第3話 複製された女

頭が働かず、まるで車酔いのまま川底に沈められるようなはっきりとしない意識のなかで熱心に語りかける男をちらりとだけ見つめた。

「あなたに会って頂きたい人がいます。たぶん、見たら驚くと思うので、先に言っておきますね。実は」


恵さんが座っていた。男の言うとおり彼女が生きていたことに、まず安堵した。

男に連れていかれた先の雑居ビルにいた妙齢の女性は確かに恵さんであった。頭がかち割られ血や内臓がばらまかれていた、あの恵さんであった。

「やはり見覚えがありますか」

「恵さん、ですよね。さっきまで僕の部屋で」

ダンゴムシに食べられていましたよね、と確認することは理性がとめた。後はニュアンスで伝わるものだと考えた。しかし、恵さんは首を振る。

「私は、確かに恵といいます。でも、あなたと会うのは初めてです」

「でも、え、三嶋恵さんですよね。貴方と食事に行きもしたし、なんなら」

それでも彼女は首を降った。


私の向かいに男と恵さんが座る。そして男はケースから名刺を取ってみせた。その名刺には見覚えがある。

「君が車の前に飛び出してきたときは驚きました。そして何よりも、君が引き連れていた女性がまさに依頼者の三嶋さんで、なんと運のいいことかと驚きましたよ」

恵さんは黙したままで、冷めたコーヒーをすする。男の名刺には名前だけ記されており「城野司」とあった。

「じょうのさん、でよろしいですか。昨日は私も取り乱したためにご迷惑をおかけしました。けれど貴方の話だけですと僕にはさっぱり何もかも不明なんですけど」

城野は指で顎を挟んで唇をとがらせる。よく注意してみると、質の良いスーツにも関わらずフケがついており、なんとなく無精な男なのだなと感じた。僕を知らないと言いきった恵さんも、言われてみればこの前よりどこか一層の円熟を醸すような色気があった。ざっくり言えば、この前見たときよりおっぱいがでかい。

「彼女は、この間まで奈良県にいました。それに旦那さんもおられます」

あとは私が、と城野を制して、彼女は身の上話をしはじめた。

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