第17話 結衣と君の真衣計画


 生徒会室に入って、挨拶を交わす。


「今日も資料作り、お疲れ様」

「いや、結衣もね」


 この時期の生徒会室に入ってくる人はいない。よって、パソコンも使い放題、誘惑がない、静か、この状況が資料作りにふさわしくない、なんて思う人はいるのだろうか。


「予算は、毎年行っている行事の、使われないのに購入しているものとか、使うけど毎年余っているもの等からかき集めれば、何とかなるかな」

「ちょっと会計資料見てみるね」


 しかし、手が足りないのもまた事実で、ファイル一つ探すのにも時間がかかってしまう。それに、一年故に目的の資料の大まかな配置もあやふやだ。まるで、宝探しをしているかのような感覚になる。


「あ、そういえばさ、これ、生徒会に提出して、先生に承認されて公布するだけで良いのかな」

「ん? どういう事?」

「いや、まだ先の話かもしれないけど、このままだったら、せっかく学校が楽しくなるような取り組みが実現されても、知らないままの生徒が出てきてしまうんじゃないか、って思って」

「なるほど、公布したところで、全校生徒に伝わるかはわからないからね……」


 思わぬところで手が止まってしまう。最も、全校生徒に楽しんでもらえる取り組みでなければならない事は必須条件なのだが、それが施行されたということと、どういうシステムになっているのかを把握できなければ、無いのも同然だ。

 私も無い頭で考えてみることにする。


「放送を流すのはどう?」

「うーん……急に、今日から始めます! って言われたら戸惑うんじゃないかな? それに、詳細が全て伝わるわけじゃない」

「確かに、じゃあ、試験期間を設けるのは?」

「それでも、試験期間を知らずに過ごす人が出てしまうかも……根本はこの計画を前もって実施することを伝えるのが大事だと思う」

「じゃあ、どうするの〜!」


 実施可能にこぎつけられても、普及出来無いじゃない!

 少し焦る私に対して、悠真君は冷静な表情で考えを巡らせている。


「僕はあまり好きじゃないけど、少し強引な手にしようと思う」

「強引な手?」


 悠真君はパソコンの前で両肘を立てて指を組む。


 「二月上旬の生徒会役員選挙の最終演説で公約として宣言するんだ。そうすれば否応なく全校生徒に聞いてもらえるはず。それに、全校生徒の前で公約発表をすれば、先生と現生徒会の介入を受けない。更に、もしも僕の当選確実が本当ならば、その両者は否応なく実現させなければならなくなる」


 正直、こんな発想は何年経っても思いつかなかっただろう。悠真君の本気度、そして自分の立場を利用した戦略、更に極限まで敵を減らして味方につけてしまうという、まさしく奇策だった。


「なるほど、ということは、資料の他にも原稿形式のものも作った方が良いかも……」

「おっ、乗る気になった?」

「何言ってるの、最初から乗ってるでしょ」

「ありがとう」


 先生や現生徒会、更に上手くいけば委員会、部活の協力も頼めるかもしれない。全ては生徒会役員選挙の演説にかかっている。


「あ、そうだ。結衣、せっかくだから君に応援代表を頼みたいんだけど、良い?」

「え、あ、はい……」


 やった、応援代表としてしっかりサポートしなきゃ。

 私は身が引き締まる思いがした。やはり私は生徒会の仕事が好きらしい。何より、悠真君と二人という空間で、というのが嬉しかった。そして更に、嬉しいことが続いた。


「それと、これは演説まで秘密にしておいた方が良いかな。だから、二人だけの秘密ね」

「りょーかい」

「あと、この事は名前無いと呼びにくいから、“真衣計画”って事にしようと思うんだけど、良い?」

「まころもけいかく?」

「そ! 悠真の“真”と結衣の“衣”で、真衣計画って事で……大丈夫!?」


 手に持っていたファイルを落としてしまった。

 私の中の体温計が天井を目指して急上昇し、メーターを振り切り、足元がふらつく。


「だい、じょうぶ、です……」


 大丈夫なわけないでしょ! このまま空飛べそうな勢いだわ! なんなの、応援代表に指名されたと思ったら、二人の名前を合わせた計画名が出てきて、二人だけの秘密って……。カップルかよ! ってか、もうカップルで良いのでは!?


「大丈夫なら良いんだけど……」

「えぇ、本当に、大丈夫だから!」

「そっか、とりあえず、僕が生徒会長に当選確実だとしても、真衣計画を魅力あるものにしないとね。当初の早期導入は叶わないとはいえ、生徒会役員選挙も遠い訳じゃないし」

「だね、しっかり組み立てなきゃ!」


 冷静に分析すれば、今の時点での真衣計画は、どっちに倒れてもおかしくない。だからこそ、真衣計画を悠真君の追い風にしなければならない。そして、真衣計画は悠真君の足かせとなってはいけない。


「それにしても、よくそんな先生から反感買いそうな事しようと思ったね」

「せっかくの生徒会役員選挙だし、少し面白くなるんじゃないかと思ってね。それに、ただ話を聞くだけじゃ、一般生徒もつまらんでしょ」


 生徒会最終演説、それが終わった後すぐに投票となる。つまり、投票直前に一つ爆弾を投下しようというのだ。当然、一番焦るのは先生方だろう。何せ、投票権も持たず、演説を止めることも出来なければ、投票の誘導も出来ない。

 もし、当選後に公約が果たされなければ、先生方の圧力ということが明白になる。先生の圧力がまかり通るならば、生徒会選挙の意味がなくなり、生徒会の存在意義もなくなる。それでは、教育委員会やPTAが黙っていない。

 私が思いつくところでは、完璧な作戦だ。


「悠真も結構大胆なところあるんだね」

「そんな僕についてくる君も十分大胆だろ?」


 そんな洋画で出てきそうなやり取りに、笑い声が室内に広がった。

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