第36話 悠真の祝賀会

 生徒会最終演説が終わった。

 清水先輩の演説は、予想外のものだった。

 なんと壇上で「私は対立候補を辞め、小平悠真君を支持します」と言い放ったのだ。

 理由として挙げたのは、自分の生徒会経験のなさ、青木会長のよいしょ一辺倒だけで自分が会長になった時の罪悪感、そして何より、LSSに魅力を感じた為だった。こんな自分は戦う以前の問題と思ったらしい。


 最終演説終了後、すぐに各クラスに戻り、投票が行われた。

 結果は僕の票が9割と圧勝だった。ただし、その正直さが支持を引いて、1割の支持層がいたが、お情けの票もあるだろうとの見解となった。


 その放課後、生徒会室には4つの影があった。僕と結衣、千代に千歳だ。


「良いのか? 生徒会室にいて……。また、青木会長が来るんじゃ……」

「もと、会長なっ!」


 怪訝そうに聞いてくる千歳に、笑って答える。


「元会長は早々に帰ってたみたいだぞ。何せ、あんだけ熱を入れて完璧な応援演説をしたのに、肝心の候補が寝返っちゃうんだから。顔真っ赤だろうなぁー!」


 してやったりの気分で、再び笑みがこぼれてしまう。しかし、そのリアクションは千代と結衣の失笑を買うだけにとどまった。


「ところで、なんで僕たち生徒会室に呼ばれてるの……」


 ジト目の千歳が、面倒くさそうに言った。

 「おう、そうだった」とポンと手を叩き、千歳と千代の二人に正対する。


「僕を勝たせてくれて、ありがとう」


 きっちりと頭を下げて感謝の意を伝えた。

 きっと、この二人がいなかったら、道半ばで勝てるかどうかわからなかった。それ故の礼の言葉は考えておくべきだろうが、もう搦め手な考えは沢山だ。


「ってな訳で、祝賀会的な?」


 「なにそれー!」と千代と千歳の声がハモる。「まぁまぁ、良いじゃないですか〜!」と結衣も勧める。

 紅茶のティーカップという異質な形ではあるが、それぞれグラス(カップ)を手に取る。


「我々の勝利を祝して、乾杯っ!」

「「乾杯ー!!」」


 グラスを交わらせることはなく、上に掲げるにとどまった。そして、それぞれ祝杯を一口啜る。


「まぁ、ダシにされるとは思ってなかったけどね……」


 千代から弱い嫌味が溢れる。千代の許可なく、演説に組み込んだのは、誰でもない僕であったので、「それは悪かった!」と直ちに謝る。


「でも、僕も千代の為に頑張ったんだけどなぁ……」

「別に『助けて』とか言ってないじゃん」


 プイッとふくれっ面でそっぽを向いたが、まんざらでもないようだった。

 しかし、そこに結衣が増援として加わる。


「自分で助けといて『楽しい学校生活には不可欠』とか言っちゃてさぁ!」

「ほんとほんと」


 「ねー!」と女子独特の同意形成がなされた。


「千歳も何か言ってくれよー!」

「いやぁ、僕も間接的にダシにされてるしなぁー」


 助け舟を求めたが、乗る事ができなかった。どうやら四面楚歌らしい。

 お互いにお互いを知らない事は多い事もあり、話はつきなかった。


「どうして結衣さんは悠真の事だけ君付けなんですか?」


 千歳が唐突に結衣に尋ねた。千歳自身、結衣と面識が薄いためか敬語になっていた。


「え……あ……」


 結衣の体がフリーズする。そういえば、確かに聞いたないな……。気になる事もなかったし。


「そ、それは……」


 もじもじしながら考えている様子に三人の視線が集中する。


「けっ、敬意ですっ!!」


 ピンと人差し指を立てながら答える姿に、視線を送っていた者たちはポカンとする。


「敬意って、良いよ、そんな……」

「いえっ! そういう意味ではなくっ!!」


 敬意って、相手に対する尊敬の気持ち、以外の意味ってあったっけ?

 とりあえず、その先の言葉を促してみる。


「そういう意味ではなく?」

「え、あ、えっと、つまり……」

「つまり?」

「し、自然と敬意が溢れ出してしまう、感じで……」


 「なにそれ」と、再び千歳と千代の声がハモる。しかし、先ほどとは違い、ジトっと湿った反応だった。

 当人である僕はというと……。


「ぷっ! あははははは!」


 大爆笑だった。


「あ、そうなんだ、全然っ、知らなくてっ、ふふふっ」


 抱腹絶倒だった。初めてみる結衣の姿だったこともあるが、必死に出した矛盾の解決策が、僕には笑えたのだ。だって、普通、敬意を払うならさん付けなのでは!?


「そんなに笑わなくても良いじゃない!」

「ごめっ、ごめんて!」


 この話題は結局、結衣の「悠真に自然と敬意を払ってしまって君付けしてしまう現象」が承認され、今後も君付けで呼ぶことになった。


 和やかムードで尽きない話題にうつつを抜かしていると、外は夕暮れに染まっていた。

 日が沈むのも徐々に遅くなっている、とは言え夕映えになれば暗くなるのもまだ早い。

 それに合わせて、千代と千歳は、帰り支度に入った。


「それじゃ、またね!」

「うん、また!」


 女子同士の別れの挨拶って、明るくて良いなと思った。


「じゃあ、気をつけて」


 結局、男子にはこの程度の言葉しか浮かばない。更に、千歳は意味深な事を小声で言った。


「悠真も割と僕と同じで独裁者気質なんだね」


 言い終わった後で「じゃっ!」と普通のボリュームになって、千代と生徒会室を後にした。

 後々になって、僕はその意味を知ることになるのだが、この時点で春川先輩が関わっている話だとは考えもしなかった。

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