第14話 悠真は君に染まる


 僕はまた、千代と一緒に帰ろうとしていた。


「ねぇ、今日も良いの?」

「12月は学校行事が殆ど無いから、生徒会も学級委員も特にやる事無いんだよ」


 とは言ったものの、千代が帰るタイミングを見計らっているのは内緒だ。


「悠真は運動もできるし、頭も良いんだから、どこかの部活に入れば良いのに」

「いやー、生徒会やってると、部活が中途半端になっちゃうからなぁ……」

「なるほどねー」


 こういう考え方はナルシストっぽくて嫌いだが、千代が僕の事を案ずる事は嬉しい。でも、ネガティブに捉えれば、「一緒に帰りたく無い」という意思の表れとも受け取れるが、前者で考えることにする。


「そういう千代は、どうして部活入らないの?」


 とても単純な、素朴な疑問のつもりだった。しかし、千代は、少し困ったような表情をした。何か答えたく無い事だっただろうか……。


「あー、うん、ちょっと寄るところがあって……」

「ふーん、そうなんだ」


 千代は取り繕うように笑って答えた。

 一瞬塾かと思ったが、塾なら塾と言うだろうから、聞かれたくない事だったのだろう。

 多分、こういう時は話題を変える事が吉だろう。


「あのさ、今、学校の通例行事がないからさ、何かできないかって思ってるんだよね」

「何かって?」

「ほら、学校が楽しくなるような工夫! 前に話した」

「あぁ、あれね! ちゃんと考えててくれたんだ……」


 千代が少し嬉しそうな顔をする。一々千代の表情を伺ってしまう僕は、やはりどこかおかしいと思う。それでも、彼女がいなければきっとこの気持ちには巡り会う事はなかった。千代がいるから、僕にはこの気持ちがあるのだ。


「でもまぁ、目的が目的だからなぁ……」

「難しい事は前の話からわかるんだけど、具体的にはどういう事が難しいの?」

「まず、なぜ学校を楽しめないのかの実態調査。そして、学校を楽しんでもらうための雰囲気作り、更に、先生の協力とか、準備段階だけでもだいぶ苦労するかもね……」

「うわー……」

「やる事自体は、可能だと思う。行事が無いから暇してる生徒も多いし、先生には僕が掛け合えば多少融通が利くだろうから」


 なんて話してても千代はあんまり興味がないのだろうと思う。実現できるという事は可能、という事は千代もわかっている。千代の目的は、「学校を楽しいと思って欲しい誰か」を楽しんで貰えばそれで良いのだ。

 しかし、僕の「学校全体で」というオブラートは、きっと気付かない。千代が喜ぶならば、学校全体を利用してでも成功させて見せようではないか。


「色々、ありがとうね」

「まぁ、僕としても、学校生活が楽しくなきゃ、色んな事をこなすのも少しは楽になると思うし」

「そんな事言ってー! 本当は、何でも御座れなんでしょ」

「いや、僕にもできない事ぐらいあるよ」

「そうなの?」


 純粋な懐疑的瞳に、僕は心の中で例題を出した。とても恥ずかしくて、言うのがためらわれるような、そんな例を。

 僕が手を伸ばしても、今はこちらに見向きもしないのに、こうやって興味ありげな目をするのはずるいと思う。


「僕だって、千代と同じ人間だよ? できない事ぐらいあるよ。当然、千代にできて、僕にできない事も」

「そんな事、あるのかなぁ……」

「あるよ、気付かないだけでさ」


 励ます様に笑顔を振りまいてみせる。また何だか上からみたいになったが、考えている千代の表情が少し楽になった気がした。


「まぁ、それが何かわからないけど、ありがとっ!」


 にっ! っと微笑む彼女は、やっぱり可愛い。女性に対して、いや、生まれて初めて感じた可愛いという感覚が僕の胸が締め付ける。そんな時、理性を狂わせ、低い可能性すら過大評価してしまうのだから、恋は恐ろしい。


「あのさ、良かったら聞かせてもらえないかな。千代が学校を楽しんで欲しいって思っている人のこと……」

「えっ……」


 その場の雰囲気がガラリと変わる。千代の表情も少し暗くなる。考え込む様に視線を落とし、顎の辺りに手を添える。きっと、言うのにも勇気がいることなのだろう。


「何で学校が楽しめないのか、どうしたら学校を楽しめるのか、そのヒントを得られたらって思うから、教えて欲しい。参考までに……」


 千代は全く表情を変えない。悩む仕草も。

 よくよく考えれば、無理のある話でもある。しかし、千代の望みならば、是非とも口にして欲しかった。そうすることで、僕の明確な目標が生まれる。


「不登校、なんだ……その人」

「そっか、不登校、なんだね……」


不登校、そのワードを聞いた瞬間、僕は久しぶりに恐怖を感じた。千代が抱えている悩みの深さ故だと思った。しかし、引き下がる訳にはいかない。


「その人に会うことって、可能だったりする?」

「どうだろう……。会える、とは思うけど……」

「なら、会ってみたい。僕も一時期不登校になりかけてたから、力になれることがあるかもしれない。それに、不登校の人からもなぜ学校に来れないのか聞いていきたいし、どうだろう?」

「うん、それなら、今度……」


 あまり乗り気でないことがはっきりと伝わる。恐らく、千代はあまり説得をしていないのではないだろうか。早く学校に戻って来て欲しいと願うならば、積極的に説得をして、誰からの協力でも快く受け入れると思う。

 しかし、そうではないとなると、その人から嫌われたくない、拒絶されたくない、という気持ちが勝っているのだろう。それで、自分以外の誰かを連れて来た時に、その責任が自分に向けられることを恐れている。

 やはり、僕も少し怖い。


「千代、大丈夫だって」


 千代の頭をポンポンと二度優しく叩く。

 強がって見せなければ、安心させなければ、そんな気持ちが起こした行動だった。自分も怖いことを、裏に隠しながら。

 千代はそれでも満足の返事はなかった。


 と、その時、見知った人影が、向こうからこちらに歩いてきていた。


「あれ……?」

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