天下分け目の決戦

第1話 静かと嵐

 心地いい目覚めだった。まるでグッスリと寝た朝、スッキリと目が覚めたような。俺は背伸びをしながら窓の外を見た。

 眩しい太陽が照らされ、窓の前に立っている木々が俺の目覚めを祝福するように揺らぐ。


「……スゥ……はぁ……」

 一度落ち着いて深呼吸をしてみた。


 俺の記憶ではついさっきまで、生死の狭間にいたはずだ。いや、それどころか、地獄の痛みに苛まれ、ほぼほぼ死に近かった。


 でも……。


 俺は自分の両手を見てみた。まるで綺麗だ。完全に負傷していたはずの右手からも痛みが走ることはない。

「……夢?」


 そ、そんなことを考えていると、扉の開く音がした。そちらに目を向けると、ダーカスが部屋に入ってきた。

 後ろにはセロもいる。


「よう、起きたらしいな。具合はどうだ?」

 俺はダーカス見たあと、自分の体を見た。ついでに布団を剥がし脚部分も確認。足指まで問題なく動く。


「……なんというか……絶好調っす」

 それは、現状を示す言葉の中で一番しっくりきた。


「そうか。まぁ、だろうな」

 そう言うと、ダーカスは近くにあった椅子を引っ張ってきて、乱暴に座り込んだ。セロもその横に椅子を置いた。


「……あの……俺って……死にかけていませんでした?」

「おう、死んでたな」

「死んではないですねぇ」


 セロがダーカスにツッコミを入れていたが、死にかけていたことは事実らしい。でも、今の体は……それをウソだったと示すようなほどに元気だ。


 不思議に思っていると、セロが俺に顔を寄せた。

「軍が最高レベルの魔術医師を用意してくれたんだよぉ。そのおかげで、ケイジの体もバッチリ治ったわけだぁ」


「そ……そんなことが?」

 だとしたら本当に凄い……。


「まぁ、それでも奇跡らしいけどねぇ。君が最後まで諦めず、合図を送ってくたのは良かったねぇ。上手く見つけることができたねぇ。

 あとは……」


 セロはそう言って自分の胸を親指で押さえた。

「急所は外れてたのがなによりの幸運だねぇ。打ち抜かれていたのは右胸……、人猿種の心臓は左にあるからねぇ」


 俺はそう言われ自分の胸を押さえた。

 てっきりロサインには心臓を打ち抜かれていたと思っていたが……。あの距離で外す訳はない。心臓の位置を知らなかった? いや……違う……わざとだ。

 本当に……俺の運を試したってわけか。


 と、ここに来て大切なことを思い出した。

「……戦場は? ……あと、マトは!?」


 するとダーカス。

「戦いはひとまず落ち着いた。今は軍が交代で見張っている。マトに関しては……動けるだろ? ついてこい」


 そう言われ、俺はベッドを降りると、部屋を出ていくダーカスについていった。


 ある場所でダーカスが窓を指差す。その窓の中は集中治療室になっており、中でマトが眠っていた。

 酸素マスクがつけられ、体中に管もついている……。


「……これは?」

「強力な神経毒にやられたらしい。このまま行けば心臓まで止まるかもしれない……」


 俺はそんな話を聞き、マトに庇ってもらったあの瞬間がフラッシュバックした。そして、とてつもない後悔が襲って来る。


「……解毒は?」

「お前の体をその状態に戻した医者でも不可能だった。マトは……下手すりゃ……」


 ダーカスはそれ以上口を動かさなかった。

 そのダーカスの雰囲気だけでもう、意味は分かりその場に崩れ落ちた。


「……俺が……くそっ……くそっ……」

 拳で何度も床を叩く。だけど、乾いた音が虚しくなるだけで何も変わらない。


 そんな俺の近くでダーカスがしゃがみこんでくる。

「まぁ、そこまで自分を責めるんじゃねえよ。あと……」


 ダーカスが俺の目の前に青く光る石を出してきた。

「……え? ……魔石?」

「そうだ。医者の話だと、お前のポケットの中に入っていたんだと。これ、お前のじゃないのか?」


 俺は特に考えることもなく受け取った。こんなの持った覚えはない。だが、しばらくその魔石を触っていると、突如、激しい光が魔石から放たれた。


 その光が一瞬にして俺を包み込む。


『これを聞いているということは、やはり生き残ったらしいな、新人クン。その幸運さには呆れさえ出てくるね』


 ……ロサインの声!?


『さて。じっくりと体を休めているところだろうが、わたしから一つニュースをあげよう。

 今回の動物の群れ。まだ一陣に過ぎない。一週間もすれば、再び動物をかき集め、例の魔法陣で軍は再構築される。

 言っていいることは分かるな? 再び進軍、戦争は再開する』


 ……あの発光体のことか……。


『この戦争を止めたければもう一度わたしの場所にこい。そして魔法陣を破壊するしかない。動かない限り、戦争は続くぞ。あと、それと……』


 ひとつ間が空いたかと思えば、笑うロサインの声がさらに届いた。

『あの小娘の具合はどうだい? 特別に仕立て上げた強力な毒だ。いくら彼女といえど苦しんでいることだろう』


「なっ!?」


『そんな彼女を見た君に朗報だ。わたしはその解毒剤も持っている。さぁ、新人クン。戦争をしようじゃないか!! 魂すら震え上がる刺激的な戦いをしようじゃないか!』


 最後、ロサインの『また、会おう』のセリフとともに、魔法石は砕け散った。

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