第4話 突発的な朝の戦闘録・対シャッカリザード戦

 この時期は、トラブルの多さもあって国内の警備に多くの人員が割り振られる。この場合の警備員とは、王城の警護を行う者はともかく、フェスリェア王国軍が行う。闘技大会は国を挙げての祭りみたいなものなので、当然だ――が。

 逆に言えば、この時期は外の巡回が甘くなる。

 なぎさ・フェリスナが早朝の時間に訓練を選んだのも、半分は巡回目的でもあった。しかし訓練を始める前に、同じく早朝鍛錬を目的とした稍々咲ややさき雪花せつかと出逢い、朝はいいよね、みたいな世間話をしていた――のだが。

 しかし。

 散歩のように移動しながら会話をしていた最中に、それと出遭った。

「――なにあれ!?」

 大声を出せば気付かれるだろうに、とは思ったが、早いか遅いかの違いでしかなく、むしろ注意を引かねばならなかったのだから、この場は良いとして。

 突発的に出現する、はぐれ魔物だ。特徴としては大物が多く、発見が偶然に左右されるため、被害規模が大きくなりやすく、脅威とされている。討伐隊を組むわけにもいかないし、この場にも二人しかいない。

 運がツイてると、なぎさは思う。王国までは距離があるし、周囲に人里はなく、ここで討伐できれば被害は最小限だ。闘技大会への影響も限りなく小さくできる。

 ただ、それは裏を返せば、運の尽きだろう。距離があれば増援を呼べず、討伐できなければ被害は大きくなるし、ここには二人しかいないのだから。

「シャッカリザードよ!」

「なにそれ!?」

 そこからか。

「腹以外はとにかく硬いし、火を吐くから気をつけなさい。簡単にやけどくらいするわよ」

「……そんだけ?」

「私だって初見よ!」

「あ、うん、そっか。で、どうすんの?」

「面倒な訓練になりそうね」

 既にシャッカリザードはこちらを見ていて、様子を窺っている。戦闘の開始は目前だ。

「火を吐かれたくないから、できるだけ接近する」

「え、手伝うよ」

「ありがとう」

 一歩、踏み込めば耳障りな咆哮が上がった。敵意を吐き出し、空気が緊張する。

 シャッカリザードは、腹を地面につけた大きなトカゲだ。子供で二メートル、今回のものはざっと見て六メートル以上。本来は火山帯に棲む存在で、細かい鱗のような皮膚は、爬虫類特有の色を見せながらも、赤黒くなっている。やや平たくなった顔、その頭上には茶色の岩がごつごつとついていて。

 口の中に牙が少ないのが、救いか。

 腰裏から引き抜いた拳銃を三発、頬のあたりに当たったが、まだ距離もあるため表皮に弾かれる。いや、このぶんだと近距離でも傷を与えるのは難しいか。

「かたっ!」

 踏み込みから一撃、拳を当てたが横転もせず、前足を折ることもできなかった雪花は、右手をひらひらと振りながら動く。

 躰が大きいというのは、ただそれだけで厄介だ。大きな衝撃を与えても、長さがあるぶん、衝撃を受け流しやすい。内臓を揺らそうにも、そもそも人間と違って、こうした魔物は内臓を揺らすよう移動することに慣れている。

 そして、ぐるぐると周囲を回りながら、通じるかどうかもわかっていない攻撃を仕掛けていれば。

「うわっ! なぎ!」

「聞こえてる! 略すなせつ!」

 四つある足、その前脚で強く地面を掴んだ瞬間、距離を離すよう大きく跳躍したのなら、シャッカリザードはその巨体を震わせるようにしてから、勢いよく回転して尻尾で周囲を薙ぎ払った。

 火力不足――なら、もう隠している余裕もない。

 空中で縦に回転しながら、なぎさは対物狙撃銃アンチマテリアルライフルを両手で構え、着地を待たずに一発。反動で更に後方へ飛ばされるが、構わない。

 ――そもそも。

 対物狙撃なんてものは、アンカーを打ちこんでバイポッドを使い、固定して扱うものである。威力こそあるが、戦闘中ではそんな余裕もなく、こうした使い方になってしまう。

 338ラプアの弾丸は、シャッカリザードの眉間あたりに吸い込まれるが、しかし、衝撃が弾けるよう、額の岩を一つだけ壊したものの、波打つような動きと共に、尻尾まで衝撃を逃がされる。

 着地した瞬間、狙撃銃は手元から落ちて消えた。

 なぎさの術式は、組み立てではなく、あくまでも収納だ。所持しているものを取り出し、また収納したに過ぎず、それ以上の効果は今のところない。

 ブレスがくる。

 息を吸いこみ、口元が膨らもうとする直前、踏み込んだ雪花が真横から、頬を叩くよう拳を打ち込めば、ぎりぎりのところでブレスは中断した。だから、距離を縮めようと一歩、しかし。

 しかし、近づいたところで、どうすればいい?

 腹部は柔らかい、それは確かだ。手持ちのナイフでも、捨てる気持ちでやれば刺さりはする。心臓部はおそらく、前足の付け根、腹に近い位置だろうけれど、そんなものはシャッカリザードが一番良く理解している。だから、地面から腹を離そうとしない。

 持ち上げて、仰向けにする? ――理想論だ。

 何かないのかと、周囲を探ったのは、軍人として育てられたからだ。使えるものは何でも使え、武器を手持ちのものだけに限るなと、そう教わっていたから。

 仮に、最大限の用意ができていたのならば、なぎさは地雷クレイモアを設置して誘導しただろう。それだけシャッカリザードにとっての腹は、致命的になりうるのだ。

「こんのっ、――トカゲめ!」

 跳躍、空中で縦回転、背中に叩きつけられた拳から衝撃が発生し、まるで地震のように周囲が揺れた。


 ――駄目だ。


 大地との板挟みも考えたのだろうし、これが平時ならば威力の強さに驚いただろうが、この状況では。

 地面が揺れたということは。

「駄目だー! 衝撃が地面に抜けちゃう!」

 両手両足、そして腹から、地面に吸収されてしまったのと同じだ。

「くっそう! なぎ、ちょっと何か手はないの!?」

 ――どうする。

 街道からやや離れた場所だが、障害物は少ない。あちこちに点在しているのも、腰の高さまでもないほどの小岩ばかり。あれにぶつけたとしても、ひっくり返ることはまずないだろうし、小岩の方が破壊されるオチが見えている。

 このまま――街に移動するのが、最善なのか?

 戦闘を継続しながら近づけば、増援が期待できるし、正規の軍人の方がよっぽど戦闘慣れしているだろうから。

 それしかないか。


 ――本当に?


 選択肢が狭まり、一つの決定を下そうとした際には、必ず疑問を抱くようになぎさは教育されている。

 何を悠長な、と思うかもしれないが、それこそが生死を分ける。

 これしかない、なんて選択には、罠が潜んでいるものだから。

「ちょっと!」

 かす雪花が傍に来たが、先ほどの一撃でシャッカリザードは、攻めるべきか迷っている。このまま待てば、すぐ攻撃が来るだろうけれど、それでも、もう一度。

 周囲を見て、何か――。

「え?」

 そこに。

 小岩に腰を下ろして、刀を片手に、膝に肘を乗せた頬杖の姿勢で、のんびり観戦をしている少年を発見した。

「なぎ、なにが――って玖珠くす! あんた何やってんの!」

「ん? おう、何って」

「いいから加勢!」

「ああ、もういいのか」

 声を荒げる雪花とは違い、純一郎じゅんいちろうはこの状況にまったく動じておらず、よっこらしょなんて言わんばかりの態度で小岩から降りた。

「いいんだな?」

「え、ええ」

 なぎさの返答に、そうかと呟いて、純一郎は刀を抜いて右手に持った。


 ふらりと、揺れるような初動を、見た。

 軽く背後に倒れようとする動き、次に見えたのは深い前傾姿勢で、右腕を首の前に通すよう、刀を左側に構えた姿――そして。

 七メートル。

 その距離を見失い、出現した純一郎はシャッカリザードの前脚を既に一振りで切断していた。


雨天うてん一刀術いっとうじゅつ水ノ行すいのぎょう第三幕、始ノ章しのしょう飛沫ちりみず〟》


 それは飛び散った水滴を全て、目で追うことが難しいよう、瞬発に加速を乗せて、死角すら縫う移動の上での一撃である。

 純一郎は薙ぎの一刀を終わらせてから、その勢いに乗るよう躰を回転させると、シャッカリザードの首へめがけて、今度は片手で振り下ろした。


追ノ章ついのしょう不流消つねながれ〟――》


 振り下ろし、切っ先が地面に当たる前にぴたりと止まる――そう、巨体を相手にしているのに、刀身自体は皮膚に触れるか否か、という距離。

 そして、純一郎は左側、前足の付け根付近に一歩踏み込み、手首を返す。


《――終ノ章しゅうのしょう、〝滝裂ながれわり〟》


 それは、高くから落ちてくる瀑布を、二つに切断する――が。

 ぴたりと、純一郎はそこで動きを止めた。

 片手では威力不足だから、ではない。視界の端に映った赤黒い、シャッカリザードの皮膚と似たような色の液体が、じわりと滲み出すようにして、首から地面へ広がっていたからだ。


「……」


 不流消つねながれとは、滝を斬る技である。

 たとえば、滝から音を失くそうとした場合、威力が必要だ。一閃、その範囲の水を消し飛ばせば、消し飛ばした範囲だけ水の音がなくなる。簡単に言うと、横長の一角だけを、横にズラすよう消せばいい話だ。

 しかし、これを実現しようと思った場合、どちらかと言えば滝裂ながれわりの方が的確だ。何しろ、流れ落ちる滝を二つに斬るのだから。

 追ノ章として存在するこの技は、滝の流れを保ったまま、ただ、斬る。本来ならば刀という質量が通り抜けたぶんだけ、滝は流れを阻害されるものだが、それすらも不要であると定め、滝そのものへ一切の影響を与えず、斬らなくてはならない。


 ならば。

 このシャッカリザードは、顔を叩かれてようやく、首の切断に気付くくらいでなくては――技として成立しない。いや、大げさな言い方だが、それこそが雨天の技だ。ここで誤魔化しつつ終ノ章へ繋げるのを、純一郎は許せなかった。


「悪い」


 小さく呟かれた言葉は、刀に届く。鞘を脇に挟み、ポケットから布を取り出して刀身を軽く拭うと、納刀を済ませた。


 吐息が一つ。

 まったく、未熟を痛感する想いだ。

「おう」

 振り向けば、二人の少女がこちらへ来た。

「玖珠純一郎だ」

「え、ああ、なぎさ・フェリスナよ」

「っていうか、見てたなら、何ですぐ手を貸さないわけ? そういう趣味?」

「いや、あの火トカゲがなんか探してるみたいだったから、何してんだと観察してた最中に、後からお前らが来て戦闘を始めたんだぜ? 仲良く腕試しでもして遊んでるのかと思うだろ普通は」

「思わないけど!?」

「ああそう。で、朝食の準備か? 火トカゲでも、背中から尻尾にかけての部位は、かなり美味いぜ。体内の火袋を使えば火熾しも楽だしな」

「食べないっての……」

「怒ってるのか呆れてるのかどっちだ?」

「どっちも!」

「よくわからんやつだ。それよりも」

 躰ごと、なぎさに向けて。

「これで良かったのか? なんか試行錯誤してたろ」

「いいのよ。でも……仮に、私とせつだけで、倒せたかしら?」

「何で略すの」

「あんたのせいでしょう?」

「……そうだっけ」

 戦闘中のことはよく覚えていないらしい。

「倒すのは条件付きだが、追い払うのはそう難しくはねえだろ」

「たとえば?」

「とっとと終わらせたいのは見ててわかったが、最長時間を想定して戦闘をすりゃいい。そうだな、まずはここだ」

 巨体の横を移動しながら、後方へ。

「でかくても、トカゲだ。威力の強い銃弾でもいいが、さっきなら稍々咲ややさきが一撃、ここに打撃を与えればいい」

 尻尾の付け根から、四十センチほど伸びた部分を、純一郎は拳で軽くノックするよう示す。

「よく見ろ、切れ目があるだろ。一センチもズラせば、トカゲとしてはもう尻尾切りをするしかなくなる。これで振り回しの範囲攻撃の脅威が一気に下がるだろ」

「へえ……」

 目を凝らすと、なぎさにもうっすら線のような切れ目が見えた。手で触れても、まだ温かいが、段差のようなものはない。

「火のブレスを止めただろ、あれも良い判断だが、タイミングが少し早い。ぎりぎりまで見切って、火を吐くタイミングで頭を叩くと、半分以上を飲み込むんだよ、こいつ。犬に薬を飲ませるのと同じだな――そして、火袋以外の内臓は、当然のように焼ける」

「あー、勢いよく水を飲んでせき込むのと同じか」

「さて、火トカゲだって馬鹿じゃない。その状態でブレスを吐こうとはしないし、尻尾もなくなって? 逃走を選択するのは、それほど愚かじゃない」

「討伐するのは、そこから――ということね」

「それだけ封じておけば、油断も誘える。ひっくり返すのも、そう難しくはないだろうが、逃げられる可能性が高まるってことは念頭に置かなくちゃいけねえ。だから、条件付きだ」

「ありがとう」

「なにが?」

「ああいえ、説明してくれて。ともかく、軍警備隊には私から連絡をしておくから、このまま放置しておきましょう」

「おう、お疲れさん」

「んー、帰ってご飯にしよう……さすがに緊張して疲れた。なぎ、一等地にあるエイレアさんの家って知ってる?」

「ええ」

「あたしら、そこで世話になってるから、何かあったら顔を見せて。今日はまだ予選っしょ? あたしら出番ないし、のんびりしてるからさ」

「俺は午後から、服を取りに行くけどな……」

「そういやそうだっけ」

「ま、遠慮せず来い。大会の開催中だからって、気を遣うほどじゃねえよ」

「なら、報告がてら、食事が終えた頃に行くわ」

「過去の大会の話とかも聞きたいから、よろしくね。じゃ、戻ろうか」

 両手を頭の後ろに回して、ふいに空を見上げて。

「あー、とんだ早朝鍛錬になったなあ……」

「まったくね」

「……やっぱ鍛錬じゃねえか。なんで俺が怒られたんだ?」

「違うっての! あーもう、なんなのこいつは……」

 どういう知り合いなのかと、訊ねれば、まだ出逢ったばかりだと言う。

 秋季大会の参加者には、よくあることだが――それにしたって、どういう縁だ。

 何より。

 技術の差がありすぎる。

 大会は別にして、確かに、関わっておいた方が良さそうだ。それに――。

「というかあのシャッカリザード、なんであんな受け流しが上手いわけ?」

「はあ? 魔物としては下手な方だろあれ。ほぼ自動的だし」

「なによう、あたしが下手だってことか!?」

「誰もそんなことは言ってねえよ。……結果だけ見ればそういうことか」

「認めてんじゃんか!」

 ――面白い二人組だと、そう思えた。

 かみ合っているようで、ちぐはぐだ。それに楽しそうで……ああいや、これはある種の現実逃避か。

 だって、仮に大会でこの二人と戦闘をすることになったら、ほぼ間違いなく負けが決定すると、そんな確信を抱いてしまったから。

 それは。

 やる前から負けているようなものだ。



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