第9話 思い出は頭の中

タクシーを拾うことができたのは幸いだった。駅から歩いて帰るのさえ辛い。

「満理花さんとはどんな関係なんですか」

「別に、オカルトサークルの先輩」

「オカルトですか。そんなのわざわざ調べなくても水狐さんの周りにいれば勝手に寄り付きますよ。今日だって」

「色々あったんよ。河童に川底まで連れていかれそうになったり、人魚に海底まで連れていかれそうになったり、山姥に洞穴に連れていかれそうになったり」

「ピーチ姫ですか、あなたは」

「そして、そのたびに満理花さんが助けてくれたんですよ。まぁ、僕をピンチに陥れるのも満理花さんですが」

実入りのないわりに多忙すぎる一日だった。さらに酒もあってか寝苦しい夜だった。だから、この浮遊感やら吐き気は酒に酔ったのだと思っていた。

「あなたにぜひお願いしたいことがございます」

僕は寝返りを打つ。妙に輝かしいから、カーテンを開けたまま寝たのだと、そう思った。


不可解なざわめきに目を覚ました。やはり宿酔がひどいらしい。

「水狐さん、どうか私の力になってはくれませんか」

声が頭に響く。眠い目を擦ると、光の中に辛うじて猫を見つけた。一体どういうわけか、宙に浮いているのだ。そして僕も浮いていた。というか、地面のようなものが見当たらず、どうしてか、浮遊しているのだ。あるいは風景が変わらないだけで落下しているのかもしれない。



僕と対話できるのは、産まれたときからずっと人に飼われてきたからだと主張する雌の三毛猫。死後の猫となら対話できますよと喧伝すれば、どれだけの愛猫家が猫と共に命を絶つだろうか。案外、意志疎通できない猫が可愛いのかもしれない。このように弁の立つ猫は、あまり愛嬌がない。

「犯人探しとかなら無理ですよ。それは警察の仕事です」

「分かってます。それにそんな大事を水狐さんのようなうだつの上がらない方には頼みません」

「猫ちゃん、人に物を頼むときはね。まぁいいや。それに僕よりもっとピッタリの人材がいます。隣の」

「美愛さんには通じませんでした。あれ、昨日のお飲み物には少しだけ工夫してあって、私の魂の一欠片だけ混ぜていたんですよ。あれを無策で飲まれると、ちゅるりと魂が抜けるという仕組みです」

さすが美愛ちゃんだ。分かっていたならば止めてくれれば良かったのに。

「満理花さんの前で飲まないって選択肢は無かったんじゃないですか」

「じゃあさ、あのとき、僕の魂も抜けないようにしてくれれば良かったのに」

もし身体に戻ることができれば、そういう時は「帰りたい」というメッセージでは何も伝わらないということを教えねばなるまい。

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