第7話 戦いにすら成らない差

 胸に走る痛みをこらえつつ、できる限りの深呼吸。少しでも息を整えるだけ整え、ぐっと体を起こす。


「君、なかなか強いみたいだね。素晴らしい素質を君からは感じるよ」

「……よく言われるよ」

「そうだね。言われるだろうね。でも、君ではわたしに勝つことはできない。それは分かるかい?」


 一触即発の戦闘状態だとは思えないほど、綺麗に突っ立っている猫男。あろう事か両手をそっと後ろで組み始めだした。


「……分かりたくないな」

 予備動作をできる限りなくした上で間合いを詰める。それは見事成功し、相手の懐に入れた。だが、俺の右フックはそれでもなお、体を反らしよけられる。

 相手は後ろで手を組んだまま、余裕の笑み。


 だめだ、相手の体の大きさが小さいと的を絞りづらい。どういう戦い方がこいつのような体格には相応しいのか分からない。戦闘経験の少なさか……。


 がむしゃらに蹴り上げの攻撃を繰り出すが、既にやつの姿はそこになく、離れた壁に足をつけていた。

 さらに目に見えぬスピードで跳躍。

 気が付けば、俺の首筋で空気の流れを感じていた。


 一歩遅れて、猫の手刀が首元を捉えてピタリと止められていたことに気がつく。猫男は宙に浮きながら、俺の命をいつでも狩れる立場で笑っていた。


「ふふふっ、青い……君は実に青い」

 猫男自ら手刀をとき、すっと後ろに離れる。俺はもう意地で体を振り向かせ、猫男と再び視線を合わせる。


 ……戦闘経験の少なさだけじゃない……相手が……圧倒的に強い……強すぎる……。この戦闘を戦闘とも思っていないような相手の動きに、俺の背筋が凍りっぱなし。


「気の動きを見るところ、君はまだまだ新人クンのようだね」

 右手を顎に当てうんうんと頷く猫男。


「君の奥に秘められた力は相当なものなのだろう。実に惜しい……いや、惜しくはないか。その若さだ、その原石を磨くには十分すぎるほどの時間がある。

 でも……、わたしを前にしてしまったのが運の尽きか」


 なんて隙だらけなんだ? こっちを見ることもなく、防御の姿勢をとることもなく、ベラベラとただしゃべっている。

 いくらでも攻撃できる気がする。


「あぁ、くそっ!」

 余裕綽々の男に倒して飛び蹴り。だが、男はこっちを見ることすらなく首だけでそれを避ける。


 が、そここそ俺の狙い。空中で俺の体を停止、浮遊。そのまま体ごと回転させ、蹴りでの一撃を叩き込んだ。

 俺の攻撃は見事ヒット。俺の足が猫男の顔にめり込んでいき、ダメージを乗せる。猫男は体をぐらつかせながら、数歩後退。


 俺は内心「やった」と思いながら、床に着地した。

 が、猫男はピタリとぐらつく体を止めると、グルンとでも形容するように体を回す。蹴りを食らったことなど忘れてしまったかのように、平然と姿勢を戻した。


「……なっ!?」

「……ふふっ、悪くない攻撃だったよ。実力差があっても掛かってくるその勇気と精神。まさに若さか。いずれ輝くであろう原石にふさわしい心構えだ」


 ……マジかよ……、俺の技、完璧に食らったはずだったぞ!? 少なくとも手応えはあった、俺の蹴りはかなり深く入ったはず。


 なのに……なぜ、あいつは平然と立っている?

 なぜ、戦闘態勢にすら、入らない?


「さて……どうする、新人クン? 次はわたしに何を仕掛けてくれるのかね? どんな攻撃なら、わたしをひるませられるだろうね?」

 楽しそうに笑いながら両手を広げる猫男。


 だが、その時、突如外から炸裂音が聞こえてきた。何度か連続でパァンという乾いた音が鳴り響く。

 ……花火?


 その音に対して猫男は窓から外を覗いた。

「おや、お迎えが来たようだ。そろそろおいとまする時間だね」

 恐らく仲間の合図だったのだろう。窓を眺める猫男は隙だらけにも程があったが、今の俺に、攻撃を仕掛ける勇気はもはやなかった。


「さて、君のことはどうしようかね」

 ふと猫男がこちらにグルリと視線を回してくる。そのまま、鼻で笑う。


「このタイミングとは……さっき、わたしに会ったのが運の尽きだと言ったセリフは訂正してあげようじゃないか。

 君は実に幸運を持っているようだね。ならば、その君の幸運に免じて見逃すとしよう」


「……なっ!?」

 予想外のセリフに戸惑いを隠せなかった。

「君はその原石を磨けるチャンスができたんだ。せいぜい、その幸運を利用して磨くといい。また、近いうちに会えることを祈っているよ」


 そう言うと猫男は窓のサッシに足をかけた。そして右手の人差し指と中指をまっすぐ伸ばして振るう。

「また、会おう」


 次の瞬間には、室内に強烈な風圧が発生。俺が風圧から手で目を守る。そして、視線を再び窓に戻す頃には、猫男の姿がそこにはなかった。


 窓の外を見ると、既に遥か遠くを飛行している男の姿。

 そして、同時に命拾いしたことを悟り、張り詰めていた気が一気に抜け落ちていった。

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