第15話 ローラはひとりきり

その日は携帯の連絡先を交換して帰ることができた。また次はお酒でも飲みましょうと約束までされた。


その次とは、なんと2日後だった。携帯に連絡がはいり、彼女の家に招待された。新大阪駅まで来てくれとのことだった。

急におさそいして申し訳ありませんと車内で謝られながら、しばらくしてマンションについた。エントランスがある、コンシェルジュがいる、聞けばトレーニングルームもあるそうだ。エレベーターで颯爽と上昇している間、管理人夫妻の顔を思い出した。

沓抜からして僕の部屋の5倍はありそうだ。花のような匂いがした。玄関のどこかにフレグランスがあるらしい。床や壁が全体的にミルクのように白い空間の中に紅いゼラニウムの造花がおかれている。牛革のスリッパが置かれている。毛足の長い玄関マット。金持ちの家に迷いこんだらしい。

リビングに通され、とりあえずNHKをつけた。この時間のニュースを伝えている。

システムキッチンの向こうから油であげる音が聞こえる。食材がこんがりと揚がっていく良い音だ。

テーブルの上に王冠をした猿が描かれた箕面ビールの瓶とグラス。グラスでビールを飲むとは。僕は缶から金属の匂いと一緒に飲むというのに。そして、雪のようなチーズのかかったサラダと、お刺身と、白飯。

利亜さんもテーブルについた。

好きに食べてくださいというから、刺し身の盛り合わせから口にした。

まぐろ、ぶり、サーモン、鯛とどれも久しく食べていない。職を失っていらい野菜炒めばかり食べていたものだ。

利亜さんがどんどん追加していくのは僕の低俗な好みを見透かしたように、白身魚のフライや真鱈のムニエルのような定食屋ででも食べることができそうなものだった。

「美味しいです。とくにブリが好きなんで」

「それ、ブリじゃなくてヒラマサです。よく似ているのでまぎらわしいですよね」

「すみません、馬鹿なんです」

「まぁ、どうぞ気にせず。どんどん召し上がってください」

「ありがたいんですが、さすがに。食は細い方なんですよ」

「ゆっくりしてくださいよ。今日はあの子もいませんし」

「あまり、女性の部屋に呼ばれることがなくて。そういえば、あの子は」

「ローラはお友達の誕生日会に行ってます」

「僕にはそんな友達がいなかったから羨ましいな」

「あの子には、一人きりのさみしい思いをさせたくないですから」

目の前にいる利亜さんは、僕の目には、筋肉がほどよく引き締まった体型で利発そうな顔つきの男に見えていた。しかし、ついぞそんな顔を僕の父親はしていなかった気がする。

「いいお父さんなんですね」

「今日は男に見えますか?」

「失礼だとは思いますが、本当に分かりません。利亜さんはご自身をどう思われているんですか」

お互いビールを飲み干していた。そういえば、緊張して味がわからなかった。ビールも拘るんですねと聞けば、切れのいい苦味が好きなんですとのことだった。

利亜さんは、冷蔵庫からスパークリング日本酒を取り出した。切子グラスに泡立つ日本酒を注ぐ細長い指先をみた。僕の手とは違い色が白くて体毛の類いなど見当たらない。酒を飲む紅い口の回りにも髭は生えていない。しかし、どうも男に見えるのだ。

12時を越える。いつも一人で過ごす時刻だ。

「まさか帰るなんていいませんよね」

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