第2話 残された希望

 俺は砕け散ったロサインの魔法石を見つめ、震えていた。


「……おい、何があった? その魔法石になにかあったのか?」

 ダーカスが俺に声をかけてくる。


「ダーカスさん……俺を発見してから……何日立ちました?」

「あぁ? え……っと」


 ダーカスが少し空を見つめ、再度俺に顔を向ける。

「ざっと、一週間ほどだな」


 ……っ!?

「ダーカスさん! すぐに軍を森に出してください!!」



 俺はその後、すぐに現状をダーカスに伝えた。

 俺が森の奥でロサインが作った魔法の発光体、魔法陣を見たこと。ロサインが戦争を起こそうとしていること。


 そして、それを止めるには、魔法陣を破壊しなければならないこと。なにより、マトの解毒剤。


 ダーカスは俺の説明を聞く中で、目に見えて血相を変えていった。

「……ガチやべぇ奴だなおい……。その魔法陣はどこにあるんだ?」


「どこ……えっと……俺を見つけた場所……。あぁ……」


 そうだ、俺はどれくらい川を流されたのか分からない。無論、吹き飛ばされた距離も。


「すみません。具体的な位置は……分かりません」


 俺の言葉に対し、ダーカスは俺の胸ぐらを掴み上げた。

「てめえの話だと、時間がねえんだろ!? なんでもいい手がかりはねえのか!? 意地でも手がかりを思い出せ!!

 森の中、どれだけ広いと思ってんだ!? あぁ!?」


「そ……そんなことを言われても……」

 だが、川ということは……。


「俺が発見されたすぐ横に川がありましたよね? その上流をたどっていけば、その近くには……」


「それが分かれば十分だ。すぐに軍に事情を伝える。いや……団長が先か……。俺たちもすぐに森に向かうぞ! 魔法陣を破壊する。

 あと、あの化け猫から何が何でも解毒剤を剥ぎ取ってやる」


 ダーカスは俺を思い切り手放すと、その場を後にした。


 セロと俺はお互い頷き、森に向かおうとする。だが、今いる病棟を飛び出そうとするときだった。


「おい、待て! 何をしている!?」

「……え?」


 声をかけてきたのは人猿種の人。それなりに歳を重ねたらしいその人は白衣に身を包んでいる。

「……君を見てくれたお医者様だよぉ」


 セロが俺に耳打ちしてくれる。


 その先生は俺の前までやってきた。

「ケイジさん。もう起きていたのですね。できれば、ナースコールして欲しかったのですけどね……まぁ、いいでしょう。

 しかし、君はまだ安静にしていてください」


「は!?」

 あまりにふざけた言葉に俺は手をぐるぐる回しながら声を荒らげた。

「見ての通り、もう俺はピンピンしてます! 一刻を争うんですよ!?」


「最終検査は必要です。本当に君は死にかけていたんですよ。悪いですが、今すぐ病院を出てもらうわけには行かない」


 するとセロが俺の肩を叩いた。

「言うとおりにするといいよぉ」

「で……でも!?」


「どうせ、軍が動くのには少なからず時間は掛かる。僕も相手が相手だから、単独で突っ込む気はさらさらないしねぇ」


 そう言うとセロは手を振って、一人病棟を出ていく。


「さぁ、君は病室に戻って」

 先生に促され、俺は仕方なく病室に戻った。



 ベッドに転がり、また外を眺める。

 本当に静かだ。でも、また戦いはすぐそこまで迫っている……。


 今の俺の体は十分に完治しているはずだ。一刻もはやく俺だて行くべきなのに……。


 そうして、もどかしさを覚えながらも待っていると、部屋に看護師とあの医師が入ってきた。


 看護師が俺の体温や血圧を測っていく。


 その間、医師が俺に話しかけてきた。

「事情はわたしもある程度なら知っています。しかも、さっきの雰囲気を見るに……、また挑みに行くつもりでしょう」


 俺は黙ってそっぽを向いた。

「今度こそ死にますよ?」


「……すでにたくさん殺されてますよ……マトだって死にかけてる」


 マトの名を上げると医師も黙った。おそらく、自分でもどうしようもできないという事実は、先生もまた感じているのだろう。


「でも、マトを救う手立てならある。森の奥、奴の手の中に」


「軍が動きます」

「……」


 確かに……もし、ロサインが動物軍隊を揃えるより先に、軍がロサインと対峙できたら……。

 かなりの犠牲者を出すことにはなるだろうが……。しっかり整えられた準備万端の軍一個師団でぶつかれば……流石に倒せるだろう……。少なくとも……捉えることはできるはずだ……。


 でも、もうすでに一週間たった。やつが軍を再び作り上げた可能性は十分すぎるほどある。猶予はあったんだ。

 またそれが軍とぶつかれば、前と同じことが起こるだけ……。


「先生、脈拍、血圧、体温の以上はないですね」

 看護師が測り終えたらしく、先生にそう告げた。


「そうか……。ケイジさん。手足の痺れや違和感はありませんか?」

「まったくもって」

「嘘は許しませんよ?」


 医師はすごく鋭い視線で俺の見てきた。だが、本当のことだ。


「先生は本当に凄いですよ。まったく違和感はありません。体は万全です!」

 俺はそう言ってガッツポーズをしてみせた。


「そうですか……」

 先生は俯きうなづく。

 それを見た俺はすぐにベッドを立ち上がった。


「じゃあ、先生。もう、行ってもいいですよね?」


 先生から返事はなかった。それがOKだということにして、俺は部屋を出ようとする。


「待て!」

 だが、そんな俺をまだ止めてきた。


「先生……いい加減に……っ!?」

 俺が医師のほうに視線を向けようとするより先に、俺の背中に手を当てた。


「……先生?」

「これからやることは医者としてではありません」

「……?」


 突如、俺の背中に温かいものを感じた。おそらく、先生の魔法。それが背中から伝わってくる……。


「こ……これは?」

 俺の体中がどんどん熱くなっていく……力が……。


「まぁ、一種のドーピングですね……。褒められたことではありませんが……」

「……っ!?」


「でも、それは体に大きな負担をかけるものです。それに、この魔法をかけても君が勝てる保証があるわけではない……」


 俺は一度目を閉じ、体の中にある不思議で熱い感覚を感じ取った。そして、振り向き、初めて先生と顔を面と合わせた。

「ありがとうございます!」


 そして、俺はすぐに病院を飛び出し、北側へと向かった。

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