第5話 予選合間の閑談・お互いの力量

 一等地にはあまり馴染みはないが、庭から使用人の侍女に案内されて屋敷に入ると、どういうわけか見知った顔がいた。

「おや、なぎさ様」

「あれ? 執事さん! お久しぶりです、こちらで働いていらしたのですか?」

「ええ。ああ、私が引き受けますよ。確かに久しぶりですね、二年ぶりでしょうか。いろいろと成長したようで何よりです」

「ああうん、ちょっと邪魔な時もありますけど」

「ははは、固定するのも窮屈ですからね。年頃の男性の視線にも気を遣うでしょう」

「……こういうのには動じないんですね」

「慣れていますので」

 さすがは大人の執事である。対応も受け流しも慣れたものだ。

「さやかは変わらず元気にしていますか?」

「ええ、相変わらずの鬼教官です。母親としても尊敬してます」

「それは良いことです。稍々咲ややさき様ですね?」

「はい」

「客間です、案内しましょう。――ああそうだ、予選突破、おめでとうございます。参加は初めてでしたね」

「そうです。一応、主席じゃないと学生は基本的に、参加不可能ですから」

「でしたら、当然の結果ですね」

「緊張してましたし、あの二人が同じ場にいましたから。正直に言うと、ほっとしてます。あと、本選では当たりたくないです」

「ははは、もしかしたら彼らも、似たようなことを考えているかもしれません。それと、朝の防衛も話は聞いております。予定外の仕事で大変だったでしょう」

「あーはい、打つ手がないって感じだったので、彼らの手には助かりました」

「おや、なぎさ様ならそう難しくはなかったでしょうに」

「買い被りです……」

 だが、もしもあの場所に単独で、それこそ最悪の状況だったのならば。

 あるいは、もっと早く済ませられたかもしれない――その場合の代償もまた、最悪になるが。

「エイレアさんは?」

「お嬢様は闘技場にて、使用人を連れて観戦中です。お気になさらず」

 案内されたのは二階、ノックは執事が行う。

「お客様です」

「どーぞー」

「飲み物をお持ちします、どうぞ」

 本当にできた執事で、普段から殴られ蹴られで教育を受けているなぎさにとっては、ちょっと毒だ。

 中に入れば、玖珠くす純一郎じゅんいちろうがベッドで脚を組んで座っており、稍々咲ややさき雪花せつかはテーブルに備え付けの椅子に座っていた。

「おう」

「いらっしゃーい」

 ベッドは、二つある。相部屋は慣れたものだが――。

「男女で相部屋?」

「それはエイレアさんに言って」

「柔らかい寝床ってのは、気を失ってる時くらいしか使ってねえから、ベッドってのは新鮮でいい――座れよ。あ、いや待て」

「なに?」

 腕を組んだ純一郎は、首を傾げて。

「可愛い服だよな、それ」

「――なあに、あんた、女の服を褒めるくらいの気遣いができたわけ? それ、あたしに向けてないのはなんで?」

「あ? 気にするものがなかったからだろ」

「こんにゃろう……」

「いや実際に、すげえだろ。ルスの意見も入ってんじゃねえか? 女用に可愛く作った上で、機能性がかなり高いぜ」

 下はきつく紐を縛ったブーツに、膝の上まである黒色のソックス。スカートは膝上と短く、太ももが数センチほど露出しているのは、視線誘導も兼ねているはず。

 そして、上の服が問題だ。

 ホワイトシャツを中に着て、首元には細いリボン。胸元を強調するよう楕円形に空いたような上着は、ベストをイメージすれば良いだろうが、これがやや特殊なのだ。

 正面から見ると、まずは腕。肘の上くらいまでは躰に密着するよう寸法がきっちり合わせてあるのに、そこから肘、手首にかけてやや広がっており、袖口はやや円形のようになっている。これは、袖の中にナイフなどを仕込む際、服が邪魔にならないようにしているためだ。

 同じよう。

 背中の途中から腰にかけて、大きく空白があり、前面は腰くらいまでの長さなのに、サイドにスリットが入っており、背後は尻――スカートをほぼ全部、ぎりぎりまで押さえるくらいの長さがある。

 ちなみに、サイドのスリットは前後の二ヶ所にあり、これは。

 腰裏に隠した拳銃やナイフを引き抜きやすいようにしている。

 そんな仕組みがありながらも、ぱっと見て、素直に可愛いと思えるデザインなのだから、素直に称賛すべきだろう。


 ――もっとも。

 なぎさの場合は腰裏に拳銃、ナイフは太ももに装着してある。袖口のナイフは、投擲専用スローイングだろう。


「ただ」

 そこまでを雪花に説明した純一郎は、そこで一息。

「ポーチなんかの小物を装着するには、腰裏が邪魔だな。胸の下にあるポケットも、それほど入らないだろうし。とはいえ、そんなものは優先度の違いでしかないか」

「へー、……で、合ってんのこれ、なぎ?」

「合ってるわよ。だから、こうやって座る時も、ちょっと前めにね」

「下のシャツは半袖だろ。胸を出してるのは汎用性だろうが、ちゃんと周囲の服で支えてる」

「ちょっと玖珠、女の子のおっぱいをじろじろ見ないの。――あたしは見られるほどないけどね! あははは!」

「あ、そう」

「ちょっとは興味持ちなさいよ!」

「知らんし。ってことは、服にも特殊な繊維を入れてるな?」

「簡単な防弾、防刃くらいはね」

「柔らかさも兼ね備えてるとなると……いや、まあいい」

「というか、可愛いって表現はどうなのよ」

「嬉しいわよ?」

「なぎじゃなくて、玖珠に言ってんの。いや何その嬉しいって好意的な反応」

「褒められたら素直に受け取っておくものよ。理由がどうであれ、ね」

「なら理由の説明はしなくても良さそうだな」

「私が訊いても?」

「何をどう説明したって、一言で充分だろ。思ったことを素直に言っただけだ」

 ノックがあり、侍女服の使用人が珈琲を三人分、テーブルに置いていった。純一郎も一度立ち上がり、受け取ってまたベッドに座る。

「で、事後処理はどうなった?」

「軍警備隊に報告して、外の巡回に人員を割いてもらったわ」

「内部の巡回で忙しいだろうに、よく頷いたもんだな?」

「さすがにシャッカリザードみたいな、大物のはぐれ魔物が出たんじゃ、警戒せざるを得ないもの。王宮直属を数人、回して貰うみたい」

「大物? というか、はぐれ魔物ってのは何だ?」

「あ、それあたしも知りたい。魔物ってそもそも、はぐれてるから魔物じゃないの?」

「……知らない方が問題よ?」

「山猿みたいな師匠センセイと、ずっと一緒だったから」

「山籠もりみたいなことをずっとしてて、最近下山したばかりだ」

「そ、そう……」

 知らなくて当然らしいが、おかしいのはこの二人だろう。

「魔物の生態から外れて、突発的な行動を見せる魔物を、はぐれ魔物って通称で呼ぶのよ」

「へー、生存区域から外れてるってことか」

「まあ確かに、あの火トカゲは火山帯に生息してるしな。火山一つ見つけたら、火トカゲの家族が三つはいる」

「なんか、魔物については詳しいね?」

「ん? ああ、結構な種類と戦闘したことはある。初手で脚を落としたのだって、バランスを崩させて、頭の岩に隠された首のところを当たりやすくするためだ」

「ああ、それで首を狙ったんだ」

「――けれど、次の攻撃は止めたわよね?」

「……」

 珈琲を一口。実はこの屋敷にきて、初めて飲んだのだが、苦みも心地よく、喉を潤すというよりも、ほっと一息を落としたくなる味だ。

「そうなの?」

「よく見てやがる……が、説明するとなると、俺としては言い訳になっちまう。それでもいいか?」

「言いたくないのなら、無理には聞かないわ」

「そういうところも、良くできてる。一撃目から繋いだ二撃目、首を狙った一撃のあと、首から流れる血に気付いて、三撃目をやめたんだ。本来なら、火トカゲが気付かず、躰を動かそうとした瞬間、首が落ちるくらいじゃなけりゃ、技として成立しねえ。だから俺の落ち度だ、刀に申し訳ない」

「……なに言ってんのこいつ」

「私には、こころざしの問題だって聞こえるけど、それ以外はコメントを控えるわ」

「そりゃどうも」

「まあいいけど、あたしにはちょっと課題かなー」

「お前の場合は対人を前提としてるから、経験が必要になる」

「ゆきは武装しないのね?」

「あー……うん、嫌いだから」

「何が嫌いなのよ」

「うーん……いや、あのね? あたしの師匠が使うの」

「ナイフだろ。そいつの太ももについてる、やや刀身が曲がった厚め、大振り」

「そいつってどうなのよ。なぎさでいいわ」

「ああそう」

「っていうか、当たってんだけど、どゆこと」

「お前の扱う体術で、ナイフを持たれた場合が一番厄介だと、俺がそう思ったからだ。こと対人においては、とてもじゃないが遊びで相手はできねえよ……」

「何故、そう言えるのかしら」

「想像できるからだ。簡単に言えば、

「あ、それ! その感覚わかる! ――で、暗殺され続けたあたしは、武器が嫌いになりました。あの女はいつか首から下を埋めようとオモイマス」

「苦手意識の延長ね」

「そうだけどー」

 むすっとした顔で、珈琲を一口飲み、ぴたりと動きを止めた雪花は、砂糖に手を伸ばした。

「ああそうだ、これも聞こうか少し迷ったんだけれど」

「答えたくなきゃ、そう言う。なんだ?」

「予選の時――背後からの攻撃を避けたわね?」

「……ああ、おう、避けたなそういえば」

「背中に目でもついてるの? うちの訓練教官も、似たようなことをやるけれど、なにか仕組みが?」

稍々咲ややさきもできるだろ」

「んーまあ、最低限は。でも説明はめんど」

「ある種の空間把握だ――と、まあ一般的なものとは似ているようで違うのか」

「私たちが使う空間把握は、いわゆる地形なんかの立体的な把握を指す場合が多いわね。狙撃時における射線の確保は、必ず空間把握が必要になる。じゃないと、流動する状況に対応できなくて、当たらないから」

「俺らの場合、空間把握と言えば、両手が届く範囲の掌握にある。そうだな……肌に触れられれば、気付くだろう?」

「ええ、男にはまだ触らせてないわ」

「その感覚を広げるんだよ。背後から肌に触れられれば、対応できる」

「どのくらいの範囲なの? 両手を広げたって言っても、つまりは警戒範囲でしょう?」

「意図して広げる時はあるが、それだといわゆる全方位警戒オールレンジアクティブになる。ここにいますよって挨拶だ。範囲の度合いは人によって違うし、それを常時してるかもそれぞれだ」

「あたしは基本、戦闘中だけかな。危険を察すると、自然にやるけど」

「空間把握が狭ければ狭いほど、熟練者ってのが通説だ」

「――どうして? 未熟だから範囲を広げられないと考えるのは自然でしょ」

「考え方の違いだな。さっき言ったろ、広げればここにいますよと、相手に教えることになる。だが狭すぎると?」

「そもそも感知が遅れるわ」

「つまり、空間把握の範囲そのものが、対応できる距離なんだよ。俺の場合、狙撃に対してでも二十センチもあれば充分だ」

「充分な、そのぎりぎりなラインを定めてるのね。だから背後からも対応できた」

「感知する前に、気配を捉えてはいたけどな……」

 人が動く時、必ず周囲の空気を動かす。それを察することが第一だ。

「もう一つ」

「ん?」


?」


 どう問おうかは、今までずっと迷っていた。さりげなく会話の流れを誘導して聞き出そうとしたりも、あるいは、できたかもしれない。

 けれど――なんとなく。

 ここまでの会話で、素直に聞けば良いと、そう思えた。

 思えたからこそ、試したくもなったのだ。

 あたかも、なぎさがそれを見抜いたかのよう、問うてみたのだが、果たして。

 結果は?

 首を傾げる雪花せつかを見て、純一郎は小さく笑った。


「――はは、今のお前じゃわからんだろ。誰に聞いた?」


 見抜かれた。


「……どうして?」

「相手がどの程度の技量なのか、それを見抜くことが何よりも重要って話だ」

「う……うん、まあ、実はうちの訓練教官から聞いたのよ」

「へえ? 何か外見的特徴はあるか?」

「ヘッドドレスはないけど、実用的な侍女服を着てる」

「――ああ、あの目をずっと伏せてる女か。フリルで隠してはいるがあれ、ポケットだろ。かなりの重量があるのに、足取りに出てなかったのを覚えてる」

「はあ? あんたいつそんな女と知り合ったの?」

「知り合っちゃいねえよ。予選で戦闘をしてる最中に、観客の中で目星をつけた」

「こいつ……馬鹿?」

「私に振らないで」

「当然だろ。観客がこっちを見て探りを入れるなら、逆にやり返すことだってできる」

「それで、観戦なんて必要ないとか言ってたんだ……」

「そうは言うが、俺が気付いたことに、その女も気付いてたぜ? そこまで見抜かれてるのも承知の上だ、驚くことじゃねえ」

「じゃあ、本当にそうなのね?」

「おう。俺の扱う雨天流ってのは、あらゆる得物を扱う武術だ。俺は胸を張って継承したとは言わないにせよ、そこを目指してる。刀を選んだのは、……ま、たまたまだと思ってくれ。いずれ、ほかの得物を見せる機会もあるさ」

「そう……ああ、だったら、うちの教官を見た感じ、どうだったの?」

「少なくとも、稍々咲にとっては最悪の相手だ。何故かは、まだ黙っておこう」

「そう言われると、やりたくなるんだけどなあ」

「ゆきが乱暴者ってことはよくわかった。でも――本気にはなれない?」

「ああ、あの女が本気になった時は、俺も殺さないといけなくなる。あっちは避けたいだろうし、俺としてはそっちが本職だ。まあ大会である以上、そうはならねえだろ……」

 ここも、同じ見解らしい。

 なるほどと、思う。

「つまり、うちの教官レベルってことね……」

「そう考えて問題ない。稍々咲もな」

「付け加えなくてもいいのに……」

「じゃあ除外していいぞ」

「そういう意味じゃなくて!」

「あ、そう」

「ぐぬぬぬ……!」

 反応が淡泊というか、わざとやっているのかは知らないが。

「戦いたくないわね」

「そりゃそうでしょ。――でも、大会で当たればちゃんと本気でやるタイプ」

「そこらの切り替えはできるから」

「あの女もか?」

「ええ、去年の秋季大会で三位だったから、シード枠で出るわ」

「そうか」

 ――そうか。

 そう言って頷いた純一郎の口元に浮かんだ笑みは、さやかが見せた笑みと同じもので。

 なんだろう。

 なぎさには、ネジが一つ外れているように感じた。



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