第3話 決戦の火蓋切る

 飛行しながら町の境界を出る。そのまま視界に広がるのは一週間前、戦場となっていた場所。だが、そこが再び戦場になっていることはなかった。

 まだ亡骸が処理しきれておらず、悲惨な洗浄であったことは物語っているが、最悪の状況にはなっていないらしい。


 この時間帯であれば、軍はもうすでに森の中に入って魔法陣の捜索作戦に入っている頃だろうか。

 先にある森に視線を送る。この森のどこかにあの魔法陣があるはず……。


「まずは川か……」

 森の上空から川を見つける。それなりに大きな川。その上流に向かって軍は進行を始めているはずだ。


「……静かだな」

 森の上を飛びながらそんなことを感じていた。もし、軍が戦闘を行っていたらどこかしらで音がなっているはず。であれば、まだ戦闘も起きていない。

 本当に最悪なのはロサインが動物軍を再構築しおえ、再びぶつかり合うことだが、その最悪のシナリオには間に合ったらしい。


「……ん!?」

 はっきりとはまだ分からないが、どこかで魔導エネルギーの流れを感じる。この近くかも知れない……。

 俺はそう考え、森の中へ降り立つ。


「……なっ!?」

 俺は森に降り立った瞬間、目を疑う光景を目の当たりにしてしまった。森の木々が真っ赤に染まっていたのだ。それは紛れもない血。鼻を塞いでもまるで意味がないほどの血臭が漂う。


 しかも、黒ずんでいないあたり、その血が噴出されて時間が経っていない証拠……。そして、あたりには軍の制服を着た兵たちの倒れる姿。


「……こ……これは……、!? あ!」


 俺はさらに向こう側で見慣れた顔を見つけた。

「ダーカスさん!」

 大木にもたれかかるように崩れている大きなクマ男、ダーカス。息はまだあるみたいだが……これは……?


「……ケイジか?」

 虚ろな目でダーカスが俺を見てくる。

「……もう……無理だ……逃げろ」


 まさか……これは……まさか……。


 俺はずっと最悪のリナリオは完成したロサインの動物軍隊との全面戦争だと思っていた。だが、それ以上の最悪のシナリオはあった。

 それは……軍とゲルプイーグル団がまとめてかかっても、倒せないほどロサインが強いというシナリオ……。軍がたった一人相手に全滅し、何もなし得ることができないというシナリオ……。


「……ロサインっ!」

 俺は少し先にある魔法陣の前で悠々と立つ化け猫を睨みつけた。


「やぁ、待ちくたびれたよ。幸運クン。必ず、来てくれると思っていたよ」

 魔法陣の前で演説でもするように体を伸ばす。奴が着る服やマントに返り血がびっしりとついているが、奴自身にダメージは見られない。


「わたしの後ろには魔法陣がある。これを破壊すれば君のミッションのひとつは遂行できるだろう。そして、サブミッション」


 ロサインはポケットから袋に入った小瓶を取り出した。

「これは解毒剤だ。これを患者に注射すれば、毒は消える」

 そう言うとロサインは、その小瓶を魔法陣の中に投げ入れた。ちょうど、発光体の真下に小瓶が転がり落ちる。


「これでもし、遠くから魔法陣を破壊しようとしても、解毒剤ごと吹き飛ぶ。解毒剤も手に入れたければ、魔法陣からまず取り出すしかない」

 ロサインがパチンと手を鳴らすと、地面の土が舞い上がり小瓶に覆いかぶさった。


「もし、君が解毒剤を手に入れようと魔法陣に近寄っても、わたしは遠慮なく邪魔させてもらう。君が解毒剤を手に入れてなおかつ、魔法陣を破壊する手段はただ一つ。このわたしを倒すしかない」


 俺は魔法陣を一瞥したあと、立ちふさがるロサインを見た。

「……言われなくてもわかってる」

 この状況じゃ逃げることもできないし、逃げる選択肢を取るつもりもない。マトがいないなら、俺しかいない。意地でも食らいついてやる。


「それは良かった。では始めようか。脳がシビれるほどに刺激的な戦闘を」

 ロサインがゆっくりと俺に向かって近づいてくる。俺も合わせて、前に足を進める。そして、やつと真正面から対峙した。


 奴の身長は一メートルちょっと。俺の身長のほうが高いはずなのに、やたらとコイツの体が大きく見える。奴から感じる計り知れない力は今でも俺の体を心底震え上がらせる。


 でも……。


「……グッ!」

 一気に自分にできる力を全開放。まずは一撃、振りかぶった拳をロサインにぶち込んだ。


「ハァアアアアア!!!」

 拳がロサインのガード越しにヒット。そのまま、勢いよく押し込む。あまたの木々を押し倒しながら、さらに俺の拳は突き進む。


「ふっ!」

 数十メートルほど進んだところで、ロサインが俺の拳を振り払った。そこに間髪入れず襲いかかってくる下ろし打つ肘打ちを俺は同じく肘で受け止める。

 そこから、瞬間的に数度の攻防を激しく打ち合った。


 俺の右膝とロサインの左手のひらが衝突。そのインパクトを中心にして衝撃が波となり広がる。周りの草木がそれに揺られつつ、俺たちは一歩距離を置いた。

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