第34話 結衣と威力偵察

 その日は、生徒会役員選挙も直前という時期だった。

 悠真君と私はいつものように生徒会室に向かうと、青木会長と清水先輩が向かい合って座っていた。


「何で二人がここに!?」


 ごくごく普通の疑問だったが、よくよく考えてみれば、この二人も生徒会選挙に関わるものとして、生徒会室を使う権利があるのだと気付く。


「別に、あなた方を邪魔しに来た訳ではありませんよ」


 青木会長が席を立ち上がり、にっこり微笑んで答えた。さすがにこちらの思惑は筒抜けだった。


「お二人の進捗はどうかな、と少し気になったので」

「それ、どういう意味ですか?」


 悠真が口を開いた。ここ最近、元気のなかった悠真にしてみれば、実直な鋭い言い方は久々のように思える。

 ふと、清水先輩と目が合う。その瞬間、視線を外して、ティーカップを両手で掴むように持ち上げると、ちょこんと口をつけた。


「現時点で君達の公約がなされない状況のリスクを提言しに来たんです」


 落ち着いた言葉が、どっしりとした鉛のようにのしかかる。

 プレッシャーという圧をかけにきている、という事も明白だったが、現実問題失敗した時の痛手はその場限りではない。


「もし、君達が選挙に当選したとしましょう。そして、不登校ゼロの取り組みとやらが発動し、不登校が学校に出てきたとしたら、いじめの標的になるんじゃ無いですか?」

「青木会長も見たでしょ! 千代が不登校の生徒を守って、校長にお褒めの言葉をいただいていた事を!」

「そうですね。しかし、一人を一人で守るのでは息苦しいでしょう。そもそも不登校生全員に守ってくれる伝があるのか疑問ですし、あったとしても、居心地の悪さは残るのではないでしょうか?」


 淡々と語る青木会長に食ってかかりたいものの、歯ぎしりをする事しか出来ない自分たちに歯がゆさを感じる。

 青木会長は更に続ける。


「雰囲気は怪物です。いじめに発展しなくとも、周りが近寄りがたいと感じ、それを本人が察してしまった瞬間、もうその人はクラスの輪の中には戻れない」


 それは千代から聞いた話だ。私もあの後、なぜあのように叫んで暴れたのか本人から直接聞いた。青木会長もどこかの伝でその事を聞いたのだろう。


「でだ、成果を出せなかった君達は、来年の生徒会役員選挙で勝つ事が出来るかな? まぁ、負けるだけなら良いが、その後の君達も残りの学校生活を後ろ指差されて生活する事になるかもしれないね」


 不気味に微笑むその笑顔を、私はひっぱたきたかった。


「では、先輩方はどうなんです? 条件としては同じだと思いますが」


 悠真が少し上目使いで青木会長を睨む。しかし、それは威嚇ではなく、怯えている姿にも見えた。


「いえ、違います」


 あまりにも軽い返しに、全く動揺していないのだとわかる。

 相変わらず、清水先輩は青木会長の陰でティーカップをすすっている。

 あなた、本当に候補なの?


「あなた方は学校初の一年から生徒会長を擁立させようとしているようですが、私達は学校初の女性生徒会長を擁立しようとしています。その点では確かに同じかもしれません。しかし、私達には二年生から新生徒会長を出すという伝統に則っています。さて、この二つを比べたとき、どちらが安心・安全でしょうか? 更に、我々の施策が実をを結ばなかったとしても、代替わりの頃には卒業ですから、何も困りません」

「そんな言い方……!!」


 幾ら何でも清水先輩に失礼だろうと、再び視線を戻すと、椅子から立ち上がった清水先輩がようやく口を開いた。


「それぐらいの覚悟でなければ、あなた達が引きなさい。後輩で、選挙敵であるあなた達に気を使われる筋合いはありません」


 ぴしゃりと引き締まった声は生徒会室に静寂をもたらした。

 悠真の方を見ると、先ほどより明らかに悔しそうな表情になっている。正面を向けば、こちらを睨みつける二人の目が鋭く差さる。

 私は俯く事しか出来なかった。


「失礼します」


 生徒会室の扉が沈黙を切り裂き、訪問者に四人の視線が集中する。その姿に驚いたのは、悠真君だった。その表情から、私もその正体の目星がついた。


「あ……まだお取り込み中でしたか?」


 惚けた演技はわざとなのか、それとも天然からなのかはわからないが、静かになったタイミングで入ってくるという事は、少なからずこの部屋のやりとりを聞いていたのだろう。

 この生徒の「まだ」とは、きっとそういう事だ。


「何の用ですか? 今、生徒会役員選挙の話をしているところなのですが、空気を読む余裕があるのならば、急な用とも思えませんが」


 青木会長は、立ち聞き(盗み聞いていたかもしれないが)していたということを、確信を持って突きつけた。

 しかし、その生徒は物怖じせず、はっきりとした口調だった。


「一年の渡波千歳と言います。小平悠真君にして貰った行いに感謝したく、伺いました」

「ほぅ、その行いというのは?」

「僕を不登校から救い出してくれたことです」


 初めて青木会長から笑顔が消えた。顔から血の気が引いていくのがよくわかる。清水先輩は、再び複雑な表情になり、目を合わせないようそっぽを向いている。

 この二人の反応を見るに、不登校生を守ったのは千代ということは知っていても、当の不登校生が誰なのかまでは把握していないようだった。


「今後、更に不登校生の改善に向けて努力をするということなので、その応援の意味もありますが……」


 悠真君と私にとって、願ってもない増援に無言のエールを送る。

 良いぞ、もっと喋れ!


「でも、そうですね、こんな一身上の都合で生徒会役員選挙の話し合いを妨げるわけにはいきません。出直します」

「待てっ!」


 青木会長は初めて命令口調を使って、立ち去ろうとする千歳を呼び止めた。

 「はいぃ?」と再び大根芝居で、くるりと振り向く。


「君は、学校に戻ってくる事に関して、居心地の悪さとか、孤立感とか、感じなかったかい? 復帰に関して、その……」

「やめて下さいっ!」


 私は心の中でガッツポーズをした。恐らく悠真君もそうだろう。口元がピクつくのを必死に抑えようとしている。

 この状況において、不登校生当人の意見は何よりも強い武器となる。


「あなた方みたいに、不登校から何とか学校に出てきたのに、そんな腫れ物扱いなんて。それこそ不快で、いじめだと思います。今、孤立感という言葉を使いましたね? 不登校という人のつながりをほとんど断ち切った状態から学校に来る事と、今まで不登校だった人を見て腫れ物扱いをする事、果たしてどちらが距離を置いているんでしょうか?」


 青木会長は、口をパクパクさせながら声にならない声をあげていた。自分の言ってしまった事が、ものの見事に悠真君の株を上げる要因となってしまったのだ。

 いわゆる、揚げ足を取られた状態だ。

 千歳は、そこにとどめをさしにかかる。


「あなたのような人が会長だなんて、失望しました。少なくとも、悠真君が会長であったなら、そんな事を言う生徒は一人もいないのに。残念です」

「……っ!!」


 青木会長は私にぶつかるように押しのけて、部屋を出て行った。清水先輩もそれに続いて、一礼して出て行った。


「大丈夫か、結衣?」

「え、あ、うん……ありがと」


 突き飛ばされた私は、悠真君に受け止められていた。顔が真っ赤になる前に、そっと離れる。

 ──もう少し受け止められていたかったなぁ、なんて。


「ありがとう、その、なんてお礼を言ったら良いのか……」


 悠真君が千歳に話しかけると、千歳は手を振って応えた。


「ただの恩返し。あとは勝手に期待してるだけだから」

「あぁ、きっと良い結果を出すよ」


 千歳は鼻で笑って返事をした。

 私も少し話を聞いてみる。


「ねぇ、なんであの威圧感に物怖じせずにいられたの?」

「あぁ、僕ぐらいネガティブ値がバカ高い人は早々いないと思うから。何が起きても、何を見ても、上手くいかないってわかってるから、逆に……的な?」


 少々口下手な部分が垣間見れて少しホッとする。

 その後、改めて私と千歳は自己紹介を交わした。その後、千歳は部屋を後にして、帰りの途についた。

 場が和んで安心したのか、悠真君からつい弱音が転がり出る。


「でも、本当に選挙に勝つ確証がなぁ……」

「あ、それなら大丈夫!」


 私は「とっておきの秘策を見つけた」とだけ言って、部屋を後にした。

 勝利の工作は、代表者ではなく、側近が仕掛けるものだ。私は悠真を勝たせる為に一つ、ちょっとした仕掛けを仕組もうと考えた。

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