第35話 悠真の最終決戦
生徒会役員選挙当日を迎えた。
あれから、青木会長の嫌がらせは一度も無いものの、逆に不気味さを放っていた。それでも僕たちは、朝の校門前で挨拶をしたり、昼休みに他クラスに訪問し軽い演説をしたりと、選挙活動を続けてきた。
そして、遂に今日である。
全校生徒が体育館に敷き詰められ、ステージに向かって整列する。
ステージ上では、演説台が全校生徒の手前側に置かれ、奥の方に応援者、立候補者が着席する。僕はこの位置で、全校生徒と演説台と睨めっこする。
清水先輩と僕以外の立候補者はおらず、一騎打ちの直接対決となった。
「それではこれより、生徒会役員選挙、最終面接を始めます」
司会の号令で、体育館が静寂に包まれる。僕は、この緊張感には慣れている。生徒会の仕事を中学の頃からやっている事の延長に過ぎない。ただし、演説の才があるかと聞かれれば、僕は答えに確信が持てない。
不安になりそうな面持ちで結衣の方を見やると、視線に気がついたのか満面の笑みを浮かべて振り向いた。僕が一人ではない事に強く背中を押された気がした。
「それではまず、応援者による弁論をして頂きます。駒木結衣さんからお願いします」
「はい」
演説台に立つ順番は、結衣、青木会長、僕、清水先輩の順だ。区分けごとに、応援者からの演説となる。
結衣は、僕の経験と人柄、成果等を語ったが、贔屓目に見ても興味のそそるものではなかった。まぁ、悪くも無いとは思うので、及第点と言ったところか。
それに比べて、青木会長の演説は完璧だった。経験はほぼ無し、目立った成果が無いにも関わらず、人柄と学校生活の態度を示すだけで体育館の雰囲気を自分のものに掌握していった。話術も、音の緩急、言葉の選び方、感情表現等々も巧みなもので、ポツリポツリとライブのコールアンドレスポンスが起こった。それに伴って、一般生徒がざわつき始める。
「静粛に願います! 静粛に! 立っている生徒は直ちに着席してください!」
司会が何とか場を鎮めるが、未だに興奮している熱気が見て取れる様だった。
「それでは、立候補者演説に移ります。小平悠真さん、お願いします」
「はい」
席を立ち、演説台に上ると、目の前の視界が広がった。
視線の下半分は一般生徒の瞳が自分に集中しているのがわかる。上半分は明かりのついていない体育館の暗い虚空だ。ステージ上のライトだけが、僕を表立って目立たせている。
「やっぱり、良いなぁ……」
マイクに声が乗らない様にそっとつぶやいた。
僕は千代に救われてからというもの、人の上に立つ快感を頼りに生きてきたのかもしれない。しかし、「それだけではダメだ」と、今の自分は過去の自分の過ちを指摘することができる。
ただ、やっぱり根源的に人の上に立つ快感は忘れる事が出来ない。これは一度覚えてしまった快感だからだ。
そして今、この瞬間が、絵に描いたように人の上に立っている状態だ。──心地良い。
暫く何も話さず、感傷に浸り続けている僕に対し、不満の声が囁かれ始める。
「つい先日……」
この一言で、ソワソワとした囁きが吹き飛び、ぴしゃりと静まり返る。聴衆が、いや、この体育館にいる全ての人が、僕の声に耳を傾けた。全ての人が次の一言を待っている。
僕は勝利を確信した。
無論、選挙の勝利ではなく、この演説の成否のことだ。
ゆっくりと、丁寧に、僕は演説を続ける。
「とある一人の女生徒の活躍があった事は皆さんの記憶に新しいでことでしょう。僕は、その勇気ある行動に感激しました。人は集団に置いて、正しくないことでも正しいことにしてしまいます。その中での彼女の働きは、言葉で語りつくせない程の価値があると思います」
多くの人に伝わる様、マイクの反響で聞き取れないことのない様に、丁寧に話を続ける。
この時点ですでに、頭を縦に振りながら聞いている人もいる──順調だ。
「その彼女の存在は、楽しい学校生活には不可欠だと考えました。不登校も含め、皆が楽しく学校に来られる取り組み、環境づくり、それに、僕ができることは何か? そこで僕が公約するものは、『学校に来ることを楽しくする』というものです。具体的に何を行うのか、ということですが、昨今の流行りである、ソーシャルゲームよりアイデアを受けたもので、その名も『ログインスクールシステム』、略してLSSです。この言葉でピンと来た方もいるとは思いますが、このシステムは通学することにより、ポイントが溜まっていくシステムです。そのポイントは、学校内通貨となり、学食や購買で利用することができる様にします。一週間休まなかった人にはボーナスポイントが与えられます。更に、季節や時期によってミッションやイベントなどを開催し、ポイントを大量にゲット出来たり、豪華賞品を獲得するチャンス等も考えています」
ここに来て再び体育館がざわつき始める。主に生徒ではなく、端の方で並んでいる先生方が早速職員会議を始める様だ。
しかし、僕は先生すら介在させずにこれを実現する自信がある。
「この予算は、過去の予算案、決算案を見比べた結果、既に存在しない部に振り分けられた部費や、行事で使われない道具の補修費、そして何より、職員室のエアコン設置費・維持費をLSSに回せば十分実現可能です」
確かに、前々から職員室にエアコンがついてるのは知ってたけど、よくよく考えたらおかしくね?
おい、教室にエアコンつけない癖に、職員室につけてんのかよ!
自分らだけ快適に過ごしやがって!
次々に先生への批判が飛び出る。
「僕は先生への批判をしたいのではありません。静粛にお願いします。話はまだ終わってはいません」
僕はその反抗心を自分の支持へと繋げる。先生を敵に回さぬ様、巧妙に。
「僕が言いたいのは、このLSSが実現可能であるということを知って欲しい、ということです。もし仮に、当選したのにこの公約が果たされない場合、なんらかの隔たりや、妨害、圧力があったと解釈してください」
何人かの先生が壇上に上がってこようとする。
「学校とは生徒が集う学び舎です。先生の為にあるものではありません。ならば、生徒が過ごしやすい様に学校を変えて何が悪いのでしょうか?」
壇上に上がってこようとした中年の先生は、若い先生二人によって止められていた。
「LSSは学校に来るのが楽しくなる第一歩と考えています。しかし、これは始まりに過ぎません。最終的には友達や恋人の枠を越え、誰とでも仲良くなれる様、工夫を凝らした施策を打ち出そうと考えています」
もう、ざわめきは止めない。僕の肯定的な意見が声高に叫ばれ始めたからだ。
「最後に、これはソーシャルゲームよりアイデアを得たものです。つまり、LSSの実施にあたっては、利用規約を先生方含め協議していき策定します。それに同意の上で、利用していただきたいと思います。以上、僕の最終演説を終わります」
体育館内に一般生徒によるスタンディングオベーションが巻き起こり、それは司会の静止が聞こえないほどのものだった。
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