第29話 千歳のベストフレンド

 次の日、僕は学校に行っていた時と同じ時刻に起き、準備をして、家を出た。

 両親は少し驚いた表情を見せたが、兄が生きていた時と同じように接してくれた。──僕にはそれがありがたかった。

 家を出ると、千代が家の前にいた。


「お、おはよう……」


 目を瞬かせながら、意外そうに挨拶をする。

 思えば、小平悠真というのが来てからというもの、少しギクシャクしていたことを思い出す。──しかし、先輩とのことがある為、許せなくもない……。


「おはよう」


 なるべく普通に、普段通りの挨拶になるよう心がけた。

 すると千代は、ポニーテールが逆立って前面に出張る程勢いよく、ペコリと頭を垂れ、「ごめんなさいっ!」と、謝罪した。


「もういいよ。僕が悪いんだし……」

「でも……」

「良いって。学校行こ」

「う、うん」


 再び不思議そうな表情を見せると、僕の隣に並んで歩き始めた。


 なぜ家の前にいたかと聞くと、僕が不登校になってからというもの、毎日遅刻ギリギリになるまで、家の前で待っていたらしい。


「いつも帰りがてら勝手に上がる癖に……」


 朝と夕方とで行動が違うことを冷やかしたつもりが、千代は千代で考えがあった。


「ちょっ! それだと、千歳の親に迷惑じゃん! 休日だって、ちゃんと親御さんが出て行くの待ってからお邪魔してるんだからねっ」


 僕の公共の福祉は無いのか? と、思ったが言わないでおくことにした。

 そんないつぶりかの、相変わらずなやりとりを片手に、周りを見渡す。木々はすっかり葉を落とし、すっかり逆さにした箒のようだ。

 久々の通学路とはいえ、散歩はしていたので、風景はあまり代わり映えしないように思われた。

 しかし、隣に千代がいることも懐かしく感じるという点で麻痺はしているが。

 そんな感傷に浸っていると、千代から「ねぇ」と、声をかけられる。


「あのさ、冬休み、遊びに行こうよ! どっか遠くのとこっ!」


 やや押しが強い言い方だ。こういう時は、長年の付き合いで強引に連れて行かれると相場が決まっている。

 それにしても、こんな笑顔で言われたことはなかったかもしれない。


「あぁ、わかった」


 そう答えると、「やった!」と、激しくポニーテールを揺らしながらガッツポーズをした。

 千代にはやっぱり、元気印が似合うな。


「どこが良いかなぁ〜、冬だと、スキーかな? 千歳はスキーしたことある?」

「そんなに焦らなくても、冬休みは逃げないよ」

「でも、時間は逃げていくじゃん! こういうのは早めの計画が大事なんだよ!」


 今から先の楽しみが待ちきれない、楽しみが先にあると迎えに行きたくなるのは人間の心理だろうか。心なしか、千代が少しステップを踏んでいるように見える。


 冬休みの計画に華が咲きずっと話し込んでいると、校門前までたどり着いてしまった。

 沢山の挨拶が僕の後ろめたさを際立たせ、足が竦んでしまう。


「大丈夫、私がついてるよ」


 千代が、そう言って背中を軽く叩く。

 小さい声ではあったが、力強い声に後押しされる。

 千代の方を見やると、先ほどの朗らか表情とは一変して、引き締まっていた。


 教室に着くと、まるで犯罪者の噂を立てられたかのようにひそひそ話が聞こえてくる。


 ねぇ、あれ、不登校だったんだよね。

 かわいそう、気にしないように話しかけたら?

 えー、でも何て話しかければ良いの?

 せっかく学校に来られたんだから、話しかけないとかわいそうだよ。

 えー、でも私話したことないし……。

 


 まるで腫れ物を扱うかのようだ。

 正直、これはきつい。気を使われることが、こんなにも嫌な気がするとは思わなかった。


「えーっ!? 何そんな気にしてんのぉー?」


 そんな集団にわざと挑発的な語尾の伸ばし方をしたのは、隣の同伴者だった。

 「ちょっ! 千代っ!!」と、止めに入るが、千代は止まらない。


「何勝手にかわいそうな被害者に仕立てあげてんのよ! 今まで学校に来ないからって気にもしなかった癖に! そして戻ってきた途端にそんな同情で迎え入れる気!? 不登校の原因が辛い思いをしている、って思ってるなら、温かく迎え入れなさいよっ! 健闘を讃えなさいよっ! よく来たな、よく頑張ったな、って……」

「千代、もう良いからっ! わかったから!」


 一人の女生徒が千代の体を後ろから羽交い締めにした。


「離してっ! 結衣! 離してよっ!」


 結衣を止めに入ってくれたのは、結衣という名前らしい。

 結衣は、ジタバタする千代をなんとか抑え込む。そうしている内にちょっとした騒ぎとなって、廊下にも野次馬が出はじめた。

 クラス内では、数分前まで僕に向けられていた視線が、千代に集中している。いや、僕もその一部になっているのかもしれない。

 よく見ると千代は目に涙をためていた。その喚く声に、僕を守る為の声に、どう答えて良いのかわからない。

 やがて、この状況を見たどこかの生徒が先生を呼んできた。

 先生に連れられていく姿が、駄々をこねる子供のようだった、と思う僕は、学校に来ても酷いやつだと思った。


 こんなことになるなら、先輩と「学校に来る」なんて約束するんじゃなかった……。


 ──あ、そうだ、先輩。


 家を出たら千代がいて、成り行きで一緒に登校したけど……。

 僕は先輩との約束を思い出した。


 ──私に会いに来て。


 朝のホームルームが始まる前に、二年生の教室へと向かった。

 幸い、僕の顔は知られていないので、腫れ物を扱う声はない。しかし、二年生の教室廊下に、場違い的に存在している一年生の存在が悪目立ちしているように感じる。

 その点、早く先輩を見つけたいという衝動に拍車をかける。


 先輩、一人で学校に来られたんだろうか。

 腫れ物扱いされて、孤立していないだろうか。


 願いもむなしく、朝のホームルームを伝える鐘が、校舎に響き渡った。




 昼休み、再び先輩を探して二年生の教室へと足を運んだ。

 朝の時は、ただ見て探すだけだったが、今度は全ての教室にいる人に聞いて回ろうと決めていた。

 ────一組、違う。

 ────二組、違う。

  反応があったのは、三組だった。


「あの、春川沙奈先輩を探しているんですけど……」


 話を聞いてくれた女生徒は、困った表情をして黙り込んだ。


「どこにいるか、教えて頂けませんか?」


 丁寧に聞いたつもりだが、相手の表情が一向に変わらない。

 そして、ゆっくりと口を開いた。


「今朝、亡くなった、って……」

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