第28話 千歳の灯火
「そろそろゲームはいいかなぁ」
「どうします?」
今日は沙奈先輩が僕
の家に遊びに来ていた。いつものように、親は二人とも仕事で留守な為、家には二人きりだ。前々から遊びに来たいと言っていた先輩の願望が叶った形になる。
ふと、白熱したテレビゲームのリザルト画面で手が止まる。
「うーん、ちょっと休憩」
そう言うと、床に腰掛けているのが少し窮屈だったのか、ベッドに座りなおす。僕もそれに倣って、先輩の隣に座る。
お互いに「好き」と言い合ったのに、僕はやはりどこか怖い。今まで以上に距離が近くなったはずなのに、何か一つ間違えるだけで、とてつもない距離が開いてしまう気がしてならない。
「先輩は、どうして、好きになったんですか……?」
こんなんだから、弱音だって出てしまう。
「うーん、どうしてって言われてもなぁ、千歳君だからとしか言い様ないんだけど……」
答えに困った台詞の割に、笑みが浮かんでいる。
その笑いは下らない質問という苦笑なのか、それとも照れ隠しの笑いなのか……。
「君はどう? どうして私が好きになったの?」
僕と同じ質問だ。という事は、先輩も不安になる事もあるのだろうか。いや、先に告白したのは僕だ。何もない状態から「好き」と告白するのと、告白の返事として言う「好き」は意味合いが変わってくる。要は、本心の「好き」か、相手に応じる「好き」かだ。後者は妥協が生まれてくるのである。
「僕も、多分、先輩じゃなきゃダメだったんだと思います」
嘘、偽りのない、心からの言葉。しかし、先輩と同じ答えになってしまった。
この答え方でも違いが見て取れる。「千歳君だから」という言葉には、「千歳君なら良い」という「受け入れられる側に他の人もいる」という含みが存在する。しかし、僕は「先輩じゃなきゃダメ」という、その人以外の介在を許さない言葉だ。
そんな事を考えて、また不安になってしまう。
「恥ずかしいね、こういうの……」
先輩は僕の不安をよそに、恥ずかしげに笑う。
僕は可愛らしい姿を横目で脳に焼き付ける。
「すごいよね、私達。なんか、嬉しくて、たまらないなぁ」
その顔は本当に嬉しそうで、少し顔を赤らめて、僕には眩しい。そして、眩しさが増せば増す程、不安が恐怖を煽ってくる。
確かに嬉しい。両思いである事に、この上ない幸福を感じている。それなのに、どうしてか暗い闇がうごめいているのを感じる。
「……どうしたの?」
遂には、先輩にもバレる始末だ。
体が震えている。半分は嬉しさで感極まった武者震いで、残りの半分が不安と恐怖の深淵に打ち震えている。
僕は、震えを押さえつけるように自分で自分の肩を抱く。
先輩は、そんな僕を横から抱きしめる。
「大丈夫、大丈夫だよ」
そんな言葉が聞こえる。全く根拠のない言葉に聞こえるのに、甘く、とろけるようで、僕の弱いところに優しく触れる。
こんな自分は見せたくない。だって、みっともないから。
そして僕は、正反対の考えが浮かび始める。
先輩はどこまでなら許してくれるだろう。横から抱かれた腕は今の僕を肯定してくれているものだろうか。こんな、僕の嫌いな僕でも、受け入れるという事だろうか。
「僕は、先輩の事、好きなのに、信じたいのに、どうしてこんなに不安になってしまうんでしょうか……?」
「君はこういうの、久々なんじゃないかな?」
「こういうの……?」
先輩の腕が外れると同時に、僕は先輩の顔を見上げた。
「肯定される事だよ。私が聞いた千歳君は、いつもどこか心細くて、孤独だった。私もそうだったから、なんとなくだけど、そうかなぁって」
先輩から見た僕は、多分間違っていない。孤独だったと思う。
そして先輩の過去については知らない事も多い。しかし、同じ境遇という事には驚きはしない。先輩が弱みを見せてくれた事もあったから。結局は、お互いにどこか同じ傷を負っているのだと、勝手に理解していた。
先輩が少し顔を赤らめて言葉を続ける。
「だから、君と接するうちに、誰かといる事の心地よさを覚えてしまったのかな……。私の場合、その対象が千歳君だった訳で……」
目を少し逸らしているのは、本物の気持ちの裏付けに思えた。
信じている事が実際に目の前にあるとすれば、僕は少しでも素直になって、恐怖に打ち勝つ事が出来るかもしれない。それなら……。
僕は、先輩の肩を掴み、ゆっくりとその体を押し倒した。先輩は抵抗せずに、黙って僕の腕の力に従った。しかし、その華奢な肩は微かに震えていた。
震えているのは僕だけじゃない。そう思える事が、僕の気持ちを強固にしていく。
「……良い……ですか……?」
「うん、嬉しい……」
先輩は僕が聞いた中で、一番明るい返事をした。
それから僕たちは、指を絡めて握り合い、唇を重ねた。
冬場に似合わず、お互いに汗ばんでいく体は、二人の理性をぼやけさせながら内に秘めた想いを爆発させた。
どのくらいの時間、僕たちはこうしていられるのだろう。
荒れた息がゆっくりと戻り、徐々に冷静さと疲労感が押し寄せてくる。
僕は、仰向けになっている先輩の胸に顔を埋めていた。──先輩の心臓の音がする。
「嬉しいなぁ……」
ポツリとこぼれ出た様に先輩がつぶやいた。
そんなにも、僕の事を好いていたのかと思うと、今の自分を肯定していけるような気がした。
それでも、男としてのプライドが、罪悪感となって疼く。
「すみません、勢い……とか、それに、こんな……」
自分の理性で上半身を起こそうとしたが、先輩に「このまま……」と、首に両腕を回されて再びうつ伏せになる。
「もう少し、こうしていさせて」
今度は、先輩の顔のすぐ横、先輩の香りが髪の毛から漂ってくる。
そんな僕には、無言の了承以外にない。
「先輩、僕はやはり男なので、こういうのは……」
「ケダモノになっちゃうの?」
いつもの意地悪な笑顔を横目で見やると、同じくその笑顔の横目と目が合った。
「ケダモノでも、私は好きだよ」
すぐそういう事言う。やっぱり、先輩はずるい。
「僕はそんな頻繁に好きなんて言えませんよ」
「でも、ちゃんと言えたよね」
こういうところが、小悪魔。弄ばれているとわかっているのに、好きで可愛くてたまらない。
「ねぇ」と、先輩が言葉を繋ぐ。
「好き、っていう事みたいに、もう一つ頑張ってみない?」
「何をですか?」
「明日一緒に、学校行こうよ」
その言葉を聞いた瞬間、体が一瞬で凍りついた。先輩の肌に触れている部分だけが、小さな温もりとなっている。
今までずっと同じだと思っていた。これからも変わらないと、信じていた。それなのに、その象徴たる先輩が、僕を……。
「なん、で?」
「私、千歳君と会えて変わった。変われたんだよ。学校に行ってみたいって、思えるようになったんだよ。でも、私一人のままじゃ、きっと行けない。だから、千歳君の力を貸して欲しい」
先輩の視線はいつの間にか天井を向いていた。
しかし、僕は先輩と同じ気がしていた。二人でなら、なんでもできる。
そっと体を抱きしめられ、徐々に氷が溶ける。柔らかな温もりが広がり、僕にもう一つの決意をさせる。
「学校に着いたら、私に会いに来て」
その言葉を最後に、先輩と僕との間に決意が結ばれた。
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