第3話 闘技大会一日目の戦闘録・対十人集団戦

 どういうわけか、観覧席の一部にある実況席にて、バニーガールの服装をした女性が立ち上がり、マイクを手にした。

『さあ、秋季闘技大会の幕開けは、二人一組ツーマンワンセルの六チームの集団戦! この中の三チームが脱落となります! 注目は軍学校の首席二人! いやあ、しかし今季大会は新顔が多く見られて、賭けの難易度がぐっと上がっております』

 各チームは闘技場の所定位置へ、既に移動が済んでいる。今はチーム紹介をしており、こちらの準備段階だが――しかし。

「かなり広い闘技場の内部に、まさか街並みを再現してるとは思わなかった」

「あたしも。聞いた話だと、術式で構造物を変化させられるらしいよ。平屋も多いし、壊しても良いって話だから、視界と移動の阻害ね」

「観客を退屈にさせないような配慮ってのもあるか。楕円形で直線距離、100メートルくらいだっけか?」

「そう。一応、巨大ディスプレイもある。こっちも術式の撮影ね。外の賭けもあるし」

「こっちは勝てばいいだけか。さすがに殺しはなしだな?」

「自覚的な殺しはなし。結果、殺すことも避ける」

「そりゃ安心だ」

「……肩、まだ固定したままでいいの?」

「脱落しなきゃいいんだろ」

「そうだけど!」

「なに怒ってんだ……」

 こちらの実力に不安がるのは、わからなくもないのだが。

「半分に残るなら、そう難しいことはねえだろ。受けに回ったって何とかなる」

「それが慢心じゃなければ良いんだけど?」

「相手を選べばいい」

「……いいけどね」

「なんだ、お前は緊張してんのか?」

「――してないし!」

「あ、そう」

「この野郎……!」

 興味がない、みたいな態度が丸わかりだった。

『それでは出場者の皆様、準備はよろしいでしょうか! 第一回戦、集団戦三チーム勝ち残り、――はじめ!』

 わあと、歓声が上がるのと同時、躰をくるりと回転させた雪花せつかが、左足を振り上げた。

「おい……」

 踏み込みの動きをそのままに、勢いよく地面に足が叩きつけられた瞬間、両耳を押さえた純一郎は、ひょいと軽く跳躍して、耳を塞いだ。


 ――轟音。


 歓声か一気に消えた。

 雪花を中心にして全域へ広がった衝撃は、遠くなればなるほど弱くなるのは当然だが、傍にあった家屋の一つが吹き飛ばされるよう壊されている。

 腰の捻り、膝、足と威力を増幅した結果だ。衝撃用法の扱い方がやはり上手い。

「……なんで避けるの?」

「お前さては、俺が同じチームだってことを忘れてるんじゃないか?」

 不満そうな顔をされては理不尽だ。

「まあいいや。ともかく、これで注目されるでしょ」

「乱暴な女だなあ……」

 数人の気配がこちらへ向かって来るのを感じた純一郎は、吐息を一つ。怖がって逃げるような手合いなら、そもそも大会に参加はしないだろう。

 正面、家の路地から姿を見せた手合いは軽装、手には剣。一歩、前へ出た純一郎は刀を抜いて片手で持ち、切っ先を相手へと向けた。

 踏み込みのため、ではなく。

 威圧を前にして思わず、といった感じで、相手が息を飲んだ。

「へえ」

 思わずそう呟くくらいには、相手を評価する。本来、刀の間合いはもっと近いのにも関わらず、刀の切っ先を七メートルの距離で感じたからこそ、息を飲んだからだ。

 正眼の構えは、一刀術にて基礎の基礎。だが、向かい合って正眼で構えられた時、切っ先を喉元に向けられるため、身動きが難しくなる。何もできない――なんて状況すら、ありうるのに。

 七メートル、これを臆病だとは思わない。

 危機回避能力の高さは、錬度の高さだ。

 しかし。

 純一郎は一礼をするよう上半身を倒すと、切っ先を地面へ向けた。

 背後、首を取ろうと飛びかかってきた少女は、たったそれだけの動作で間合いを外される。

 そのまま後ろに一歩、刀は真上へ振り上げられ、首を刈る――。

「おっと」

 ねる、その直前でぴたりと刃は喉に触れて停止し、そのまま産毛を撫でるような動きで顎の下へ。刀の側面を使って顎ごと頭を移動させてやれば、進行方向を変えて地面に落ちる。

 刀は、そのまま首から動かない。

 顔を上げたタイミングで、純一郎の横から踏み込んだ雪花が、剣を持った男の腹部に拳を当て、それだけで膝から崩れるよう地面に倒れた。

 それは、わかっている。

 純一郎が見たのはその奥、家屋に背中を預けるようこちらを見ていた、長い髪の少女だ。

「あ、おい」

 雪花もそれに気付いて、攻撃をしようとしたのを察して、刀を持ったまま足元の少女を飛び越えて。


 踏み込み、突き出される右の拳。

 その直後に直線上に躰を入れた純一郎が右足で着地、左足の蹴りを横へ向けて放つ。


 誰もいない場所での蹴り、それは間違いなく、雪花が放った拳からの衝撃を真横へと反らし、二つの家屋を盛大に破壊する結果となった。

「――ちょっと何すんの!」

「二チームをここで相手にしたんだ、ほかの連中に花を持たせろよ」

「ぬ……」

 空気を媒介にした衝撃用法の基本、遠当て。

 それを二十五メートルは離れている相手にやろうとして、おそらくこの威力なら充分に届くのだから、なかなかやる。やるが、状況的にはやり過ぎだ。

 腕を組んでこちらを見ていた少女は、いつしか家屋から背中を離していた。雪花の攻撃に対応しようとしたのだろうが、しかし、ふいに興味を失ったよう背中を向けて去る。

 一人しかいなかった。

 こちらの観察を含み、ペアの相手も一人で充分だとの判断をしていたはず。

 そういう手合いは、残しておいた方が大会の楽しみになる。

「さて」

 刀を納めて振り向いて、視線を落とす。

「続けるか?」

 少女は地面に座ったまま、小さく苦笑して首を横に振った。

「そうか、お疲れさん」

 片手を差し出して、腕を引っ張る。

「背後から狙うにしても、一撃で首を持っていくより、腕や足を狙った方がいい。人間ってのは、たかが骨折でも、戦闘の継続には相当の慣れと意思の力が必要だ。どこか一ヶ所でも使えなくなるってのは、致命傷になりうる」

「――あんた、骨折したことあんの? 戦闘中に?」

「何度かな。最初の時は左腕だったが、ありゃ酷い。最初は高揚してていいんだが、ちょっと動いて激痛がすると、そっからはもう駄目だ。動かせない、痛みが思考を支配し始めて、今度は熱を持ち始めて視界が揺れる。朦朧とした意識になっちまうと、自分が何をしてるのかもわからない――たかが、骨折なんだけどな」

「ふうん」

「……勉強になった、覚えておくよ」

「はは、経験すりゃ誰でも気づくことだ、気にするな。そっちのは、雪花がやったから、介抱は頼んだ。加減はしてたみたいだが、飯が食えると良いなあ……」

「なによ、あたしが悪いっての?」

「結果を出したのはお前だろうが」

「このやろう」

 放たれる拳は直線。これは、踏み込みの力を腰から肩、そして拳の先まで伝えやすい殴り方。その初動、腰の横を抜けるくらいのタイミングで、一歩前に出て左手で押さえる。力の〝練り〟が始まる前なら、威力なんてものはない。

「あ、この」

「だから俺は敵じゃねえっての」

 介抱を始めたので、少し移動して距離を取った。まだほかでは戦闘中だろうし、実況のバニーガールは、こちらの戦闘の映像記録を流して説明もしている。

「そういえば、あんたの流派にはあたしみたいな衝撃用法ってあるの?」

「俺の流派は、そもそも全てある。その全てが俺の流派だ」

「……へえ」

 信じてなさそうだったが、構わなかったのでスルーした。

「基本四種だな。外部破壊の〝ボウ〟に、いわゆる遠当てに当たる〝トオシ〟と、その両方を使った〝ヌキ〟に、それから衝撃を一点に凝縮する〝ツツミ〟だ」

「……え? 最後のだけ、難易度高くない? 普通にやると拡散するでしょ」

「さっき、野郎を倒したのもそれだな。拳から衝撃を全身に走らせるから、関節に力が入らなくなって倒れる。衝撃の逃がし方も、そこそこ難しいか。包はいわゆる攻城なんかでよく使われるぜ」

「攻城ってあんた……」

「でけえ門を破壊するとか」

「じゃ、両方使うのは? 二人抜き?」

「んや、衝撃を逃した瞬間に別の衝撃を与えられるから、防御難易度が跳ねあがる。イメージとしては拳と肩に二つの衝撃を作っておいて、一つは暴で一つは徹、それを流す。まあほかの使い方もあるんだが、状況次第だな」

「……あれ?」

「どうした」

「つまり、あんた使えるってことよね?」

「そう聞こえなかったか? 言っただろ、基本四種って。技になる以前の話だぜ、習得してなきゃ話にならん」

「簡単に言ってくれるなあ……」

「それが簡単じゃねえことは、お前がよくわかってんだろ」

 それは、そうだ。

 幼少期から何度も何度も、その身に受けながら習得した。それは今でも続いている。

 先ほどの打撃は、距離を目測として二十五メートルほど。避けられることも想定したので、やや広範囲、それでいて遠距離ともなれば力そのものは強くなる。空気を媒介にして衝撃を伝えるとはいえ、距離が開けば開くほどに、その威力は弱くなるのだから、当然の判断だろう。

 判断と言えば、雪花も牽制くらいのつもりで、当てる気はなかった――というか、誰が考えても、真正面から二十五メートルの相手に、当てようなどと考えない。タイムラグは大きいし、発動を見てからでも充分に回避できるからだ。

 だが、最初に空気を叩いた、つまり最大威力の状態で、真横から蹴りで弾かれた感触は、とてもじゃないが、簡単の一言では済まされない。目に見える銃弾ならまだしも、衝撃の芯を捉えて、進行方向を変えるだなんて。

『予選第一回戦、終了です! スタッフが案内に向かいますので、しばらくその場にてお待ちください!』

「……終わったか。じゃ、俺は帰って躰を休めるけど、お前は? 観戦して、ざっと参加者の確認でもするのか?」

「ん、一応そのくらいはね。あんたは必要ない?」

「今、観客の中に潜り込んでる連中は、あらかた探り終えたから充分だ。美味い飯を探す方がよっぽど重要だろ」

 振り向けば、その表情は特に変わっておらず。

「あ? なんだよ?」

 本気でそれを言っていることが、わかった。

「……べつに」

「お前、なんか急に機嫌悪くなるの、なんなんだ?」

「べつに!」

「ああうん……」

 よくわからなかったので、放置した。

 まだ付き合いも短いし、わからなくて当然かと納得を落とす――そういう淡泊なところが、相手を不満にさせるのだと、純一郎はまだ気付いていない。


 軍学校附属寮に顔を見せていた、なぎさ・フェリスナが用事を終えて外に出れば、庭でその女性が待っていた。

 ヘッドドレスこそないものの、ロングスカートで白黒の侍女服に身を包んだ女性である。スカートのフリルは多くのポケットがあり、防御性も高く重いのを知っていて、この軍学校の戦闘教官の一人でもある。

「なぎさ」

 一声、名前を呼ばれただけで、雰囲気を察して近づく。

「母さん」

 さやか・フェリスナはなぎさの呼称に対して文句はなく、いつものよう目を伏せている、本当に見えているのかと疑問に思うような顔を、僅かに横に倒した。小首を傾げたのである。

「予選は無事に通過できたのに、浮かない顔ですね」

「母さん……あれを見て、浮足立ってる方がおかしいでしょう」

 予選は淘汰でもあると同時に、それぞれの実力を見極める場でもある。王国軍の数人が各チームの戦力分析を行い、本選の配置も行うので、あの外から来た見慣れない二人は、間違いなくシード枠に入るはず。

 果たして、自分たちはどうだろうか。

 わからない。

 つまり、わからないと思えるくらいには、実力を発揮する間もなく終わってしまった。

 ――それは

「さすがに、あれだけあっさり終わらされると、考えたくもなるって……母さんは本選からでしょ?」

「ええ」

 去年の秋季大会にて三位を取ったさやかは、軍学校教員ということもあって参加要請があったのだ。

「参加して正解でした」

「そう?」

「ええ。ああいう刀の使い方は初めて見ましたので」

「――ん? 相当に扱いが上手いってのは見えてたけど、そういう言い方じゃないわよね?」

「冗談のような話ですが――槍が扱える。刀が、糸が、針が、薙刀が扱える。この場合、刀を選ぶことはどんな意味がありますか」

「それじゃ、選択というより、制限よ」

「その通りです。得物を持つとは、常に、そういう理由が存在します。しかし、多くの人は二つを追わず、一つを求める。であればこそ、選択という言葉が出てくるのでしょう」

「あの男の方は、制限をしてるってこと?」

「そうです。なぎさ、機会があるようなら、知り合いになっておきなさい。大会とは関係なく、あの方と関わり合いになるのは、良いことです。年齢もそう変わらないはずですよ」

「それはいいけど……母さんの知り合い?」

「いえ、知り合いではありません。ただわかるのです」

 そして。

「わかるのは、あの方も同じでしょうけれど」

 珍しく、そう言って口元に笑みを浮かべた。とても、嬉しそうに。

「あの方と対峙するまで、手を抜けません」

「母さんがそこまで言うってことは、相当なのね……」

「ちなみに少女の方も、なかなかやりますよ」

「ああうん、そっちの動きは良く見てた。――ちょっと乱暴ね、あれは」

「乱暴でも、対人戦闘には慣れています」

「うん、そうね」

「あなたもまた、学校の中で暮らして久しいのですから、こういう機会に外を知っておくのは良いことです」

「ありがとう。あの二人はちょっと外れてると思うけど……」

「ふふふ」

「こういう言い方は子供っぽいと思うけど、――母さんなら勝てる?」

 物心ついた頃には、この人に拾われていた。

 戦闘訓練教官ということもあり、実力は折り紙付き。育てられた恩もあるが、何よりその戦闘方法の特殊さと、対応の難しさから、現役軍人ですら恐れるのが、このさやかという女性だ。

 その姿を、ずっと見てきた。

 けれど、彼女は嬉しそうな笑みのまま、言うのだ。

「いいえ、あの男の方には勝てません」

「――勝てない?」

「私が本気になった時、彼も本気になり、その結果は確実に私の死です。しかし闘技大会ならば、殺しはルール違反。となれば、私も彼も、本気にはなれないでしょう。であるのならば、それは――経験差はともかく、圧倒的な技量差で、私は遊ばれるでしょうね」

「……、でも、嬉しそうよ?」

「死なない戦闘は、得難い経験です。それが強者との闘いなら尚更でしょう。その強さを、間近で見ることは経験ですよ、なぎさ」

「信じられな……いや、信じたくないなあ、それ」

「上には上がいるものですよ」

「母さんは強いままでいて欲しいのよ?」

「ありがとうございます。まあ、なぎさに負けるようなことはありませんので、心配はいりませんよ」

 それはそれで、悔しい気分になるのだから、まったく。

「母さんには勝てないなあ……」

「ふふふ、まだ早いのは確かですね」

 だったらいずれ、だ。

「もし大会で当たったら、その時はよろしく」

「ええ」

 きっとその時は、教官としてのさやかだろうけれど、当たらないでくれと祈るほど、なぎさは臆病ではない。

 ――神頼みなんて。

 軍人にとって、戦場の中だけでいいのだ。



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