第2話 圧倒的強者
マトとの一瞬の攻防をノーダメージで終えた猫男は敵のど真ん中でクツクツと笑っている。
その光景、一言で言って、異様。
「君は……いったい……なんなのですか?」
「うん?」
サハクが猫男に向けて語りだす。それと同時、猫男の視線がサハクのほうへ寄せられる。マトが間に入り、サハクを庇う形を取った。
「君は……いったい、なにが目的なのですか?」
「目的? ふふふっ、フハハハハハッ!!!」
突如、木霊するほどの高らかな笑う声を放つ猫男。やがて、マトの間を介し、堂々とサハクの前に立つ。
「そんなこを、このわたしが教えるとでも?」
背筋が凍るような冷たい一言。だが、サハクはずっと肝が据わっているらしく、怯む様子はなかった。
「では……なぜ、わざわざ我々の前にこられたのです? 周りは敵だらけではありませんか?」
「ふふっ、なるほど……それはね」
ゆっくりとサハクに近寄っていく猫男。マトが戦闘態勢を取るにも関わらず、その前までやってきた。
「君たちを煽りたかった。それだけだ」
そう言うと、素早く跳躍した。
空中で曲芸でも見せるようにくるりと一回転し、ある場所に着地する。それは……殉職した方の遺骨が埋められた場所。
この場にいる何十人もの人の視線が一斉に向けられる中、猫男は丁寧に腰を折り曲げ頭を下げた。
「やぁ、諸君、お初に。わたしの名はロサインという。エリュトロンレオの団員にして……エースの座をいただいているものだ」
エース……。
思わずマトに一瞬視線を変えた。ゲルプイーグルのエース、マト。そしてエリュトロンレオのエース……。
ザワつきがどんどん大きくなる。だが、そのざわつきを一瞬で沈めたのは、猫男、ロサインと名乗った人物の行動。
「そして!!」
折っていた腰を元に戻し、芝居がかったように両手を広げる。喪服がすれ、広がる音を出しながら、停止。天を見上げる。
「この下で眠りについた者を殺したのが……わたしだ」
この場にいる全員が一瞬沈黙した。
天を仰いでいたロサインの顔がグインと周りに向けられる。
「さあ、諸君。どうする? わたしを殺してみるか?」
ロサインに対して、全員が一歩後ろに引いている状態だったが、一部のゲルプイーグルの団員が敵意をロサインに向けて出し始めていた。
「いい目だ。わたしに対しての敵意や嫌悪を鋭く感じられる。そのままわたしにかかってくるといい。ただし……」
ロサインは突如として視界から消えた。かと思えば、敵意を見せていたひとりのゲルプイーグル団員の前に現れ左手でそいつの右手首を掴んでいた。
一瞬の沈黙。のちに……。
「うぅ……うぅ……うわわぁわわっ……がっ!!」
悲鳴。
右手首を掴まれた団員はロサインの左手を掴みかかる。だが、一向に話される気配はない。ついには右手首を抑え、膝をつく。
第三視点から見る俺はその痛みを知ることはできないが、そうとうなものなのだろう。ロサインは痛みに苦しむ団員を見てなお、右手首を締め付け続けている……左、片手で。
「あぁ……あぁ……」
必死に離れ始めようと腕を引っ張る団員だがロサインはびくともしない。百センチちょっとの小柄な肉体からは想像できない重さ……。
その光景に、誰ひとり動けないでいる。
やがて……。
「はぁ!!」
ロサインの目つきが変わる。それと同時には触れ出すのは熱と風圧。まさに化物というべき力がビリビリと伝わる。だが、それ以上に、その波に乗せてくるのは心臓を凍らせるほどの殺気。
何メートルも離れた俺にまで伝わったんだ。目の前で、しかもその殺気を向けられた張本人は……白目を向き静かに崩れ落ちた。
完全に意識を失った団員に対して、まるで興味を失ったかのように、握っていた左手を放り出す。
そして、ロサインはあたりを見渡した。
「さぁ、掛かってくるがいい。その前に、自分が入る墓の用意をしておくことをおすすめしよう。ついでに良い葬儀屋も紹介してあげようかな?」
誰ひとりとして動けなかった。あれほど、この場に全体に行き渡らせるほどの殺気を放ってこられたら、無理もない。
こいつは、いとも簡単に人を殺す。
ロサインは気絶している団員を右足が踏みつけた。
「これはただの挨拶だ。これから始まる物語の序章にすぎない。さぁ、これからどんどん面白くなるぞ」
そう言うと、ロサインはふわっと空を飛び始めた。そのまま数メートル上空で、右手の人差し指と中指を曲げて降る。
「また、会おう」
が、そんなロサインに対し……
「「逃がすと思うか!」」
立ち塞がる者二人。マトとダーカス。
二人が挟み撃ちにして、ロサインを取り囲んでいた。
「好き勝手してくれちゃって、猫ちゃんさんよぉ」
「いつまでもわたしたちが黙っていると?」
二人の姿に、一同が感嘆の声を漏らす。
それに対し高笑いをするのはロサイン。
「君たちとも、また会えることを祈っているよ」
その刹那だった。視界が一気にホワイトアウトした。
それがロサインの放った魔法、フラッシュバンだと気づいた頃には、やつの姿は忽然ときえていたのだった。
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