第38話 千代の運んできたもの

 帰り道、千歳の家に寄る事にした。

 私が春川先輩の手紙を見たいとせがみ、千歳がそれに折れた形だ。

 自分で運んだものの中身を知りたい、というのは建前で、本当は半分好奇心の半分興味だ。今の千歳を知る上でも、今後の千歳を見ていく上でも、必要だと思った。


「はい、これ……」


 やや乗り気のない表情で、しぶしぶ手紙を私に差し出す。


「ありがと」


 渡し終わると、千歳はベッドではなく、机の椅子に腰掛けてそっぽを向いた。私に読まれている姿を見るのが恥ずかしいのだろうか。そんな事を考えていると、「早く読めよ」と急かされてしまった。

 私はベッドに腰掛けたまま、洋封筒から何枚かに分けられた手紙を取り出す。

 『拝啓、千歳君へ』という言葉で始まった本文は、春川先輩らしい丸文字だった。


 これを読んでいるということは、私はもうこの世にはいないでしょう。ここには、千歳君にお話できなかったことを書いていきます。って、勝手に私が秘密を作ってたみたいだよね! まぁ、実際のところそうなんだけど……。病気のこと、黙っていてごめんなさい。千歳君に話さなかったのは、最後を意識して欲しくなかったから。傲慢かもしれないけど、「あと何日の命」って知ったら、何とかしようとか、できることはないかとか、必死で探してくれそうで……。作り話しだったらすごくロマンチックなのにね。まさしく王道っ! って感じで。でも、現実だから仕方ないよね。

 さて、私が毎日制服を着ていたのはね、かわいいのは本当だけど、学校に行きたかったから。制服を着れば、少しは学校を近くに感じられたからなの。で、なぜ学校に行っていなかったかというと、親と学校が決めた事なんだよ。「残り少ない日数、好きなことしなさい」、だって。病院内でも、元気なのに、病人扱いなんて参っちゃうよ。だから、外をブラブラ歩く事にしたの。そこで、君、千歳君に会った。

 最初びっくりしてさぁ、覚えてる? 「一目惚れでした」って言ったんだよ? それが面白くて、少しおちょっくたりもして、楽しかったなぁ。君はどうだったかな? 嫌だったら沢山いじわるしてごめんね。

 余命宣告が出てから、私は君に自由について話したんだけど、覚えてるかな?あの時、実は少しヤケになってたんだ。もう長くないのはわかってたんだけど、いざ具体的な数字で言われるとさ、「あー、後何日だー」って、何もやる気起きなくて……。それでも、君は私に「また歩き出せる」って言ってくれて、すごく勇気を貰った。残りの日にちも、精一杯生きようって思えたんだよ! ありがとう。

 ネカフェで一泊した事は流石に覚えてるよね!? 忘れられてたら化けて出て呪うレベルだよ! あの時呼び出された時はびっくりしたんだから! なんか緊急事態っぽくて、で、夜の病院抜けるの大変だったんだからね! まぁ、良いとして、会いに行ったら会いに行ったで「今日だけで良いので優しくしてください」って、必死に頭下げるから、またびっくり! 正直、初めて普段着を見せるからちょっと不安だったんだ。でも、そんな悩みがどうでもよくなるくらい、いっぱい弱いところ見せてくれたね。それだけ信用されてるんだって思ったら、私も嬉しかった。

 本当にいっぱいお互いに色んな事を話したよね! 君は今まで出会ってきたどの人にも当てはまらない、独特の感性を持っていたね。でも、悲観的で、寂しそうだった。だから、私の事、わかってくれそうだなぁ、って期待してみたんだけど、結局自分から惹かれててさ、おかしいよね。そんな私から、一つお願い。私といた時が幸せなんて思わないでね? 千歳君の本当の幸せはこれからなんだから! 正直、妬けちゃうけどね……。これから先、私の知らない時間を千歳君は歩いてくんだね。どんどん過去に押し流される私は、君の中で忘れられちゃうのかな? もし、覚えているのが辛かったり、苦しかったりしたらいつでも忘れてね。「申し訳ない」とか思っちゃダメだよ? これは千歳君が幸せになる為なんだからね!?

 最後に渡波千歳君! 私は君に出会えて、一緒に過ごせて、とても幸せでした。君も幸せになれます様に! ありがとう!! バイバイ!!


 読まなきゃ良かった、なんて言ってしまったら、千歳はきっと怒り出すだろう。


「……ごめん」


 だから、私は謝る事しか出来ない。

 千歳にも気持ちをを嗅ぎ取られてしまったようで「うん、良い……」とつぶやいた。

 ところどころに文字が滲んでいる箇所がある。それは、千歳か春川先輩の涙である事は、容易に想像がつく。恐らく、両者の涙だろうと思った。書いている際に染み込んだ春川先輩の涙と、読んでいる時に染み込んだ千歳の涙。二人の気持ちは最後まで一緒だった事を見せつけられたような、そんな感覚。


「こういうの見せられたら、何も言えなくなるじゃん……」

「見たいって言ったのは千代の方だろ?」


 確かにそうだ。私は勝手に二人の最後の秘密を覗いてしまった。手紙を読んだ後だからだろうか、何気なく返答する千歳の背中が少し大人びて見えた。


「どうして見せてくれたの? 私がしつこく頼んだのもあるかもけど、こんなに大切な手紙なら殴り倒してでも秘匿して良いと思う」


 再び手紙に目を落とす。

 こんなにも想いの欠片が散りばめられた、春川先輩の手紙と最後の言葉。春川先輩は、他の人に読まれる事を想像していただろうか。手紙の中にある、『私の知らない時間』とは、今まさしくその時間な訳で……。


「僕は、弱虫だからかな」

「へっ?」


 呟くような返しに、情けない感嘆が漏れる。

 千歳はまだ一度もこちらを振り向こうとしない。


「弱虫だから、その手紙が持つ力の前に立つ事は出来ない。だから、実はずっと誰かと共有したかったんだ」

「そうだったんだ……」

「見せるのを渋ったのは、沙奈先輩が反対した場合の分」

「変なの……」


 私にとって救いだったのは、この手紙の内容を千歳が実践しようとしている事だった。必死に幸せだった事を過去に仕舞い込み、春川先輩を過去の人として保存しようとしている。

 いや、救いというのは間違っている。千歳が苦しんでいる事になんら変わりはないのだから。


 そんな無理しているところ、私は見たくない。だから私という存在ができる事をしていこうと決意した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る