第17話 ローラはひとりきり 完
「なるほど、妊娠した心当たりがあるとすれば、その日だと」
「でも、僕が妊娠するはずないのは分かるでしょ」
「まあ、起きたことは仕方ないでしょ」
「産むしかないってこと?」
「水狐さんの身体のどこに産道があるんですか。まさかその胃が限界以上に膨らむ玉みたいなものを小腸大腸と通して排出するんですか?」
「じゃあどうしろっていうんよ」
悶絶しのたうつ僕の口のなかに酒瓶を突っ込む。それは実家から送られてきた新年を祝う日本酒だ。
「落ち着いて。二つある。まずその子は腹を破ろうとしている。だから迎えてあげるようにお腹を開く」
「死ぬじゃないか」
「そうね。水狐さんが死んで、この子は助かる」
「嫌だ。そんなわけのわかんないエイリアンのために死ぬのは」
「それじゃあ、あとはこれだけね」
僕は風呂場に連れていかれた。風呂場で裸にされた。パンツはすでに血まみれでズボンやシャツは汗で濡れていたからちょうど良かった。
「なんで、僕が妊娠したんだよ」
「うるさいです。それは貴方の体で受精したか、受精した卵を飲み込んだかでしょう」
もし、僕の精液で受精したとして、なにに着床したんだ。そう思い夜を思い返してみると飴玉を飲み込んでいたのだ。
「あぁ、たぶんお相手の卵ですね。きっと寄生バチみたいに卵を産み付け繁殖するタイプの人なんでしょう」
「そんな人いるわけないでしょ」
温水をかけられ身体を洗い流されながら、美愛ちゃんの腕が僕の口のなかに突っ込まれた。腕捲りして、目の当たりにした彼女の細腕は血管がみえる。しかしその手は冷たく銀製のスプーンを口にしたような印象だった。そして、彼女は僕の耳にささやくのだ。リンリンちゃん起きてと。
「リンリンちゃん、まず胃を押さえつけてください」
ゴチュゴチュといった音が響いた。彼女の腕で胃の中で子供を潰しているらしい。また鋼のようなものが回転する音も響く。歯医者で似たような音を聞いたことがある。時折きこえる金属音は骨にあたったからだろう。
彼女が手を引き抜くと、しゃっくりがとまらないほど横隔膜が蠕動している。胃が収縮してゲップがでてひどく痛む。喉の中にゼリーが詰まっている。これを美愛ちゃんが摘まんで取り出すと、意図せず、咳とともに赤やら黒やらの血と肉を吐き出した。ところどころ紫色がまじっていた。
「お相手は地球の人じゃないみたいですね。紫の血なんてみたことないです」
彼女の顔に沢山の血がかかったが、それを気にする様子もなかった。僕は緊張から解放されたのか、真っ黒の尿も排出された。
「ありがとう」
よだれを垂らして感謝した。しかし美愛ちゃんは温水で僕の身体を流すと、まだまだ終わりませんよという。
「とりあえず、中の子は潰し終えたはずです。でも、胃の中はまだゴロゴロとした感触があったので」
再び彼女の腕を飲み込んだ。削られた肉片が胃のなかで撹拌される。刻まれていく。そして胃はリンリンちゃんにより圧縮される。胃液とともに吐き出した肉片や骨の欠片を洗い流す。そして洗面器一杯の温水に塩を溶かして飲み干すように指示され従った。そして、腹の中にまた腕を入れられる。腹のなかで水が動く音がする。胃の壁を大きな塊がぶつかるたびに吐き出す。血で濁った水を口の端から垂れ流す。胃酸の匂いが混じった血肉を浴槽に吐き出す。
もう終わりかと何度も思ったが、この一連を5度は繰り返した。
ようやく最後になり、胃の中から破片をこそぎだすとのことで、彼女の指が僕の胃を手探る。感触があるたびにそれを引っ張り出すから千切れた骨や肉が喉を通るたびに冷たい。うげっ、と美愛ちゃんが呻くのが聞こえた。僕も喉にゴルフボールが通っている気がしていた。トロンとした粘液に包まれたその白い玉、その中央に丸い茶色の模様。僕の子供と目を合わせてしまった。
何日かは排便のときに未消化の骨やら肉がともにでてきて痛いだろうけど我慢してとのことだった。僕は利亜さんが何者だったのかを聞いた。人間ではない何かとのことだった。
そして美愛ちゃんには、言わなかったが、少なくとも水狐さんの他に一人は、その人との間に子を成している。
誰かの腹を自力で突き破りこの世に産まれ出でたひとりきりのローラの顔はもう思い出したくなかった。
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