第11話 小平 悠真(こだいら ゆうま)


 世の女性というのは、気遣いのできる男性を好むという。

 そんなネットや雑誌で見た知識などは当てになどしない。そもそも具体性がないのだから、実践するにも、解釈で間違っていたら一発でドボンじゃないか。しかし、好きな人が出来てしまえば話は別だ。いつも彼女の顔を伺い、曇っていれば晴らしてあげたいと思う。


「あ、千代、今帰り?」

「あれ、悠真ゆうま? 生徒会の仕事とか、学級委員の仕事はないの?」

「いつも仕事あるみたいに言うなよ〜」


 綾上千代、僕が恋したその人は、話せば切り替えるように笑顔を咲かせ、周りと綺麗に馴染む。しかし、僕が惚れたのはそこではない。

 彼女に救われた過去がある。その恩返しの為に、彼女を守ると心に誓ったのだ。


「途中まで一緒に帰っても良い?」

「別に、構わないけど……」


 高校で千代に再開したものの、いつからだったか、様子がおかしい様に見える。会話をしている時はそうでもないのだが、一人になると、虚空を焦点に合わせ、時折ため息をついているのだ。

 こういう時、気を使える男性というのは女性が話すまで待つ、という教えが僕を黙らせる。


「もう12月かぁ、そういえば、千代の冬休みの予定は?」

「えー? 気が早くない?」

「だから聞いてるんじゃないか。こういうのは早めに予定たてとかないと」

「うーん、あることはある、かなぁー。まぁ、遊べなくはないけど」

「うし! じゃあ、決まりね! 後で詳細を連絡するから!」


 デートに誘うわけではない。一応は、何人かまとまった人数で遊ぶ予定を立てるつもりだ。今の千代は、恐らく恋愛どころではないだろうから。


「そういえば、この前オープンスクールだったんでしょ!? どうだった!?」


 千代に少し明るい表情に戻ると、僕も決まって少し声の調子が上がる。


「あぁ、なんか、在校生代表挨拶をさせられたよ。僕まだ一年なのになぁ……」

「仕方ないよ〜、悠真すごいからね……。何かあれば、小平こだいら悠真ゆうま。困った時の小平悠真だもんね」


 褒められる、というよりは、同情に近かった。

 実際のところ、僕は彼女に救われてから、あらゆる面で完璧を目指すことにしている。文武両道、品行方正を心がけ続け、今の僕がある。その結果、厚い人望と名声、高い期待を得ている。早くも次期生徒会長の呼び声まで噂されているらしい。そして、今かけている眼鏡も、単純に頭をよく見せる為の嗜みだ。

 しかし、僕にとってはそれが当たり前で、彼女もそれを知っているからこその同情なのだろう。


「別にいいけどさぁ、もっと適当な役職の人がいると思うんだよねー」

「じゃあ、早く生徒会長になっちゃえばー?」

「生徒会長になったところでやる事変わらないんじゃ、今の僕、骨折り損じゃない?」

「確かにー!」


 笑いが二人の間で起こり、空気が少し和む感じがした。

 その一方で、普通に話していればこうして楽しめるのに、千代の裏の姿、本当の心までどうしても届かない。


「千代」

「んー?」

「何か、困った事はない?」


 この質問は、千代の悩みに直接語りかけたものではない。しかし、千代が汲み取ってくれるなら、抱えているものを話して欲しいという願いも含まれている。

 千代は少し考えて答えた。


「うーん、学校の良さ、とか? どうやったら他の人に伝わるかな、って……」


 学校の良さの伝え方、というヒントが得られた。これに対応するところとしては、学校を面倒くさがっている、嫌っている、来たくない、等々考えられるな……。


「学校の良さを伝えてどうするの?」

「学校って、まぁ、行かなきゃいけない場所じゃない? でも、行きたくないとか、そういう人がいるとさ……」


 あはは、と大事なところをはぐらかすように笑う。

 確かに、他の生徒が学校に対してのモチベーションを下げているならば、良さを伝えて学校に来る意義とする事も考えたりする。現に、うちの学校は、結構頭が良いと言われる。その点、勉強に嫌気がさす生徒も多い。


「ねぇ、悠真は学校楽しい?」

「楽しい、とか考えた事ないかも。僕は学校での役割があるから、義務感の方が強いかなぁ……」


 僕は、この返答にほんの少しの嘘を含ませた。それは、楽しいと考えていたことだ。千代がいれば、胸が高鳴り、とても温かい気持ちになれるのだ。恋の相手、というだけで、僕には学校に来る意義がある。

 しかし、僕は彼女の悩みに真剣に向き合わなくてはならない。


「でもさ、学校へ行きたい、楽しいと思えるのは、自分でその意義を見つけられた人だよ。だから、他人から与えられた楽しさで、学校を楽しもうとする人はいないんじゃないかな?」

「自分で、楽しいと思える事、かぁ……何だか難しいね」

「あぁ、とっても」


 正直、学校を盛り上げようとするつもりは無い。なぜなら、僕は得るものだけを得ようとしているからだ。この学校を盛り上げる事から生まれるものより、僕一人の力を示す方がよっぽど将来の為になる。しかし、彼女の為なら、僕の手腕をふるうのも悪くない。


「少し、僕も考えてみるよ」

「ほんと!?」

「あぁ、冬休みに遊ぶ約束してくれたお礼にね」

「ありがとぉー! 私も頑張るっ!」

「じゃあ、僕は校内からの方からアプローチしてみるよ。こう見えて僕に賛同する人多いからね」

「どう見ても賛同者多そうだけどー?」


 「なにそれ、嫌味?」と言わんばかりの目で睨まれる。はっきり言って、可愛い。やっぱり好きだ。それも、たまらない程に。この感情が見えないのは、僕が一人で強くなる為の成果の一つだ。他人に内心を見せてはなら無い。独りぼっちで寂しそうにしていれば、そこにつけ込んでくる輩が必ずいる。そう、舐められては負けなのだ。


「何だか大変そうな、計画になりそうだ……」

「ねぇ、どうして、手伝ってくれるの?」


 心臓を掴まれたように、大きくドキリとした。気を張っていなければ、心のそこにある言葉が飛び出てきそうだった。いや、少し飛び出したのかもしれない。なぜなら、僕の口から出た言葉は……。


「千代だから」


 言ってから、気持ちが伝わってしまうと怯えた。次の千代の言葉が怖かった。千代はどんな表情をしているだろうか、考えは巡るのに、視線が向けられない。


「なにそれぇ〜!」


 バレた、か……?


「悠真、たまにそういう変人っぽいとこあるよね」


 長い長い息をゆっくりと吐いた。どうやら気付かないうちに呼吸を止めていたらしい。安堵の吐息は体感で30秒も吐き出された。

 正直、心のどこかでは伝わってほしい感情があったかもしれないが、こんな気持ちの欠片の告白などダメだ。自分の心を、全て見せるように伝えたい。


「それじゃあねー!」


 気付けば、もう別れ道まで来ていた。

 千代が数歩走って、こちらをもう一度振り返り、大きく手を振る。僕はそれに小さく手を振って応える。

 そして、もう一つわかったことがある。


「千代には、学校の良さを伝えて、楽しんで欲しいと思う人がいる……」


 僕は静かに、親指と中指、薬指で眼鏡の智に触れて上げ直す。

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