術式の精度もさることながら、埋め込む体術そのものも必要になる。惜しいものだな、これだけの技量があれば、それだけで有用だ。お前に声をかける連中もいたんだろう?」

「ええ、それなりに。しかし、僕をサイレントキラーだと証明することは、できませんでしたから」

 そうだ。

 およそ確実にエルシアだろうことは特定できても、決定的な証拠がない。手首だけの複製なら1キロの距離でも可能だし、刃物なんてのはどこでも調達できる。

「しかし今、証明してしまいました」

「そうだな。この殺し方は、お前にしかできん」

 言って、王は小さく笑った。

「以上だ、エルシア・シルヴィエーラ。生きて帰れ」

「ありがとうございます」

 一礼して、背を向けて歩き出して――だが。

「殺した相手の、理由は聞かないのか?」

「その理由で困った時は、もう軍属ではありませんから」

 その返答が気に入ったのか、大きな笑い声が上がったけれど、それ以上はなく。

 こうして、エルシアの準備は整えられた。

 ――それにしても。

 目の前で見せれば、その仕組みを理解されるのは、納得できる。国王はそれだけの技量もあるし、そのつもりで見せた。

 だったら。

 見せずに見抜いた純一郎とクルスは、一体なんなのだろうか。



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