閑話01:もらってくれる?

※この話は本編とまったく関係ありません。登場するのはパラレルワールドの人たちです。あしからず。

―――――――――――――――――――――――――――


「ほーら男子どもー。B組女性陣からのお情けだぞー」


 教壇の前に立ち、その上に袋詰めのチョコレートをどんっ、と置いたあと。香椎の口から放たれた言葉に、我らが二年B組の教室にたむろする男性陣はわっと沸いた。


 二月十四日。バレンタインデー。

 世の男子高校生であれば誰であろうと、その響きに大なり小なり心を躍らせてしまう特別な日である。

 この日をもってしても心揺らぐことはなく、むしろこの日を毛嫌いしていそうな男子など、俺の知る限りではたった一人しかいない。


「……これがこの世の地獄か」

「「「チッ!!!」」」


 そんなマイノリティ男子であるところの我が親友柳生榛名は、周囲の男子たちの怨嗟の声を受けながら、この放課後が訪れる前――具体的には今朝からずっと絶え間なく学内の女子に手渡されるチョコレートの海に沈んでいた。

 榛名の机の左右には紙袋が提げられており、その中にはこれでもかといわんばかりにチョコレートが詰め込まれているのだが、それだけでは足らず、机の上にも侵食してさながらチョコレートの城壁を形作っている。


 男子の嫉妬を一身に受けた親友(甘いものが苦手)に手を合わせて、俺は教室の正面でわいわいとにぎやかに騒ぐクラスメイト達に視線を向ける。


 先ほどの香椎の宣言通り、袋詰めになっているあのチョコレートは、B組女性陣が全員で示し合わせて用意したものなのだろう。

 ということは当然、B組の女子生徒である葉月もまたあのチョコレートを準備したということになるわけで――。


「て、天空橋さんからのチョコレート!!!!」

「大場! 君のその図体は邪魔だ! どくんだ!」

「中堂クンもボクのこと押しのけないでよ!!」

「ふふっ。喧嘩しないでね?」

「「「はいっ! 天空橋さん!!」」」


 ――実質葉月からのバレンタインチョコと同義である。

 大場、中堂、小村を始めとした天空橋ファンクラブだけでなく、クラスのほとんどの男子が義理チョコを貰うべく教室の前方に集合していた。


「義理でも天空橋ちゃんから貰えるってだけで嬉しいよー! な、川藤!」

「ああ……」

「葉月だけじゃなくてあたしたち全員だっての。でもあんたらどーせ本命貰ってるでしょーに」

「まあな!」

「…………」


 一般的な男子が訊いたら歯ぎしりして憎悪の視線を向けそうな会話をしているのは、クラスの中心人物でもある山名くんと川藤くん。彼らは当然のごとく他の女子から本命チョコを貰っているようだが、彼らにとっては葉月から貰える義理チョコというのはまた別格の魅力を放っているらしい。気持ちはとてもよくわかる。


 ……さて。せっかくだし、そろそろ俺も貰いに行こうかな。

 

 そう思って席を立ったのと同時に、ズボンのポケットに仕舞っていたスマホがメッセージの受信を知らせた。一度足を止めて、着信内容に目を通す。


『甲洋くんには、あとで特別なプレゼントをあげるから』


 メッセージの発信者は誰あろう、葉月である。

 教室の前方にいる葉月を見ると、彼女は俺だけにわかるように静かに微笑んで、唇だけでこう囁いて見せた。


『家でのおたのしみ』


 ……そう言われては、素直に従うほかはない。

 一度立ち上がったものの、再び自席へと腰を下ろした俺は、葉月の言う特別なプレゼントに思いを馳せたのだった。



* * *



「甲洋くん、ハッピーバレンタイン!」


 帰宅した俺を玄関先で迎えたのは、俺より先に家に戻っていた葉月だった。

 綺麗にラッピングされたチョコレートをこちらに突き出し、にこにこと笑っている。


「チョコレート、くれるのか?」

「もちろん!」


 そう頷く葉月に「ありがとう」とお礼を返し、彼女からのチョコレートを受け取る。

 透明なケースに入っているそれは、三日月の形をしていた。


「月を象ってるんだな」

「甲洋くんの月守と、わたしの葉月。プレゼントには月の形をしたのがピッタリかなって」

「あーなるほどな……。ありがとう、うれしいよ」


 洒落た葉月のプレゼントに改めて礼を述べて、俺は靴を脱ぐ。

 そのままリビングへ向かおうとしたが、葉月が付いてくる気配がない。振り返ると、葉月は玄関先で立ち尽くしていた。

 葉月は「あー」だとか「うーん」だとか唸って、何かを逡巡した表情を見せている。どうしたんだ?


「葉月? 何か悩み事?」

「うん……ちょっとだけね。でも、もう宣言しちゃったもん。女は度胸だよね」

「え?」


 ひとり何か呟き納得した風の葉月に問い返すと、彼女はこちらに向き直り、その相好を崩した。

 と、そこで俺は、葉月の腕に何かが巻き付けてあることに気づく。ピンク色の何か――あれは、リボン?


「葉月、そのリボンは……?」

「……ふふっ、特別なプレゼントをあげるって言ったじゃない?」


 ああ、いつものだ。

 蠱惑的な表情で、葉月は己のスカートを摘まみ上げていく。

 そのスカートの下には葉月の透き通るほどに白い美脚が隠れていて、その白磁の肌には腕と同じようにピンク色のリボンが巻き付けてある。そのコントラストに、体の芯が熱を帯びていくのを感じた。


「だから、ね」

「は、葉月――」

「わたしもプレゼント、だったりして――」


 葉月は少しはにかみながら……しかし男の視線を決して逃さない、あまりにも煽情的な視線と仕草を見せて。


「――もらってくれる?」


 既に答えが決まりきったような問いを、俺に投げかけてきた――。



閑話:もらってくれる? (了)

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