第27話 悠真と宣戦布告
悠真君が千歳君の家に行ってからというもの、真衣計画の進捗は遅れていた。理由は簡単で、僕が頭のどこかで千歳の事を気にしているからだ。それだけじゃない。僕は千代とも距離を空けるような事をしてしまったのだ。
意識しなくてもできていた事が、今では意識していても上手くいかない。今までどのようにして仕事をこなしてきたのか、何を考えて手を動かしていたのか、まるで思い出せない。
それでも、やらなければならない事は目の前にある。
今日も、寒い生徒会室は二人だけの作業が進められていた。
「ちょっと休憩しない?」
「あぁ、ごめん、また何かボーっとしちゃってたみたいで……」
「悠真、眼鏡変えてから調子悪くない? やっぱり前の方が良かったんじゃ……」
「眼鏡は関係ないだろー?」
片手を振りながら、面倒くさそうに答える。
眼鏡のレンズにひびが入っただけなので、レンズだけを取り替えて貰えば良かったのだが、フレームごと変えることにした。なぜなら、眼鏡は僕のバイタリティでもあるからだ。傷ついたものが治っても、犯した罪は消えない。だから、眼鏡を変えたのだ。
「紅茶で良い?」
結衣の言葉で休憩を挟む。タイミングはバラバラだが、一人の世界に落ちてしまう僕を、結衣はいちいち拾い上げてくれる。
「うん、ありがとう」
結衣はお湯を沸かして、二人分のカップとティーバッグを戸棚から取り出す。
僕は、パソコンの机から、中央の長机に体を移す。誰も座っていなかったせいもあり、座った時の冷たさは、体全体を震え上がらせる程のものだった。
やかんの甲高い声と同時に火を止めて、カップにお湯を注ぐ。
「はい、どうぞ」
結衣が選んだカップは花柄があしらわれた、可愛らしくて上品なカップだった。今の僕にこんな上品な品は似合うだろうか。
二、三回紅茶の水面に息を吹きかけ、音に気をつけながら唇を近づけてすすってみる。
想像通り熱くて多分に口に運ぶ事は出来なかったが、その熱さは温もりに変わり、体を駆け巡る。
「大丈夫?」
「まぁね、っていうか大丈夫じゃなくても、やらないとだからね」
結衣もカップを両手で包み込むように持ち上げ、紅茶を口にする。
結衣から心配されている事はわかっている。それでも、前みたいに休養日を取るわけにはいかない。真衣計画は完璧が要求される。その完璧さは、批判を受け付けるだけのものであってはならない。やる事前提の計画であるからだ。
僕のブレーキのせいでだいぶ結衣が立っている時間と走り回っている時間が長くなってきている。
「無理しないでよ? 真衣計画は、私がいなくても完遂できるだろうけど、悠真君がダウンしたら元も子もないんだから」
「そんな事言って、実際は結衣のおかげで進んでいるよ。結衣がいなければ、真衣計画は日の目を見ないよ」
「そ、そんなこと……」
慌てて両手を横に振りながら僕の言葉を否定する。
そんな和やかな休憩時間から、再び作業に戻ろうとしたその時、誰も訪れるはずないと思っていた生徒会室に訪問者が現れた。
「おー、君達、熱心に何をしているかな?」
その正体は現生徒会長の
「青山会長、どうしてここに!?」
当然の質問を投げかけたのは結衣だ。
両手を机に置いて、勢いよく立ち上がったせいで、椅子が後ろに滑って行き、棚に衝突する。誰が見ても分かる通り、動揺を隠せていない。
「そんなに慌てなくとも良いじゃない。僕は生徒会長だからここに来ても何ら問題ないでしょう?」
表情が笑顔で固定されているのにも関わらず、言葉と声のトーンが異様な恐怖を煽り、僕らを怯ませる。
そして、会長から発せられるオーラは、敵意を思わせるものだった。
「それじゃあ君達はどうなの? 二人だけでお茶でもしてたの?」
「そんなんじゃありません! 私達、生徒会役員選挙の事ですっ!」
きっぱりと結衣は言い放つ。しかし、会長は全くもって動じない。
「なるほど、選挙の準備ですか。今は行事も無いので、前もって使う事にはなんら問題はありません」
ずんずんと生徒会室に入ってくる会長。その距離が縮まるにつれ、その敵意に圧倒されそうになる。
そしてもう一人、出入り口のところで女子生徒が立っている。
「あ、紹介します。次期生徒会長の
「初めまして、二年の清水菖蒲です」
「なっ……!?」
「えっ……!?」
僕と結衣は同時に同じ様なリアクションをした。
そして、次にお互いの顔を見つめあう。
「何やら、次期生徒会長が一年から出る、みたいな噂を聞いたので、一応生徒会内で確認をしておこうかと」
「で、でも! 生徒会の経験が……」
「結衣さん、生徒会長は、生徒会役員を経験した人だけができるものではありません。この学校の事をよく知る人が適任とされます。その点において、一年の誰かよりも、二年の菖蒲さんの方が学校のことをよく知り、今より良くしてくれるでしょう」
「私達だって、不登校ゼロの取り組みを……」
「結衣っ!!」
僕は慌てて立ち上がり、結衣の言葉を制止する。
噛み付く様な結衣の態度は危険だ。真衣計画の事も知られてしまうかもしれない。悟られてしまった瞬間に破産するかもしれない。結衣には、一旦冷静になってもらう必要がある。
しかし、この揚げ足を会長が見逃すはずがない。
「へぇ〜! それはどんなものか聞かせて欲しいですね〜! ただでさえ先生方が苦労しているというのに、生徒会がどうすると? 第一、不登校の気持ちなんて、僕らにはわからないでしょ? 余計に傷つけて、悪化させたらどう責任を取って、どうやって本人やその家族に詫びるつもりですか?」
千歳と千代の事が頭によぎる。僕が傷口を広げてしまった事、新たな傷を作ってしまった事、それが指す事は、不登校を理解できていないという事実だ。僕はとてつもなく強大で、脆く、デリケートなものと戦っているのだ。
急に体が重くなり、めまいがする。僕は机に手をついてバランスを取る。
「菖蒲さんはただ単に、新しい生徒会長というだけではありません。創立以来、初の女性生徒会長という期待もあります。更に、生徒会に入っていないながらも、二年生や三年生からも人望があります。大体、歴代の人は二年生が生徒会長になってるんですよ」
青山会長が言わんとしている事は、「一年で生徒会長になり、来年も生徒会長になる気か?」という脅しだ。それは、先輩に取っては面白い事ではないだろう。
一年生が生徒会長になる事は、校則上はなんら問題ないが、二年生、ひいては来年三年生になる人が適任とされてきた。それは、学校生活の経験の差が大きな理由だ。
「まぁ、生徒会役員選挙は喧嘩ではありません。お互いに頑張りましょう」
そう言うと、青山会長は部屋を出て行った。続けて、菖蒲さんが一礼をして、廊下へ出て行く。
ぴしゃりと扉が閉まると、妙な静けさだけが残った。
僕はぐったりと椅子に座りなおす。冬場だというのに、少しばかり汗が額に浮き出ていた。
「絶対、見返そうね! でも、今日はもう切り上げる?」
結衣が明るく僕に話しかけてくれる。それでも、返事をする事が出来ないのは、ものすごく疲れているからだ。
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