第12話 四天王決定
私と魔王様の情事があった夜から数日たったある日、私が廊下を歩いていると、クレアがこちらへ駆けてきた。
「ちょっとあなた!! 何日も何処へ行ってたの!? 心配したじゃない!!」
「心配? どうしてですか? クレアに心配される謂れは無いと思われますが…」
「いやだ、どうしちゃったのその話し方…!? それにその服装は何!?」
クレアが指摘する私の服装とはこのスーツの事だろうか。
エンジ色のベストにジャケットを重ね着した典型的な男性用のスーツなのだが、どこかおかしい所があるのだろうか。
「私は魔王様から魔王様付き補佐官に任命されましたので、服装はそれに見合った物を着ているだけですが何か?」
「魔王様付き補佐官ですって!? どうしてまたそんな事になっているの!? あなたは魔王様の命を狙う程憎んでいたんじゃないの!?」
クレアが感情的を昂らせ私の胸ぐらに掴みかかる。
「確かにそんな時期もありましたが、今の私は魔王ザリュード様を心からお慕いしていますので…」
「まさか…洗脳されたの…?」
「洗脳…?いいえ、あのお方はそんな姑息な事は致しませんよ…あのお方は私を愛してくださいましたので、私はそれにお答えしているだけです」
「…そんな…」
クレアの手から力が抜けていく…何だろう、いたくショックを受けている様だが…。
「ううっ………!!」
私の胸を両手で突っぱねると、クレアは私の横をすり抜け駆け出していった。
すれ違いざまに水滴が宙に舞った…もしかしてこれは涙だろうか。
「あ~青春してるね~この甘ったるい感じ、アタイは大好きだよ~」
ひょっこりと私の足元の影から現れたのは、元気いっぱいの金髪碧眼のツインテールの幼い少女だ。
「どういう事だ?」
「あ~ご主人様はそういうのに鈍い方?それはあのクレアって子が可愛そうかな」
「うん?」
「いえいえ、分からないなら分からないでいいんだけど…アタイとしては楽しければそれでいいんで」
イマイチこの子が言わんとしている事が分からない…気になってクレアについて思い出そうとしてみたのだが、まるで頭の中に霞が掛かった様に記憶を遮られる。
そう言えば私が魔王様に抱かれてから常に頭がボーっとしているというか、熱っぽいというか…どこか自分が自分でないような感覚だ。
「…私は…もっと倒錯した感じのがいい…ご主人様と魔王様の絡みは至高…」
続いて私の影からおもむろに現れたのは、陰気な感じの銀髪紅眼のショートボブの少女。
その時の事を思い出しているのか、恍惚とした表情をしている。
私としてはかなり恥ずかしい。
「ねえねえ、そんなことよりご主人様…そろそろアタイ達に名前を頂戴よ!!」
「…んっ」
「そうだね………うん、決めた…お前はカオス、君はアビスと名乗りなさい」
ツインテの方にカオス、ボブの方にアビスと名付けた。
「カオス…『混沌』の意味だね?気に入ったよ、ありがとうご主人様!!」
「…アビス…『涅槃』ですか…悪くないかも…ありがと…」
連続で口に出した時の音の響きの良さから選んだのだが、二人共気に入ってくれたようだ。
彼女たち二人は魔王様が私の補佐官就任の際に贈って頂いた就任祝いの使い魔だ。
私の中に放たれた魔王様の精と混ざり合った私の血を依代に魔界から呼び出された
召還時の、蔦が拡がるようにハート型を描いている赤い紋様は、私の下腹部に刻まれている。
この時点で私は魔王様の眷属になってしまっていた…もう普通の人間には戻れない。
服の上から紋様を愛おしむようになぞると、その時の事が思い出され気が昂る。
私と二人の悪魔の少女は魂の一部を共有している…それはつまり私が死ねば彼女らもこの世界に留まる事は出来ないのである。
彼女たちはこの世界をいたく気に入っているらしく、私を全力で守ると絶対の忠誠を誓ってくれた…邪推をすれば、こちらの世界に留まるには私に死なれては困る訳で、打算的ではある…まあその辺は特に気にしない、持ちつ持たれつというやつだ。
それから日にちが経つにつれ、熱っぽさとフワフワするような頭の中の感覚も薄れ、以前の様に過ごす毎日。
ただ、いくつかの記憶が飛んでいるというか消えているというか…何か重要な事を忘れている様な気がするのだが思い出せない…いや、そんな気がするだけで特に何もないのかもしれない…きっと考え過ぎだろう。
そしてある日、魔王ザリュード様に謁見の間に来るよう呼び出された。
「魔王ザリュード様…お呼びでしょうか?」
謁見の間に入り軽くお辞儀をし、魔王様の傍らに歩み寄る。
『よく来たシャープス…今日は余が以前より推し進めていた計画である四天王を任命したのでな、お前に紹介しておこうと思う』
「おおっ…!!遂にお決めになられましたか!!」
マンネリと化している魔王と勇者の戦い…そこに一石を投じ、戦いをより劇的に演出するための方策…まだ私が魔王様の命を狙っていた時期から魔王城内でまことしやかに囁かれていた噂…あれは本当だったのだ。
「でも四天王の決定前に私に一言あっても良かったのではありませんか?
私はあなた様の補佐官なのですよ?」
そう、折角任命されたのにこんな重要な事を相談してくれないなんて補佐官の名が泣くというもの。
そこまでは機嫌を損ねていた訳ではないが、私はわざとらしく目を瞑り、ツンと顔を魔王様から背けた。
『まあそう言うな、これはお前を補佐官に任命する前に決めていた事だ』
「きゃっ…!?」
私の背筋に電流が走る…なんと魔王様が私の尻を撫でているではないか。
「ちょっと魔王様…こんな所で何を…」
『アリスに伝えよ…今宵も余の部屋に来いとな』
「………」
その言葉の意味を理解した私の顔は紅潮し、熱を発する。
実はあの日から毎晩、魔王様の伽に呼ばれているのだ。
敢えてこういう遠回しな言い方をするのは誰かに聞かれた時の為の警戒である。
(余も今迄、数多のありとあらゆる種族の女を抱いてきたが、男のお前が一番抱き心地が良いなどとは夢にも思わなんだ)
…なんて優しく抱きしめられながら耳元で囁かれた日には男の私だっておかしな気にもなる。
「そっ…そんな事より四天王はどうしたんです!?早く私に紹介してくださいよ!!」
私は動揺を悟られまいと話を強引に進めた。
そうでもしないと理性を保っていられる自信が無かったのだ。
『おお、そうであったな…さあ我が親愛なる四天王よ!!入ってくるが良い!!』
魔王様の呼びかけに応じ、控えの間から三人の人影が現れた。
『その大剣にて世界の守護者たる蒼き竜を打ち倒し者…『巨剣のソウリュウ』!!』
「………」
まず魔王様が指差したのが、顔を含め全身に生物的な青い鎧を纏った大柄な男だ。
あの鎧の質感、どこかで見覚えがある…そうか、あれは先日、戦士のガインが中庭を引きずっていたブルードラゴンの外皮。
という事はあの『巨剣のソウリュウ』はガインなのだ。
彼は下馬評通り四天王に抜擢されたわけだ。
『その巨躯による圧倒的暴力で世界を蹂躙せし者…『甲殻獣ヒュウガ』!!』
次に指差したのは巨大な蟹の怪人…会うたび私に不快な言葉を投げかけて来るあのガガーニンだ。
身体のあちこちに新たにあつらえた防具や装飾品を付けているがあの外見だ…正体はすぐにわかる。
「よう、まさかお前が魔王様補佐官に選ばれているとはな…一体どんな手を使ったんだ?おい?」
「…ガガ…じゃ無かった、ヒュウガ様こそそんなんでよく四天王に抜擢されましたね…どんな手を使ったんです?」
「シャープスてめー!!」
私だっていつまでもこいつに言われっぱなしではない…今の私はそれくらいの立場にあるという事だ。
更に言葉を発しようとしたところで横から美しい女性の声が割って入った。
「ちょっとあなた、四天王に選ばれて尚その粗暴な物言い…いい加減にしてほしいわね…」
「この女!!てめーこそどっから湧いて出た!!何にも実績がないのに四天王に選ばれたくせに俺様に意見するな!!」
ヒュウガ様と言い争いをしているこの女性は…?確かにヒュウガ様の言う通りこんな女性は我が魔王軍には居なかった筈…ここにいるという事は彼女も四天王の一人なのだろうか?それにこの姿どこかで…。
いや、それよりもこの場を何とかしなければ。
「二人共お静まり下さい!!魔王様の御前ですよ!?」
私の制止で途端に大人しくなる二人…さすが魔王様だ、名前を出すだけであの乱暴者のヒュウガ様が借りてきた猫の様に静かになるなんて。
「魔王様、続きをお願いします…」
『うむ、妖艶なる天翔ける美しき鶴…『美翼のショウカク』!!』
先程の女性を指差し魔王様が宣う。
先程も思ったがこの女性の雪の様に白い御髪と深紅の瞳、そして背中から生える美しく白黒に別れた翼は見覚えがあるのだ。
…!!そうだ思い出した!!クレアだ!!
私が魔王様を倒せないで腐っていた時に色々知恵を貸してくれた少女…夢魔のクレア…!!
「クレ…ア…?」
私は思わず彼女の名前を口に出してしまっていた。
「クレア?誰の事?私はショウカクよ…?」
きょとんとするショウカク様の顔を改めて観察する…確かにクレアにそっくりだが、彼女はここまで大人の女性では無かった。
夢魔であるから実際の年齢と外見年齢は一致しないが、クレアにはもっとあどけなさがあったのだ。
例えるならショウカク様はクレアの姉といった印象を受ける。
しかし私は泣きながら去っていったクレアをあれ以降、魔王城の中で見かけていないのだ…彼女は一体何処へ行ってしまったのだろう…。
取り敢えず登場した三人の紹介は終わった、しかし四天王であるからには四人いなければならない。
「魔王様、もう一人の方はどうされたのですか?何か別の用件でこれないとか?」
『何を言っておる、もう一人なら先程からお前の目の前におるではないか』
「えっ…?」
『ヤア、『
「うわっ!!びっくりした…」
誰もいない所からいきなり声がする…この方がキリシマ様?
『驚くのも無理はないか…キリシマの姿は不定形な上に目には見えぬからな』
前方の空間を目を凝らしてみる…一瞬だけ光の加減で輪郭が見えた。
取り敢えず人型はしている様だがよく分からない。
そうしていると不意に空気が移動したような気配がした、その直後…
(君…男デ在リナガラ身体デ魔王様ヲ誑シ込ンデ補佐官ノ地位ヲ手ニ入レタンダロウ?中々ヤルネ…)
耳元でささやく様な声が聞こえる…キリシマ様が今私の耳元に来ているのだ。
(なっ…何を言っているんでしょう?)
別に誑し込んだつもりはないが、結果的にそうなっているだけだ…キリシマ様のこの問いに関してはシラを切っておこう。
(別ニ隠サナクテモイイヨ…私モ毎晩オ世話ニナッテイルカラ…)
こいつ…まさか自分が透明なのをいいことに、私と魔王様の行為をのぞき見していた!?
胸の鼓動が早鐘の如く加速していく…羞恥から私の身体は芯から熱くなっていった。
カオスとアビスに見られるのはまあ仕方がないとして、キリシマ様に見られていたのは許容の範囲を超えている。
ああ…恥ずかしくて死にそう…。
(コレカラモヨロシクネ、魔王補佐官殿…)
そう言い残しキリシマ様は気配を消した。
あのデバガメめ~いつかとっちめてやる。
『それではこれよりこの新体制で暫く活動していこうと思う…皆、盃を持て』
メイド長のベルチェさんがワインが注がれたグラスの載ったカートを押して来た…各々手にグラスを取る。
『我々魔王軍の益々の活躍と皆の健康を祈念して…乾杯!!』
「乾杯!!」
魔王様の音頭で皆一斉にグラスを空ける。
かくしてここに魔王軍四天王が誕生したのであった。
「はっ…!?」
昔に思いを馳せている内に眠ってしまっていた様だ…。
しかし夢の中で今迄忘れていた事をいくつか思い出した事に驚く。
何でこんな印象的な事を忘れていた?
どこか不自然な気はしたが、記憶が取り戻せたのは幸運であった。
これでショウカク様に指摘されていた、私が最近浮わついている事について、私なりに答えを出すことが出来そうだ。
我が魔王が突然死したんだが…。 美作美琴 @mikoto
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