第13話 駒木 結衣(こまき ゆい)

 私は生徒会活動が好きだ。中学校時代、運動部に入るような体力もなければ、文化部のようにまったりとした雰囲気も何だか合わない気がした。それならばと始めた生徒会が、私には天職に思えた。でも、本当は生徒会の仕事自体ではなく、ある一人の男子生徒のおかげと考えることもできた。


「今日も、誰も来ないのかなぁ……」


 生徒会室で一人、長机を二つくっつけたところの一番端に座って、頭を突っ伏し、足をぶらつかせる。

 年間を通して、この時期に行事がないのは毎年のことだ。理由は単純で、三年生の先輩の受験に対する配慮からだ。行事の企画・運営としての仕事がない今、生徒会室は冬の訪れを吸い込むだけの冷蔵庫と化していた。

 それでも、この部屋にいるのは、小平悠真その人を一番に感じられるからだ。


「おっ、開いてる……」


 そう言って、入ってきたのは、私が待ち望んでいた人だった。


「結衣、いたのか」

「まぁ、なんとなく?」

「こんなに寒いのに?」

「うん、だって、なんとなくだもん」


 悠真君は「理由になっているのか、なっていないのかわからないけど、そうなんだ」と返して、部屋に入り扉を閉める。

 予想外の訪問者に、体が一気に火照る。生徒会室に二人きり、臨んだ展開ではあるけれど、それがかなった今、どうすればいいのか私にはわからない。


「でも、丁度良かった」

「何が?」

「新たに行事をやろうと思うんだ」


 予想外の言葉に、私は目を丸くする。私の正面に座り、荷物を机の上に置く。


「でも、先輩方の受験が……」

「先輩方も息抜きが必要だと思うんだ。それに、目的は学校生活が楽しいと恒常的に思えるようなことだ。一発の行事で終わらせるつもりはないよ」


 毅然とした態度で語る悠真はやはり私の目標そのもので、それに似合うような人になるという事も、改めて意識する。

 悠真君は再び立ち上がると、右手親指と中指、薬指で眼鏡の智を持ち上げる。そして、生徒会室の正面にあるホワイトボードに向かって、水性ペンを走らせ始める。


「えっと、それじゃあ、目標はどんな感じに?」

「勉学意欲の向上、人間関係の新構築・再構築、そして不登校の解消、っと、こんな感じかな」

「うーん、前二つの項目はともかく、不登校って……難しそう」

「ごもっともな意見だね。まぁ、今日は提案の書類を作ろうと思ってね。出来れば、具体的な例も考えようかと思ってたんだ」


 悠真君は生徒会室のパソコンを使い、資料を作りの為に生徒会室を訪れたのか。ざっくりとした話ではあるけど、反対する理由が見つからない。しかし、気になる事が一つ。


「どうしてこの時期になって、学校生活の雰囲気改善なんか……」

「僕たち一年生は、学校に慣れるのに多く見積もって2カ月、そこから半年たった今こそ、一年生も学校の一員として学校の為に学校の事を考えてもいいと思うんだ。それに、勉強が難しくて学校が楽しくないという意見もあったしね。そもそも、僕も学校が楽しくなればいいなって」


 同じ高校生の考え方とは思えない答弁に、私は舌を巻いてしまう。こんな風に自立性を持った人に追いつきたいと思った。悠真の、私では考え至らない所、いつも驚かされるところが好きだ。


「私、手伝っても良いかな……?」

「うん、助かる」


 こうして、冬の生徒会が始まった。

 とりあえずは、過去の資料から当たる事になった。生徒会でやりたい事全てが実現されるわけではない為、廃案からもヒントが得られるかもしれなかったからだ。それに付け加え、資料の整理等も兼ねている。


「とりあえず、今日の落とし所としては、運営は生徒会で、先生方の援助を受けつつ、って感じだね。そして議題としては、いつから、どこで、何を、どのように、といった項目があげられそうだね」

「確かに、廃案のほとんどはその項目のどれかが抜けているみたいだし。流石、次期生徒会長の小平悠真……」

「ちょっと、やめてよー、次期生徒会副委員長の駒木結衣さん」

「なっ……!!」


 確かに私が狙っているポストだけどもっ!!

 悠真君は、私の発言とは裏腹にからかっているつもりで、ケタケタと笑う。

 これは、ずるい……。


「さて、時間も良い感じだし、そろそろ帰るね」

「あっ、良かったら一緒に……」

「ごめん、人を待たせてるから」

「そう、なんだ……」


 そう言うと、鞄を持って扉の方へと向かっていく。二人だけの時間が終わろうとしている。しかし、私に止める勇気はなかった。


「今日はありがとう。部屋の鍵、よろしくね。あ、あと……」


 扉の前で立ち止まると、おもむろにこちらを振り向いた。


「違ってたら、ごめんだけど……前髪、切った?」

「ひぇっ!」


 つい、空気を吸い込んでしまうような声が出る。何せ、今日登校してきて、クラスの誰からも気付かれなかった事だ。


「え、あ、うん、少し……切った」


 せっかく切ったのに、恥ずかしくなって前髪を顔の方に向かって、元の長さになるように触る。


「そっか、それじゃ、またね!」

「あ、うん、また……」


 扉が閉まり、再び生徒会室に一人。私はその場でしゃがみこんで顔を押さえた。

 気付いて貰えた。変化に気付くって事は、私の事、よく見てたって事だよね!? いやいや! 絶対に幻想に過ぎないから! 変化に気付く=好き、ってなるほど、世の中簡単にできてないからっ!!


「あぁ、もうっ!! 早く明日にならないかなぁ、なんて……」


 しばらく歓喜の余韻に浸り、この時期特有の寒さと夜に向かう事を知らせる気温低下が私の火照りを冷ましたところで私は生徒会室を後にした。

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