童話の魔女

シロ

童話の魔女


 穏やかな光の差し込む、色褪せた遺跡。周りは澄んだエメラルド色の水に囲まれており、水底には崩れた柱や壁の残骸が見える。遺跡の中央へと続く、石で出来た一本道は所々が崩れていて、周りの物も含めてじわじわと崩壊している。

 遺跡の中央には、一人の少女と一人の青年が居る。

 青年は俯き、顔を歪めて、段々と壊れていく空気を感じ取っていた。

 周りから、世界から魂の素である魔力が失われていくのが分かる。世界が弱っていく。このままでは、後数時間もしないで此の世界は滅ぶだろう。

 止めるには、世界を救うには、姐さんを殺すしかない。

 俺の手には、唯一姐さんを殺せる"冥府の短剣"。

 目の前には、俺を見て微笑む姐さん。

 姐さんは震える俺の手に自分の手を重ねて、更にその手を心の臓へと重ねる。

「お願い」

 姐さんの心地よい鈴の音が耳に、心に染みる。

 その音色で想い出されるのは、姐さんとの長い旅。


 人間とは違う時を生きるドラゴンの俺は、世界に取り残されてばかりいた。

 _____人が好き。人と共に生きたい。

 そう思うも、彼らと俺は寿命が違う、成長が違う。人の姿になったとしても、俺は人とは共に生きる事が出来なかった。

 そんな時だったんだ。彼女、姐さんが俺を殺しに来たのは。俺が住んでいた森の近くにある村。姐さんは、その村の長にドラゴンである俺の討伐を依頼した。だと言うのに姐さんは、俺に村に近づくなと約束させただけだった。殺さなかった。悪さをするわけでも無いなら、殺す必要は無いって。

 でも、村の人はそれを許さなかった。ドラゴンという存在事態を恐れていたんだ。理解出来ないから。人よりも強大な力を持っているから。その場で、俺の目の前で姐さんは、背後から村人に殺された………はずだったけれど、姐さんは死ななかった。彼女は死ぬ事が出来ない____不老不死だったんだ。

 だから着いていったんだ。彼女の旅に。彼女の死を求める旅に。


 _____好き。


 最初はきっと冗談だったんだ。人と共に生きれると言う喜びからなのか、それとも感謝の気持ちからなのか、彼女に好きって言ったのは。



 _____俺の彼女になってよ。



 _____姐さんのこと好き。付き合わない?



 _____あー好き。結婚しようよ。



 _____姐さん、一人なんでしょ?ほら、ここにいい男がいるよ!!

 _____何処に。

 _____ほら、姐さんのすぐ側に、

 _____只の馬鹿しか居ないけど。



 全部、断られちゃったな。気づけば本気だったけど、結局、最後まで駄目だったな。

 俺は姐さんが好き。その気持ちは、今でも変わらないし、だから余計に姐さんを死なせたく無い。殺したく無い。

 だからといって、姐さんを殺さなかったら、世界と共に自分は死んでしまうし、此の世には姐さんしか残らなくなる。それだと姐さんは幸せになれないし、きっと姐さんはそんな事望まない。



 俺は姐さんの心を止めた。



「ごめんね、最後にこんな事をさせてしまって」


 俯いて、姐さんは口を開く。

 違う。俺が聞きたいのはそんな言葉じゃ無いんだ。

 姐さんはそっと両腕を俺の背中に回して、此方を再度見上げた。

 姐さんの口から、胸から暖かいものが流れる。俺の頬を、冷たいものが流れる。透明なそれを、姐さんは小さな片方の手で俺の顔を包み込んで拭う。


「ありがとう」


 そんな顔、しないでよ。姐さんらしく無い。

 とても、とても優しい顔で、俺に、俺だけに微笑む。

 何か柔らかいものが、俺の唇に触れた。

 優しくて、甘くて____けれどそれは、とても儚くて

 何で、なんで今になって____


「貴方だけは、きっと…わすれ、ないで」


 なんで今になって…………キスなんて、一度もしてくれなかったのに。






 _________こうして一人の魔女と一匹のドラゴンは幸せに暮らしましたとさ。


 優しく冷たい光が見守る夜。小さな暖かい光だけがともる部屋で、一人の少女に青年が読み聞かせていた。

「私、このお話がとっても好きだわ!」

 少女は目を輝かせて、とても幸せそうに微笑む。

「よく飽きないで毎日読ませるものだ」

 青年は呆れた様に、然しどこか関心した様に優しい声で言う。

「だって、貴方も大好きなのでしょう?このお話を読むときは声も、表情も、とっても優しいんだもの」

 少しだけ、目を大きくした青年は、愛おしそうに本を撫でる。

「…そっか」

「私、大きくなったら魔女さんみたいな凄い人になるの!」

「ぜっっったいに無理」

「そんなことんないわ!これでも」

「はいはい、もう夜遅いから寝なさい」

 言葉を遮られた少女は不貞腐れるも、直ぐに顔に花を咲かせて、明日も読んでね!と言ってから少女は寝付く。青年はそんな寝息を立て始めた少女の頭を優しくなでてやる。

 彼が恋した魔女と瓜二つの少女。

「やっぱり、姐さんとは違うんだよなぁ」

 小さく呟いた言葉は、静寂に溶けて消えていった。





 ドラゴンの青年

 姐さんを中心に、魔力が無くなっていっていた為、世界の崩壊の危機と共に一番姐さんの近くにいた自分の魔力もだいぶ持っていかれてた。残ったのは、人間の寿命と同じくらいだけ。

 その後は、人として暮らし、世界的な童話を書いた。

 少女のことは見守っているだけ。そこに恋愛感情は無い。


 魔女

 青年からは姐さんと呼ばれていた。不老不死の呪いがかかっている。自分が死ぬために旅をしていた。

 青年が好きだったけれど、素直になれなかった人。


 少女

 魔女の生まれ変わり。ただし、青年の愛した魔女とは歳も育った環境も違いすぎるため、もはや別人と言ったほうがいい。

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童話の魔女 シロ @hakuou_890

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