第10話 大会終わりの閑談・これからの旅の向かう先
ほとんど戦闘をしていなかったなぎさ・フェリスナも、
「おや、
「おう」
執事が顔を見せたので扉の前から立ち上がり、顎で下を示した。
「事の
「なに言ってんだ、お前があの女を助けたんだろうが」
「ははは、さすがにお気づきですか」
「まあな。といっても、初見じゃわからないくらいには、隠すのが上手い」
「では何故?」
「隠し方が上手すぎると疑念が浮かぶのは当然だろ。片手とはいえ、
「さすがですな」
「で、処理はどうした」
「古巣へ戻しておきました。いつになるかはわかりませんが、お嬢様がお戻りになるまで、屋敷は維持します。――それなりに、ですが」
「お前が屋敷を回せるのか」
「執事とは、主に仕えるものですが、であればこそ、主よりも技量を求められるのですよ」
「……そんなものか」
「ええ」
執事の態度はにこやかで、敵意など一切見せない。
「つまり、あの女が好き勝手やった結果ってことか」
「もちろんですとも。主の邪魔はせず、誘導などもってのほか。私はただ仕える身ですから。しかし――意外でした」
「あ?」
「てっきり、私にも挑むのではと、そう思っていたものですから」
「そりゃ、敵対すりゃ俺もやるが――〝夜〟に属する連中ってのは、完璧を求めるから手に負えない」
小さく笑うが、エントランスの隅にあるテーブルに紅茶を置いたので、純一郎は椅子に座らず、それを手に取った。
「あなたは、随分とお詳しいのですね」
「ハヤカワの件は耳にしてるんだろ。教えたのはあんただ」
「さすがに、行き倒れの事情くらいは説明の必要がありますから。おそらくですが、ミミの手引きですね?」
「おう。元より、あいつが俺にここの大会の情報をくれたんだ。バニーガールなのは未だに謎だが」
「あれは趣味でしょう」
「だったらとやかく言うべきじゃねえな。――あんたたちの王様に、一度だけ顔合わせをしたことがある」
「おや……」
「嫉妬はするなよ、流れってやつだ。四年前くらいか? さすがの俺も、挑もうって気にすらならなかった。そりゃそうだ、狐や猫に遊ばれてた俺が、挑めるわけはないな」
「――そんな話は、聞いておりませんでした」
「だろうよ」
「玖珠様は、こちら側でしたか」
「人間だけどな。――いや、そいつも曖昧か。俺の躰を依り代に、妖魔が一人、内側に存在してる。仮にあんたとやり合うなら、力を貸して貰う必要もあるだろうな」
「ははは、ご冗談を。そこまで知って、戯れに戦おうとする私ではありませんとも」
当然だ。
戦いになったら、戯れでは終わらない。余波だけでこの王国が吹き飛ぶほどの規模になる。
「もうお二人も起きられる頃でしょう。朝食の準備を――おや」
失礼と、来客の出迎えに向かったのを見送り、紅茶を飲み終えれば、すぐ戻ってきて、その隣には昨日の侍女がいた。なぎさの母親ではないほうだ。
「朝早くから失礼します」
「おう」
「では、軽い朝食を用意しますので、お部屋でお待ちください」
「わかった。あんたも来いよ、邪魔にはならんだろ。
「恐れ入ります」
「まあ打撃戦なら負けるだろうけどな」
「はい。稍々咲様に対しては不意打ち、全力、一度限りと決めておりました」
「いや、あいつ相手なら三度目くらいまで通用するけどな」
ノックを軽くして、返事があったので中に入れば、着替えを済ませた二人は――。
「……女ってのは、いろいろと大変だな」
「うっさい、じろじろ見るな馬鹿」
「あら、見られて困るようなことはないわよ――教官殿?」
「気にせず結構、続けなさいなぎさ。今はただの案内人です」
「ありがとうございます」
純一郎はベッドに座り、侍女は入り口付近で立ったままだ。
「教官なのか?」
「はい」
「母さんの片腕って感じ」
「ああ、あいつの」
「――玖珠様から見て、あの方はいかがですか」
「ん? 見ての通り、知っての通り、結構やるぞ」
「……、……え、それで終わり? もうちょいないわけ?」
「なんだ、お前じゃ何も有効打を見つけられないまま、無様に寝転がってごめんなさいと言うしかねえって、そんな現実を突きつけて欲しいのか?」
「そんな現実は知らん! ……え? そうなの?」
「どれほど練った攻撃であっても、ほぼ受け流すぞ、あいつ」
「あら、どっかの誰かは当ててたでしょう?」
「ボールを打ち返すのと同じだ。芯を捉えれば、流しきれない」
「簡単に言うわね……」
「理屈を知らないと習得もできねえってのは、最初の段階で覚えたからな」
そこで、朝食のサンドイッチが運ばれてきて、軽く食べて。
侍女に連れられて屋敷を出た。
向かった先は、王城である。
なぎさと雪花はやや緊張した面持ちであったが、純一郎は両手を頭の後ろに回し、のんびりとついて行く――そして。
おそらくそこは、謁見の間なのだろう。やや筋肉質な男が、玉座の前をうろうろしていた。
「――少しは落ち着いたらいかがです」
呆れたような口調で、さやかがいつもの侍女服のまま、口を開けば。
「おう」
そう返事をするものの、うつむき加減で動きは止まらない。
「まったく情けない」
「そうは言うがな? お前な? そりゃ定期的にふらっと足を運んで顔は見ちゃいるが、改めて正式にってなると、お前な? いろいろとな?」
「いろいろと、なんです」
「そりゃ考えるだろ! 俺だって今更、父親ヅラをしたいってわけじゃねえし、あいつだって迷惑だろう。けどそれでも俺の娘だってのは間違いないわけで、そりゃお前、な?」
「母親なのでわかりません」
「そういうとこな! お前な! 父親ってのは娘ってやつが可愛くてしかたねえの! そういうもの! わかっちゃいるんだが、そわそわするのはしょうがねえだろ……」
「なるほど。では今更、取り繕っても仕方ありませんね」
「お前な、よくわからんが何だそれは――あ」
ようやく、来客に気付いて。
頭を掻いた男は、もう手遅れかと飲み込み、どっかりと玉座に腰を下ろす。
「では、失礼いたします」
「手をかけさせたわね、ありがとう」
この場には、五人。
「じゃ、一番関係なさそうな俺から聞くか」
「何言ってやがる、お前が一番関係してるだろうが……」
「あ?」
「玖珠、用件はなんだ。聞いてやる」
「偉そうにしやがって……」
「お前ね、俺はここの国王だぞ」
「知ってる」
だから何だ、という態度だ。
「知ってるから聞くが、お前は把握済みなんだな?」
そういう話かと、ひじ掛けを使って頬杖をついた男は、小さく笑う。
「把握しているかどうか、と問われれば、表向きは肯定するだろう。そして、俺がと問われれば、それもまた、曖昧に頷くしかない。このフェスリェア王国は古くから、妖魔との繋がりがあって、
「へえ……ちゃんと理解してるんだな」
「こっちが好意に甘えなきゃ、成立はしねえよ。ただ、あいつらは人としての技量を求めてる。たとえば、こいつなんかもそうだ」
「こいつ?」
「……お前ね? 俺は今、国王として話してるんだけどな?」
「はい?」
「つまり、さやかみたいに、人として過ごそうって妖魔を歓迎してる。闘技大会の春季、秋季ともに、必ずしも妖魔が優勝するとは限らないのが面白い――と、俺もあいつらも、そう思っているだろう」
「――ああ、知らないのか。妖魔でも上へ行けば行くほど、人型に近くなる。ここにいる連中みたいに、人型を作るんじゃなく、人型で在る。で、人間みてえに振る舞うのさ。そう変わりはしねえよ」
「変わりは、するでしょう」
「ん、ああ、まあ、そうかもな。スケール自体は違うから。ハヤカワなんかも、まだこっから先が楽しみだ」
「ではその件のお話を」
「ん?」
「行き倒れていた理由が、ハヤカワだと伺いましたが」
「あー……いや、自業自得。器に無理のある攻撃をしたからな」
「――ああ、それで、あの怪我だったわけね……」
「せつ、なに、どういうことよ」
「あたしが攻撃する時、踏み込みの力を腰、肩、肘で増幅して拳から当てるんだけど」
あれ、なんかこっち見てるなあ、と思いながらも雪花は気にしないようにして、続ける。
「その威力を10だと仮定して、もっと威力が必要な時、どうする?」
「そうね……筋力を使うわ」
「ん。じゃあ、更に必要な時はどうするって話。そこを突き詰めていくと、必ず壁がある」
「セーフティライン」
「そう。で、構わずそれを越えて躰を使うと、まあつまり、内側から壊れちゃうわけ。器に無理のある行動なんて、そうそうできないんだけど」
しないのではなく、できないのが普通なのだ。
「まあ玖珠だし」
「ああうん……」
「なに曖昧に頷いてんだ。まあ俺も無茶をした自覚はあるが――」
「では随分と、私には加減してくださったようですね?」
「そりゃするだろ、手合わせなんだから。さすがに受け流されるとは思わなかったが」
「ありがとうございます」
「で、あたしからもいい? 妖魔ってなんなの?」
「ああ、そうか」
そうだなと、男は一つ頷いて。
「知らなくて当然か。魔物の上位存在だとか、いろいろ言われてはいるが――人間とは違う存在だ。どう言うべきか……そう、人型をしているが、その本質は大きく違う」
「どう違うんです?」
「それぞれだから、一概にこう、とは言えないな」
「簡単に言えば人間の天敵だ」
純一郎はそれを、断言する。
「妖魔によって割合は違うが、そこの侍女もそうだが、人型になってるのは、あくまでも存在の一部でしかない。風呂場の水を想像しろ、それが本体で、人型の部分はその水を汲んだコップ一つ。で、基本的に人間は、そのコップを割ることしかできない」
「割ったらどうなんの」
「違うコップでも、水を汲めばまた同じだ。何万と繰り返せば可能だろうが、その繰り返しがいかに難しいかは、言うまでもないだろ」
そもそも、戦闘において同じことを二度繰り返して、それが通じるのは間抜けだけだ。
「発生の因果とか、いろいろと俺は知ってるが……ま、いずれな。たとえ話のまま続けると――じゃあ、水そのものに通じる攻撃ってのは何だってことになる」
「あー……」
「詳しいな、玖珠。専門家ってのは、本当らしい」
「お前の目は節穴か? エイレアを討伐したのは俺だろうが」
「ははは、本当にお前は態度に遠慮がないな!」
「そうか? ……まあ、そうかもな。あまり感情が揺れないんだ」
「妖魔対策としては初歩ですね。感情そのものが発生源となっている妖魔もいますから」
「そういうことだ」
さて――。
「あのう……」
「はい、なんですなぎさ」
「母さんも妖魔なの?」
「そうです」
「……で、そっちの国王が父さん?」
「そうだぞ! あ、いや、まあ事実だがその、なあ……」
「ああうん、まあ、事情はなんとなく。ただ何というか」
「旅に出たい、そう言い出しにくい空気ではありますね」
「うんそれよ」
「なんだ、旅に出るなら、ついて来いよ。これから、
「なんで間抜けなの! 失礼な!」
「いやだって、どう考えてもお前が間抜けだからだ」
「もっと失礼な!」
「だから蹴るなって言ってんだろうが……」
何故か賑やかになった。
「生きて帰って来いよ、なぎさ」
「ええ、それはもちろん。その間に親孝行も考えておくわ――どうせ、嫌ってほど鬼教官に感謝するでしょうけれど」
「あら、それは当たり前のことですよ、なぎさ」
「敵わないなあ……」
「お前な、そういうとこズルいよな? な?」
「みっともない」
さやかが男の頭を叩いていた。
「まったく……ああ、本題な。闘技大会は昨日で終わり。本来なら決勝でやる相手が、去年の準優勝者で、妖魔だったから、お前の怖さは充分に伝わった」
「俺が誰でも構わず喧嘩を売ると思われるのは、釈然としねえが」
「いや、手合わせならば得るものもあるだろうが、まだ早いと、そういう判断だ。そのため、今季は三チームが二位、そういう取り決めとなった」
「そうか。おい稍々咲」
「文句はない。まあ
「だそうだ」
「とりあえずは以上だが――さやか?」
「……、ひとつだけ」
「なんだ、聞きにくいことか」
「ええ、答えにくいことかもしれません」
「言ってみろ」
「〝蛇〟に頭が上がらない――そう言った理由を、教えていただけますか」
ああその話かと、純一郎は頭を掻く。
確かに、言いにくい。
「昔の話だ。確か二度目……だったか、生死の境を彷徨った時に、蛇さんが泣きながら連れ戻してくれてな。三度目は半泣き、四度目は説教、それ以降は今のところないが……まあ、泣かせたってのが負い目でなあ」
「――そう、でしたか」
「感謝してるんだよ。そうじゃなきゃ俺は、ここにいなかったかもしれないから」
死には、しなかっただろうが。
人間としては、生きていなかったかもしれない。
「ま、数日はまだ屋敷にいる。そのうち出るけどな――それと、執事の野郎が、そろそろ別荘でも買ったらどうだと、言っていたぜ。それがあんたに対してか、二人に対してか、そこは知らないが」
「そうか、エイレアがいなくなったからか。どうださやか、いるか?」
「考えておきます」
話は以上だと、純一郎は率先して背中を向けた。
「じゃ、後は親子で話しとけ。俺は腹が減った」
「用意させますが?」
「贅沢な待遇を受けると、立場ってやつが面倒になりそうでな」
そうして、手をひらひらと振って、純一郎は出て行き、慌てて雪花もその後を追うが、既に純一郎の姿がなく。
取り残された親子は、一息入れるよう飲み物を手配してから、長らくなかった家族の会話を始めたのだった。
※
肩から足元まで一枚の布、合わせは前で腰には帯――和装と呼ばれる着物は、白色をベースに、書きなぐったような赤色のデザイン。
バニーガールだったとは思えない、変わりようである。
街の外、しかし王国からはそう離れていない位置、林になっている入り口にて。
「待たせたか」
「ん」
純一郎は、兎の妖魔と顔合わせだ。
「王城への挨拶は?」
「適当に済ませた。だがまあ、お前の言った通り、楽しめたよ」
「でしょう」
「胸を張るな、偉そうに……」
「あはー、でも予定外。エイレアの嬢ちゃんがはりきっちゃったから」
「わざとらしく吹き飛んだだろ」
「子供は感情的だから嫌」
事実――。
妖魔の中でも、古代種に分類される、古くから存在するモノは、その経過時間に比例するよう力を持つ。
小柄であるし、バニーガールの衣装が謎ではあるが、しかし、ミミも古代種の一人だ。ほかの同種と比べれば、特に気持ちの面で負けてはいるけれど、エイレア程度がどうにかできるような存在ではない。
――いや。
あの執事も含めて、この王国に存在するあらゆる妖魔だとて、ミミには敵わないだろうことを、純一郎は知っている。
では、純一郎なら?
問うても、答えはない。
「で、これからどうすんの。どうせ留まりはしないんでしょ」
「ああ、ちょうど
「んー、あっちかー」
「ネタバレすんな。大会の時以外は、あちこち走り回ってんのか」
「酒の
簡単な情報屋、という感じになってしまっているらしいが。
「まあいいや。一応、あっちこっちに〝耳〟は置いてあるから、無茶しないように」
「してねえだろ」
「ハヤカワの相手してたじゃん」
「……あいつ頑丈だよなあ」
「中の人、呆れてたでしょ」
「なんでだろうな?」
「
「よくわからん。そろそろハヤカワとやり合った疲労も、気にしなくていいレベルまで躰が動かせるし。おい、ハヤカワ伸びるぞあれ」
「知ってる。でもハヤカワが扱える得物がなくって」
「得物?」
「殴る蹴るが中心だから、ハヤカワ自身も得物を扱ってみたいんだって。振り回すんじゃなく――斬る、突く、そういう現象を知りたいって」
「欲張りなやつだ」
「――嫌いじゃないでしょ」
「力を技術でカバーしようってんだ、嫌いになれるかよ。そろそろ上に食い込むだろ」
「まだ。あはー、ハヤカワ自身がその気になってないから」
「なるほどね、そういう意識も重要だ。まだカタコトなのにな」
「可愛い子よねー、でっかいけど」
「それは知らん。――で、報告すんのか」
「そりゃするよ。しないと私が怒られるもの。あと、されたくないことはしない」
「何したって酒の肴だろ。どうせ
「あはー、頭が上がらないね」
「うるせえよ」
「んで、いつ戻るの」
「まだわからん。状況次第だが、いずれにせよ俺一人じゃ難しいってのは大前提だ」
「ちっこいの二人いるじゃん」
「あいつらを巻き込むのは、まだよくわからん。あと女二人ってのは面倒だ、野郎がもう一人くらい欲しい」
「わがまま」
「俺が未熟なのは自覚してる。ま、適当に考えて、最悪は一人だな」
「うーん、それは本当に最悪ね。でも」
そう、わかったことがあって。
「こっち側じゃ、鍛錬する相手が、本当に少ないんだな……」
実力差、という言葉に何度、苦笑したことか。
「ま、人間相手は新鮮だったけどな。呪術を扱わなけりゃ殺さないで済むって、つい殺しそうになったのも最初だけだ」
「そこ、気をつけること。じゃあ――ま、気が向いたらいつかの大会で。あるいは、あっちで?」
「そうだな」
「ん。またね、原茂」
「おう、またな、ミミ」
お互いに言の葉で約束を交わせば、それはいつか必ず果たされると、二人は疑っておらず。
姿を消したミミの行く先に視線を投げることなく、背を向ける純一郎は欠伸を一つ。少なくとも〝次〟は、せいぜいミミを討伐できるくらいにはと、そんな想いを抱いた。
『さあて、次も楽しめればそれで良いが、酒を忘れるでないぞ』
ほら見たことか。
同類のコイツがそう言っているんだ、絶対にあの狐と猫も、同じ反応をするはずだ。
クソッタレめ。お前のための旅じゃねえんだぞ。
覚えてろ。
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