第11話 思い出は頭の中 完

「え、なんのことかな」

間抜けといわれて、黙っているほどお人好しじゃない。

「放っておいたらどうなるのかと試してみたらこれなんですから、目を離すことができないというか、生まれて間もない赤ん坊でさえもうちょっと危機感があるというか」

「ほんとうになんのことなんだ」

美愛ちゃんはレジ袋から牛乳を取り出した。そして丸型で底の深い、どうみても犬猫用の食器に注いだ。何がしたいのかといぶかしんでいたら、僕は首を伸ばし始めた。けして自分の意思ではない。しかし、床に四つん這いになって器を舌で舐め掬うように牛乳を飲むのだ。当然、僕は普段コップに注いで飲むようにしている。昨日だって酒はグラスについでいた。


「やぁ、なかなか居心地いいですし、これからしばらく宜しくです。水狐さん」

「はぁ、なんのことリンリンちゃん、というかどこにいるの」

「リンリンちゃんって、昨日のエクトプラズムですか。そういやお酒にも入っていましたね。あんなみえみえなものを飲むから何か考えでもあるのかと思ってましたよ」

「はぁ? ほんとになんのこと」

「水狐さんはリンリンさんの魂を身体に引き受けたのですよ」

「さっき合意したじゃないですか」

頭の中でゴロゴロ笑う猫の声が響いた。


僕は非常食の1つとしておいていたツナ缶を素手で食べる。意のままに操られる自分があまりにも惨めであったが腹が一杯になると落ち着いてくれた。

「たぶん、水狐さんは夢の中で適当に相槌をうったんでしょう。今後はこれにこりたら契約は慎重にしてください」

「この猫は成仏がしたいって言ってて、協力してくれないと身体には戻れないってことだったから、つい」

「成仏したい猫がガールズバーの暖房で寝ているはずないでしょう。神社や寺といった相応しい場所はいくらでもありますし」

「美愛さんだったかな。この人は頭が弱いみたいだから、そんな断片的に言われても整理できないんじゃないか」

それもそうですねと美愛ちゃんは頷き、手近にあったノートに文字を書きながらぶつぶつ言いはじめた。


「まず、この猫は成仏できない霊じゃありません。いつ亡くなったのかは知りませんが、とあるきっかけで白い塊のままガールズバーに住み着いて快適に過ごしていました。

そして、そのことをご存知の方がいます。満理花さんです。彼女は何らかの理由で猫に出ていってもらう必要が生じたのでしょう。だから、猫の霊を囲っておくことができそうな水狐さんに押し付けることにしました。

お酒に猫の魂を混ぜることができたのも準備した彼女かその猫だけです。そして、あの猫は私達の世界においてドロドロの塊でしかありません。実行しやすいとしたら満理花さんでしょう」


「だいたい合ってる。たぶん、満理花は美愛さんを試したんじゃないかな。水狐の近くにいるのがどれくらいなのかを」

「ちょっと待って、じゃあ僕は満理花さんに猫のお化けを騙されて押し付けられたってこと?」

「まんまと誘いにのったって喜んでたぞ、あの女。私が外を出歩きたいって言ったら手配したのもあいつだし。それに近いうちにあそこ改装するらしい。トイレやら空調やらが壊れてたらしいからさ」


その日の夜、コンビニで買い物をしながらオカルト研究会時代のことを思い出した。いつも無茶を言う満理花さんに振り回されていたし、彼女のせいで何度も酷い目にあい、数回は死にかけた。けして良い思い出にはならない。ふいに電話の音がした。

「ねえ、リンリンは元気」

「なんで僕に押し付けたんですか」

「満理花、馬鹿なやつだけど体質が良いのかして居心地は悪くない。頭がすかすかだからか、広々としてる」

「よかったなリンリン。水狐はちゃんと世話してあげてや。リンリンも水狐の世話してあげてや」

電話は切断された。

「なんで僕なんやろ」

「まぁ暫くよろしくお願いします」

カゴにビールを入れていたはずだ。しかし当然のように牛乳に入れ替わっていた。

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