第5話 千歳は鎖に追い詰められる

「もしもし?」


 それは、夕食後のこと。部屋に戻り、スマホを見ると見知らぬ番号から着信があったのだ。しかし、着信があったからといって、すぐに掛け直すほど僕は生真面目ではない。むしろその逆のゴミ人間、ゴミ以下だ。だから、僕は掛け直すかどうかで悩む。そして結局かけることにした。電話に出たくないほど気分は下がっていなかったし、番号の前3桁から推測するに携帯番号だ。今掛け直さなくても、今後何度もかかってくる可能性がある。とすれば、一度出て着信拒否にかける。これが、局番だったりすれば、お偉いどころからの電話かもしれないので、着信拒否は出来ない。


『もしもし? 千歳君?』


 その声を聞いた瞬間、数日前に感情をかき乱された記憶が蘇る。この声の主は……。


『私、春川沙奈ですけど……』

「どうしたんですか?」

『実はね、また会えないかと思って……』


 は? また会う? 何を言っているんだ。あれだけの理不尽をぶつけて、気分を害させて、それでもまだ会いたいというのか。なんなんだ、この人は……。


「どうして会おうだなんて思ったんですか。正直、少し悪寒がします」

『そう感じるのも無理無いわね……私、今あなたの事をナンパしているんだもの』


 ますます意味がわからない。一体、何のために僕を誘う必要があるというのだ。考えられるのは、今の状況は罠に引っ掛けようとする類にしか感じられない。いや、そもそも現役のJKがこんな風に男を誘ったりするものだろうか? もちろん否だろう。


「ナンパと言いつつ、全くその気がないように聞こえます。どこか別のところに目的があるんじゃないですか?」

『そうね、あの時の千歳君と同じかも。君もあの時、私を誘う気なんてなかったでしょ?』


 また彼女にペースを持っていかれそうだ……。いや、もう握られているような感覚。別に会話のマウントを取りたいわけじゃない。しかし、会話のしづらさという点で、先輩は長けていた。


『初めて会った日、君は誘う気はなかったのにナンパを間違いだと証明しようとした。でも、そうやって汚名を晴らそうしたのに、通報して良いとか、個人情報をネットに流して良いとか言い出して、真逆の事をしていたよね。不思議に思わないほうがおかしいんじゃないかな?』


 僕の言った事、行った事を、そこまで……。初対面の人に対して、そこまで印象に焼き付けられるものだろうか。いや、言った事も、行動した事も全て僕が出所になっている。とすれば、普通の反応──だろうか。


「僕に会いたい、というのはどういう事でしょうか?」

『興味がある、前に言った通りだよ。一応言っておくけど、ふざけているつもりはないから』

「別に、僕の言動にはそんな面白い事はありません」

『じゃあ、何であの時声をかけたの?』

「だから! 同じ学校の制服で、同じく学校をサボっている人が珍しかったからですっ!」

『なるほど……』


 この人、本当に色々話しにくい。何より、僕が何を言っても決定打にならないことだ。相手を呆れさせることも、嫌いにさせることも、引き下がらせることも叶わない。すぐに電話を切ることも考えたが、このまま切れば、またモヤモヤとした感情を体に溜め込まれる気がした。ならば、いっその事電話を切らせてやろうと思った。

 そして、先輩の話はまだ続く。


『でも、君は本当に珍しいと思う。普通は他人の事をどう考えていようと、本人の前で口に出すって事、なかなかないでしょ?』

「はぁ……それって、つまり……」

『君は私とすれ違った、ただそれだけだったのに、君は声をかけた。これって珍しい事だと思わない?』


 確かに……僕は、頭にもない事を行動に起こしていた。どうやら僕の言動だけで興味を持った訳ではないらしい。本当に、人として興味があるのかもしれない。

 先程までの虫ずが走るような感覚に影が落ち始めた。電話の向こうの調子はきっと変わっていないなずなのに、少し温かみが見えた気がした。でもそれは幻覚なのだろう。多分、僕が先輩の取っ掛かりのような何かをつかんだと思い込んでいるんだろう。


「珍しい、かもですね」

『あー、認めるんだぁ〜!』

「先輩の話を聞くと、なるほどな……と」

『じゃあ私も一つ、君に興味を持って貰おうかなぁ〜』

「……どんな?」

『お!? 興味を持つ気になった?』

「そういう冷やかし、好きじゃないです」


 もういい、乗せられるだけ乗せられてやろう。気の済むまで、付き合ってやる。どうせ僕みたいな奴は最後に笑っていない。それを知っているなら、それまでの経過なんてどうでもいいじゃないか。


『ごめんごめん! では、問題。私はなぜ制服を着て学校をサボっていたでしょう?』

「それは遅刻したからですか?」

『ブブーっ! では第2問、なぜ私は遅刻した訳でも、早退した訳でもないのに、制服を着て街を歩いているでしょう?』

「それは……」

『言わないでっ!』


 突然の声音に、思わず耳からスマホを遠ざけてしまう。問題を出しておきながら、解答させないとか……。

 おそるおそる耳元にスマホを戻し、先輩を窺う。


『どう? 興味、出てきた?』

「まぁ、少しは……」

『そっか、ありがと!』


 先輩はいつもの先輩に戻っていた。そういえば、電話番号を教えて、確認でかけてきた時も、声音を張ることがあったなぁ。


『それじゃあ、君も私も、お互いの事をもっと知り合う事を会う理由にしましょう。今日は遅くなったし、後で予定を送るから。あ、一応、私の番号もかけた時に表示してるはずだから、登録よろしくね! それじゃあ、おやすみなさい!』

「え、あ! ちょっ!」


 先輩はずるい。ただただ一方的に話をして、勝手に物事を進めて、揚げ足をとって。ズルすぎる。ただ、そう感じる事自体、先輩に心を許しつつあるという事なのかもしれない。少なくとも、僕の中では、“全くの他人”ではなくなっていた。


 やっぱり、先輩はズルい。

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