第12話 千歳のそれは願いで、崩壊で、苦しくて。
「なんか、最近どんどん寒くなって来てるけど、晴れの日が多くて助かるよねー」
「そうですね、晴れてくれた方が、少し寒さも柔らぐ気がします」
「うーん、そういう意味じゃないんだけどなぁー」
どういう意図があって晴れだと嬉しいのか、疑問にはなったものの、聞くことができなかった。なぜなら、先輩は僕を差し置いて、走り出したからだ。
この間とは違う公園に着いた為だった。この間立ち寄った公園とは違い、春には桜、秋には紅葉で賑わうような、草原と木々を敷き詰めた公園だ。遊具は一つも無い。
「んー! 気持ち良いぃー!!」
先輩は公園の真ん中(正確に真ん中かはわからないけど)、で両手を広げて、太陽の光を目一杯に吸い込んでいた。まるで、芽を出したばかりの双子葉類のようだった。
「君もおいでよ!」
こちらに向き直って、手を差し伸べる。
木の陰から先輩を見ていた僕には、眩しすぎるほどに輝いていた。
──僕は、その姿に見惚れていた、と思う。
「ほら、行こっ!」
こちらに小走りで走ってきた先輩は、僕の垂れ下がった右手をとって、公園の真ん中、日の光が一番当たるところへ連れ出してくれた。僕の手を引く先輩の手、少し寒さで冷たくて、僕の手の温もりが伝わっているのではと考えてしまう。そう考えると、緊張のような、恐怖のような感情が、胸にじわりと波紋を立てた。
「冬でも、しっかり温かいね」
「日の光が、こんなに温かいなんて知らなかったです……」
「ううん、君の手」
「え?」
反射的に先輩を見る。先輩は顔を太陽に向けて、目を閉じていた。まるで、あらゆる温もりを体全体で感じるかのように。
僕の反射的な疑問が届いたかどうかもわからなかったが、それでも良いと思った。先輩に習い、真横に並んで太陽に向かって目を閉じる。
すると、見えないものが見えてきた。それは、風によるものだろう。揺らす木の葉は無くとも、耳で聞こえるし、肌で感じる。冬の公園の独特の香りを運んでくる。
日の光に包まれながら感じるこれらは、僕に嬉々とした感情を植え付け、汚れを洗い流してくれるような気がした。
ゆっくりと、目を開ける。
「どう? 魔法みたいでしょ?」
先に目を開いていた、先輩が僕に聞いてくる。
日の光に輝く表情、僅かな風に揺られる髪が、先輩の魅力を前面に引き出す。
「はい。自然ってすごいですね。冬って、あらゆるものが眠る季節だと思ってましたが、息づかいというか、ちゃんと生きているって感じられました」
「君って、以外と詩人だね!」
「先輩が言わせたんじゃないですかっ!」
そんな反論でも、先輩は明るく微笑んで、楽しそうで、この間の弱さとも、それ以前の笑顔とも違う気がした。いや、僕がそう見えるだけだろうか。
「千歳君さ、いい表情するようになったよね!」
正直、驚いた。自分では全く意識していなかったから。不登校になってからは、自分の表情など気にしたことはなかった。
そのせいで、僕の口がぎこちなくなってしまう。
「そう、ですか……」
「うん、笑った顔、初めて見たかも」
意識の外の話の手前、僕は自分がどんな表情をしているのか考え出してしまう。自分は、今、どういう顔をしているのだろう……。
考えている内に、ずっと握られたままの手が解かれ、先輩は一、二歩下がる。
「やっぱり、世界は無限に広かったみたい。こんなに君の近くにいても、気づかないことがあったんだから……」
再び両手を広げて、今度はゆっくりと回り始める。僕自身もあまり見たことがないけれど、バレエとかワルツとかのようなものではなく、かといってコマのように無機質な回り方でもない、命を持った型にはまらない回り方に感じた。
「……沙奈、先輩」
僕は、無意識に名前を呼んでいた。きっと先輩には届かない声で。天使とか妖精を見るかのような神々しさに、僕は目線の先に映るその姿を──美しいと思った。
何回か回ると、捧げ物を献上するかのように両手を掲げ、胸の前で両拳を握りしめる。そして、再び僕に手を差し伸べた。
「晴れると嬉しいのは、こうやって君に会えるから、なんだよ」
その瞳がキラリと輝いた気がした。手を差し伸べられたのだから、することはわかっている。すると、なぜか泣きたい衝動にかられた。訳がわからなかった。心がとてつもなく震えている。嬉しい、のだと思う……。
僕は、手を伸ばした。優しく繋がれた手は、先程とは違い、先輩の温もりも感じるようになっていた。
「帰ろうか」
「はい……」
泣きそうなことに注意してから、手をつないで帰路についた。
この気持ちはきっと、僕にとって世界一無駄で、無意味なものだ。叶うはずもないのに、叶えたいと願い、願うことも期待と不安の想像で張り詰めては壊れていく。僕がこの気持ちに素直になるには、あまりにも多くのものを失いすぎた。
触れられないものに、触れている。自分の立場を考えれば、後ろめたさが容赦なく襲ってくる。先輩と僕は違う。わかっているはずなのに、嬉しくて、泣きそうで、熱くて、苦しくて……。
この気持ちの名前は、僕が僕ではなくなってしまうものだ。願いも、望みも、希望も、期待さえ、切り捨てる事で今の僕を作り上げてきたのに、それを壊してどうするんだ。空っぽな事が良かったはずなのに……。
「今日はさ、私、新しい千歳君がいっぱい見られて嬉しかった」
そんな事を言う。こっちの気も知らないで。全く……。
「公園の日を浴びて、元気になったのかもしれませんね」
なんて、冗談を言ってみる。「何それ、植物みたいじゃん!」と笑われてしまうが、それでも良かった。
結局、別れるまで笑い話は絶え間なかった。
今日という時間が、今という時が、永遠に続けばいいのに……。
なんて、絶対に叶わない願いを思う事すら、僕には遠かった。
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