第4話 千歳の気疎さは混沌で
次の日、彼女に言われた通りに同じ時間に同じ場所へと赴いた。そこには、柵に寄りかかって、スマホをいじっている彼女の姿があった。昨日と同じく、学校の制服を着て。
「こ、こんにちは……」
昨日別れてからというもの、彼女の不気味さがつい挨拶に混じって漏れてしまう。今日は、自分がナンパではないと証明するためにやってきたのに、それ以外の何かにも緊張している。
「あ、本当に来た……」
「一応、僕だって勘違いされたくないですし……」
言いつつポケットに忍ばせていた学生証を突き出す。とりあえず、早めに本題の誤解を解こうと動く。彼女は突き出された手に一瞬驚きながらも、その手にある真実を凝視する。これで、僕の身の上は理解してもらえるだろう。
「なーんだ、私の一年後輩じゃない!」
「へ?」
今度は彼女が学生証を取り出し、僕に見せてくる。
「
「よろしく、千歳くん!」
「はぁ……」
別に、よろしくするつもりでここに来たわけじゃないんだけど……。
春川先輩は僕の学生証に目を通したのだから、当然僕の学年と名前も把握した。
「いやぁ〜、そっかぁ! ちゃんと同じ学校の生徒だったんだねぇ〜!」
確かに、僕の経験上、中学高校と制服があてがわれている為、私服で入る機会というのは減っている。その中で、昼間に出歩いている人が「同じ学校の生徒です」だなんて、誰が信じられるだろうか。まぁ、逆に先輩自身が昼間に制服を着て歩いている事自体が不思議なのだが。
「もし、来なかったら、ストーカーって通報するところだったよぉ〜! もしくは、君の顔写真と電話番号をネットに拡散するとかねー」
あれ、罪状違くない? というか、ナンパって罪に問われるの? そういえば、先輩の方の電話番号は教えて貰ってなかった。僕の電話番号はそういう用途で使うつもりだったのか。こういう人を弄ぶようなこと、嫌い。本当に。
「それじゃあ、僕はこれで」
「ん!? ちょっと待ってよ!」
「なんですか? ナンパですか?」
先輩に仕返しをしたつもりだった。僕は昨日と今日、この先輩に弄ばれた。今日会う前までの不気味さは影を潜め、怒りとも取れる感情が流れ始めた。しかし、この感情は無意味だと自分を制御する。
「すみません、言いすぎま……」
「昨日、なんで私を呼び止めたの?」
昨日も同じ事を聞かれた。そして、僕は答える事が出来なかった。もちろん今も答えられる材料など全くない。予めらしくない事をして、自分で墓穴を掘っていたに気付く。自分と同じように学校に行かずに、昼間に外を出歩いている人を見て気になった。しかもその人が同じ学校の人だった。それだけなのに声をかけてしまった。明らかな僕のミスだった。
「ごめんなさい、やっぱり僕はナンパをしました。先輩の言う通りです。気になったので声をかけました」
僕は頭を下げた。本当に下心があったかと聞かれれば否定する。しかし、こうなっては仕方ないじゃないか。理由もなく、異性に声をかけてしまったのだから。それに変に誤魔化すよりも効率的だ。
「ふーん、君、私を誘おうと思ったんだ?」
「その通りです。一目惚れでした。ごめんなさい」
僕は頭を下げたまま言った。
もう、どうでもいい。先輩の思っている通りの最低な人間になってやる。僕を振ってストーカーとして通報するなり、写真と電話番号をネットに晒すなり好きにすればいい。社会的に殺してもらった方が、引きこもる大義名分になる。僕はもう人として落ちるところまで落ちている。だから傷つくこともない。
「顔、あげてくれない?」
僕はゆっくりと頭を戻す。先輩は、手を後ろでつないで、こちら見ている。その表情からは、どんな感情を抱いているのか察することが出来ない。こういう時、人は都合の良い様に解釈してしまう。少し上がった口角、滑らかな垂れ目、先ほどよりも少し細まった瞳、僕は微笑んでいる様に見えていた。
「私は、君に“よろしく”と言ったから、そのナンパを受け入れたことになるんだけど……」
「はぁ……」
「君、顔は中の下だけど、君という人には少し興味あるかな」
は? 何を言っているんだ、この人は。だいぶ前のセリフが倒置法的に通用すると思っているのか? しかも、中の下って、ディスってますよね。僕はこんな結果を望んでいない。もっと、破滅的に、効率的にこの場を終わらせて、普段の生活に戻る予定だった。胸に渦巻く良いとも悪いとも取れない感情が渦を巻いている。いや、考える事を止めよう。
「ごめんなさい。一応ナンパをした身ですけど、人に弄ばれるのは大嫌いです。顔がイマイチとか言っておいて、僕という人に興味がある? ふざけないで下さい。僕はナンパをするようなゴミです。そしてナンパをしておきながら、見下されるのが大嫌いなクズです。僕の事をストーカーとして通報するなり、写真と電話番号をネットに流すなり好きにしてください。では、失礼します」
強引にその場を立ち去る。僕が見た先輩の最後の表情は、呆気にとられたような表情だった。嫌われたって構わない、なんなら嫌われる事が目的なのだ。こんなどうしようもない奴は、一人が似合っているんだ。それなのに、何を勘違いして僕の中に踏み込んで来ようとしてるんだよ。
「クソッ、何モヤモヤしてるんだよ……」
こうやって、人に対しての感情を巡らせるのはとても心地悪かった。考えないように上から蓋をしようとするが、その蓋もまた感情だ。収集のつかない感情が降りに降り積もって、止めどなく体内を駆け巡る。
気付けば、僕は何かから逃げるように走り出していた。
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