第37話 結衣のタネあかし

 千代と千歳が帰り、この生徒会室に二人きり。これまでもタイミングがない訳でもなかったけど、選挙の準備や悠真君自身の問題もあったから、できなかった。それが、今ならできる。──良いよね?


「あ、あの……」

「そういえば……」


 私の弱々しい声と、何かを疑問に思う悠真君の声が重なった。

 当然、かき消されるのは私の声だ。


「なんで、清水先輩はあんな風に言ったんだろ?」


 「あぁ」とだけ言って少し考える。自分がした事を話すなら、今かな? と思った。別に隠し通すつもりはなかったし。ただ、自分でも言うのを忘れていた、ただそれだけのことだ。


「前に青木元会長と清水先輩が生徒会室を占拠してた時、清水先輩の様子が変で、おかしいと思ったの。恐らく、何か裏があるのでは? と。まぁ、確信はなかったんだけどね……。それで、本人に直接聞いたら、ビンゴだった」

「純粋に生徒会長になりたい、っていう訳ではないってこと?」

「そもそも、清水先輩が『生徒会長になりたい』って、一言も言ってなかったじゃない? それに、私たちの前に現れてちょっかいを出してくるのは元会長のみ」

「確かに変だ……」


 悠真は顎に手をやり、考える仕草を取った。


「清水先輩には何か会長にならなければならない理由があった、って事か」

「うん、それは元会長絡みでね……」


 今年の立候補は、小平悠真の一強という下馬評が出ていた為、選挙で戦うという人は現れなかった。理由としてそんな玉砕覚悟の神風にはなりたくないという事以前に、そこまでして会長にこだわる事も興味も、他の生徒にはなかったのだ。(無論、悠真が出馬しなければ、状況は変わっていただろうが……)

 その状況を面白くないと思ったのが、青木元会長を始めとした三年生の集団だった。そこにたまたま、狙いをつけられてしまったのが、清水菖蒲先輩だったのだ。清水先輩は、こっそりタバコを吸っている姿を元会長に見つかってしまい、黙っておく条件として生徒会長になる様促された。

 元会長は、清水先輩を利用し、「卒業生へのありがとう交流会」というものを開催させる算段だったらしい。理由は明白で、後輩女子と良い関係になる事。自分達の“高校生”ステータスが無くなってしまう為、合法に女子高校生と会えなくなる事を懸念した為だった。


「まぁ、私はその事を清水先輩に話してもらうための努力しかしてないので、応援演説は青木元会長に完敗でした……」


 悠真君は、黙って私の話を聞いていた。私の努力の話は蛇足だったかな、と少し反省した。


「清水先輩は自分で決めたんだね。後輩女子を守る為だって。だから、自分から戦う事を放棄したんだと思う」

「青木会長、そんな事を考えていたなんて……。それに、清水先輩も」

「まぁ、結果は結果だから、清水先輩の喫煙は先生にバレてお叱りを受けてるんだろうけど。多分、親も呼び出されてるんじゃないかな?」

「なんか、やりきれないね」


 凹みそうな表情を見るに、清水先輩を案じて、青木元会長の行動が信じられないという表情だ。同時に予想外のことが二つも起こったのだから、混乱して複雑な感情になるのは、わかる。

 でも、そんな表情は見たくない。


「悠真君! あなたは何も間違ってない! 間違えたのはあの二人なんだよ!? 未成年なのに喫煙するとか、言語道断っ! 小学生でもわかる常識よ! それに、下心丸出しで現役JKと関係を持ちたいとか、まじキモい! 最低! 猿以下よ!」


 明からさまに声をあらげて、悠真君を叱咤する。

 その反応として、両手で顔を覆った。


「それに、悠真君はまだ道半ばでしょ? 負けた対戦相手のことを考える余裕あるの?」


 「それなら、私のこと、もっと見てよ」と言いだしそうになり、口をつぐむ。

 悠真君は顔を覆った手を上に上げて、前髪を持ち上げる。そして、いつものように、三本指で智に触れながら眼鏡を定位置に戻す。──いつもの表情だ。


「さすが副会長……。君が居ないと僕はどこかでつまずいてしまってたかもしれない」

「いえっ、そんな……」


 悠真君はゆっくりと私に視線を合わせる。


「これからも、僕の側で支え続けて欲しい」


 はぁぁぁぁぁあああっっっ!!!

 これって、そういう……? いやいやっ! 会長の補佐として! 副会長としてだからっ!!

 顔が紅潮していくのが、はっきりわかる。はっきりわかることが、恥ずかしくなって、更に赤くなる。


「ん? 顔赤いけど、熱でもある?」

「ないっ! 顔、じっと覗かないで!!」


 近寄って来る悠真に両手を振って制する。


「ふーん、そうなんだ」

「そうですっ!」


 ムキになって、ソッポを向く。

 悠真君の中で、この件は解決したとみなされたようで、帰り支度を始めた。

 あー、もう、こうなってしまったら、また雰囲気が……。

 机に手を置き、チャンスを逃した名残惜しさを悔やむ。


「おーい、締めるぞー」

「今行くー」


 私たちは生徒会室を後にし、施錠ののち鍵を事務室へ返した。その延長で一緒に帰れることになったのは、ちょっと嬉しい。


「うーん、でも、やっぱり勝てなかった可能性が無い訳でもないよなぁ。だって、結衣は、清水先輩の話を聞き出しただけだろ? 青木元会長と同じ弱みを握るにしても、どちらに着くかわからなかった訳で……」


 未だに自分の中で消化しきれていないのか、再び選挙の話題が戻ってくる。私は飽き飽きしながら、説得に入る。


「なーに言ってるの! 相手は、あの悠真君だよ? それに『真衣計画』! ちょっと名前を変えるのは名残惜しいけど、それだけの武器があれば、勝てて当然だと思う!」


 これだけ説明しても、やはり悠真はどこか腑に落ちない表情をしている。悠真君は考えすぎるところがあるからなぁ……。

 私は説得の仕方を変えてみる事にした。


「まぁ、でも、本当は私の勝手だったかも。清水先輩に弱みがあると思ったのも、選挙に勝てるって確信を持ってたのも」

「うーん、そう言われると確かに、結衣は確信もないのに選挙に勝つと確信していたり、清水先輩に弱みがあるって思えたよなぁ。僕もそんな風に見通せる目が欲しいよ……」

「多分、悠真君には一生無理かもね」

「どうしてさ……」


 口を尖らせてツンツンしている悠真君に向かって、私は人差し指を口元に当てて静かに言った。


「女の勘、だからかな」


 あ、今ちょっと色っぽいかも!

 しかし、それに対する反応は「あ、そ」の一言だった。

 渾身の色気を否定されたみたいで、恥ずかしいのに悔しさが上乗せされて、前を向けなくなる。

 「なるほどなぁ、女の勘かぁ〜」なんて、やっと納得してくれたみたいで何よりだけど、こっちが消化不良なのですが!?

 すると、悠真君は突拍子な事を聞いてきた。


「あ、そういえば、さっき何か言おうとしてた? 僕が清水先輩の話題を出した時」


 もぉー! だ・か・らっ!!


「はぁ、確かに言いかけたけど、やっぱ良い」

「えー、話してみろよー」

「良いって! そのうちわからせてあげるから!」

「そのうちなら、今も変わらないだろ?」

「良いの! 私がそうするって決めたんだから」


 少なくとも、再来年までは私たちは生徒会長と生徒会副会長だ。それなりに一緒にいる機会が多い事を考慮すれば、焦る必要はない。

 ましてや、“これからも僕の側で支え続けて欲しい”と言われたのだから、そう簡単に離れ離れになる事はないだろう。


 ただ、やっぱり早く気づいて欲しい、かな……。

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