スーサイドの午後

影山洋士

第1話




「ちょっといいですか?」


女性は突然後ろから話しかけられた。

振り向くと冴えない男がいた。


「えっ、何ですか?」


「やっぱりそれは死のうとしてるんですよね?」冴えない男が聞く。


女性は木に括ったロープの穴にまさに今、首をかけようとしているところだった。


「だったら何だって言うの?」女性は眉間に深い皺を入れながら答える。


「いやー、気になってしまったものでね。どうして死ぬのか」


「そんなのどうでもいいでしょ。大体あなたはなんなの? あなたもここにいるってことは自殺志願者じゃないの?」


女性の言う通り、そこは自殺の名所として有名な樹海だった。鬱蒼とした木々が生い茂り、昼間でも薄暗いほどだった。


「いやまあそうなんですけどね。僕はまだ分かりますよ。見た目ブサイクでお金もなく人望もないですから。でもあなたは見た目美人でスタイルもいい、そんな人が何故自殺をするのか見かけて気になってしまって」


「どうでもいいでしょ。そんなの。他人には気持ちは分からない。私には私の地獄があるのよ」


「なるほど。それもそうですね」男はそう言って黙る。



「・・・でなんなの? 用が終わったらどっか行ってくれる」


「えっ、それはどうして?」


「見られてたらやりにくいでしょ!」


「それは気にしなくていいんじゃないですか。だってもう死ぬんだから。他者に対する体裁とか関係なくないですか?」


「いやいや気になるでしょ。気が抜けるのよ。そんなとこにいられちゃ」


「いやいや気になさらずにどうぞ」


「・・・」女性はロープにかけていた手を離した。「全く・・・。でなんなの。あなたは死ぬの?」


「はい、死にますよ。バッグに色々と入ってますから」男はバッグからロープやナイフ、灯油とライターなどを出した。

「でも首吊りはいい手段ですよね。苦しみが少ないと言いますし。最悪なのは焼死ですよ。地獄の苦しみらしいですね。まあ私は焼死するつもりですが」


「えっ、なんで? 苦しいんでしょ」


「いや最後ぐらいは派手にいきたいと思いまして」



「・・・ところであなたは何で死ぬの?」


「僕は深い理由なんてないですよ。ただ人生においていいことが何もなかったので」


「いいことが何もなかった? あなたは努力というものをしてきたの?」


「・・・」男は黙る。


「何も努力をせずにいいことがないってあたりまえじゃない。私なんかずっと努力し続けてきたのよ。それなのにこんな目に・・・」女性はうずくまる。

「・・・私はねえ。ずっとエリート人生を進んできたのよ。努力して。努力して。他人が遊んでる時間に勉強して。それなのに大恥かかされて会社に居られなくなった。今の会社を辞めて無職になるくらいなら死んだ方がましだから死ぬのよ。どう? これで満足した? 理由が知りたかったんでしょ!」男を睨みながら言う。



「・・・。はー。なんか僕、目が覚めました。自分に甘すぎたなあと。こんな真正面から叱責されたことなかったので。今の言葉で気が変わりました」


「・・・そ、そう」


「じゃあ僕はこれで」男は振り向き歩いて行こうとする。


「・・・ちょいちょいちょい。なんでそんな簡単に気が変わるのよ。死のうとしてたんでしょ」女性は男に近づく。


「ええ、でも考えを改めました、じゃあ」また行こうとする。


「じゃあじゃなくて。そんな希望を見出された後、私自殺しにくいでしょ」女性は男の肩を掴む。


「それはご自由にどうぞ」男は肩を動かし女性の手を振り払う。


「・・・ご自由にと言われてもそんな気分じゃなくなったわよ」


「そうですかそれだったら生きたらいいんじゃないですかね」


「すっごいなにそれ。人ごとじゃない?」


「いや人ごとですよ」


「いや人ごとだけどさあ。もうちょっとなんかあっても良くない? 生きる希望が出来たんなら私はあなたの命の恩人でしょ」


「・・・そういう考え方もあるか」男は顎に手をやりながら考える。


「そうよ私は命の恩人なのよ。もっと丁重に扱いなさい」


「そうですかそれで何をしたらいいんですか」


「取り敢えずなんか食べ物持ってない? お腹空いたのよ」










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スーサイドの午後 影山洋士 @youjikageyama

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