第11話 魔王様、昨夜はお楽しみでしたね
「何でも貫くナイフって…なんか凄く都合が良すぎないか?」
俺は地下の武器庫で手に入れたナイフを眺めながら、クレアと魔王城内の廊下を歩いていた。
「あら、どうして?」
「分からないか?宝箱にはわざわざナイフの能力の書かれた説明文が一緒に入っていたんだぞ?しかも魔力の壁で防がれて魔王を倒せない俺に、何でも貫くナイフが手に入れられたなんて、出来過ぎだと思わないか?」
「考え過ぎよ~いいじゃない、結果的にとても有効な武器が手に入ったんだし…」
「はあ…お前は気楽でいいよな…」
「何よ!!私の事馬鹿にしてる!?」
両手の平を上に向け、ヤレヤレと頭を振る俺を見て憤慨するクレア。
二人でそんな他愛に無いやり取りをしながら中庭に繋がる渡り廊下を歩いていると、中庭を何か巨大な物体が移動している。
それは真っ青な体表の竜…後で分かったがその竜はブルードラゴンと言い、この世界の安定を司る五体の竜の一頭だ。
一説では神の使いとされ、その強さは相当な物らしい。
見た所、ブルードラゴンは絶命している様だ…なのに腹ばいでズルズルと少し進んでは止まり、少し進んでは止まりを繰り返しながら僅かに移動しているのだ。
よく見ると竜の首を掴んで引きずる一人の大男が居た…竜の身体の陰になっていたのでよく見えなかったのだ。
「あらガインさん、これは大層な獲物ね…」
「………」
クレアに声を掛けられたガインと呼ばれた大男はあいさつ代わりに軽く手を上げた。
このガインという人物は俺がこの魔王城に連れて来られた時からここにいる魔王軍の兵士だ。
物凄く無口で恥ずかしがりや…常日頃、両目だけが覗く目出し帽をすっぽりとかぶり顔を覆っている。
「やあクレアちゃん、凄いだろう?コイツはガイン様がお一人で倒しなさったんだぜ」
「へえ~」
答えてくれたのはとても痩せっぽちでとても背の低い小鬼、ゴブリンのゴードだ。
ゴードが自慢するのには理由がある…実はガインは兵士と言ってもかなりの実力者だ…実際、上級の魔物であるブルードラゴンを打ち倒してここに運んでいる時点でその力の想像がつくというもの…彼はそう遠くない内に四天王に選ばれるのではないかと魔王軍の中で噂されている位だ。
「そしてこの竜の外殻からガイン様専用の鎧を作ろうって話になってるのさ…俺達もそのご相伴に与ろうって寸法よ」
次に話しかけてきたのはゴードとは正反対の小太りでブタ顔の巨漢、オークのゲブルだ。
二人はガインの直接の部下だが、そんな間柄に関係なく、公私共によく三人で行動を共にしていた。
ゴードとゲブルは口数の少ない…というか無口なガインに変わって他者とのパイプ役というか通訳をしてくれるのでとても助かっている。
「よう、あんちゃん、今日の仕事はどうだった?」
「…いつも通りさ…全くやんなっちゃうよ」
「そうかい、まあ地道にやるんだな、ワハハ」
ゴードとゲブルは俺には比較的フレンドリーに話しかけてくれる。
ゴブリンとオークはとかく人間に忌み嫌われる存在で、他の上位モンスターからも下に見られることが多い…だからなのか、この城で孤立しがちな俺にも優しく接してくれるのかもしれないな。
「俺達はブルードラゴンを倒した事の報告を魔王様に報告背にゃならんのでね、この辺でお暇するぜ」
「またな」
俺達は三人に手を振り再び歩き出す。
「ガインは凄いな…あんな大きな竜を倒しちまうなんて…俺にもあんな力があればな~」
「そうね…あんたなんかじゃ竜の前に出ただけで足が竦んで何も出来ないまま蹴散らされてしまうでしょうね」
「言ったな~!!」
「きゃあ!!」
俺はクレアに向かって飛び付くが、彼女はひらりと体をかわす。
無論、本気で怒っている訳ではないが、ふざけ半分で怒りの形相を浮かべ、じゃれ合う様に逃げ惑う彼女を追いかけた。
『こら!!うるせえぞお前ら!!』
突然大声で怒鳴られ、俺とクレアは身をすくみ上らせる。
怒声の主は丁度廊下を通りかかった、蟹の姿を模した怪人…ガガーニンだ。
「す…済みません…」
俺はこのガガーニンという蟹の化け物が苦手だった。
何かにつけ因縁をつけて俺を罵倒をして来るからだ。
『このガキ!!人間風情がいい気になってるんじゃねえぞ!!
俺様が魔王様の命令でお前に手を出せないと思って調子に乗りやがって…
そうで無ければお前などとっくにこの俺様の自慢の鋏で真っ二つよ!!』
これ見よがしに俺の眼前で自分の巨大な鋏を開け閉めする…真近だと物凄い威圧感だ。
「あのね!!…ムグッ!?」
俺は何かを言いかけたクレアの口を塞いだ…彼女はきっとガガーニンに文句を言おうとしているのだろう…しかし奴に口答えしようものなら更に不快な罵詈雑言を浴びせかけられるのは目に見えている…文句を言いたい気持ちは俺だって同じだ…しかしここはなるべく穏便に済ませたい。
「騒いで済みませんでした…以後気を付けます…」
『ケッ…!!お前なんぞ邪魔にならない様にこそこそ壁際を歩きやがれ!!』
悪態を吐きながらガガーニンが蟹股で去っていく…しかし怒りが収まらないのはクレアだ。
「何なのあの蟹!!失礼しちゃう!!あんたもアンタよ!!何で文句の一つも言わないわけ!?」
「…仕方ないだろう、あんなのに喧嘩を挑んで勝てる訳ないんだし…」
そうさ…俺は非力なんだ…魔王の手下たちには当然手練れが多い…そんな奴らにビクついている以上、そいつらのボスである魔王に挑むなんて俺はどれだけ無謀な挑戦をしてきたのだろう…ここにきて一気にやる気が減退していった。
「私は強いってのは単に腕が強いとか、武器の扱いが上手いだけじゃないと思うんだけどな…」
「えっ…?」
クレアの口から予想もしていない言葉が帰って来た…てっきり意気地なしとか言って愛想を尽かされると思っていたのに。
「さっきも言ったけど、頭を使うのよ…知恵を絞って相手を出し抜くの!!」
「でも俺…学校にも通った事が無くて頭は良くないんだぜ?」
まだ学校にも行ってない幼い頃にここへ連れて来られたので、俺には全くと言って知識が無いのだ。
「なら今から学べばいいじゃない!!幸いこの城には本が一杯ある書庫があるのよ?」
「はっ?」
「今から行きましょう!!こっちよ!!」
「ちょっと…!!」
クレアは背中から翼を生やした…えっ?初めて知ったんだけど!!
それは白と黒のツートンカラー…美しい鶴の羽根だ。
そして有無を言わさず俺の手を引き宙を舞った…俺、浮いてる?
文字通り身も心も舞い上がっている内に俺達は大きな扉の前に来ていた。
「ここが…書庫?」
「そうよ」
大きくて重そうな扉であったが思いの外簡単に開いた。
そして中に入って俺は目を見張った。
「スゲー…何だここは…」
大扉の先はとても奥行が深く、更に高い天井になっており、びっしりと本を収めそびえ立つ無数の本棚がこれでもかとひしめき合っている。
連絡用の通路や階段で繋がれたそれらはまるで迷宮を連想させた。
俺は取り敢えず近くにあった一冊の本に手を伸ばし開いてみた。
「何だこれ…全く読めない…」
学の無い俺でも一目でわかる…この文字は人間の世界のものではないということが。
「魔界の文字だから当然ね…いいわ、私が一から教えてあげる」
この日から俺とクレアの勉強会が日課に組み込まれた。
魔界文字の読み書きから始まり、文法を習った。
程なくして俺は軍略書などからメキメキと知識を吸収していき、ちょっとした戦略なら立てられるようになっていた。
勿論、俺の毎日の魔王暗殺業務は継続している…あのナイフはまだ使っていない…クレアと話し合った結果、機が熟すここぞというタイミングを待つことにしたのだ。
そして数か月後…決行の日。
「済みません、無理をお願いしちゃって…」
「あら~ん、イイのよ~魔王様にはあなたが私に何かを頼んで来たら全力で協力をするように仰せつかっていますからね~ん」
俺とクレアが今、訪れているのは使用人の詰所…。
俺の目の前で優し気な微笑みを湛えているのは、この魔王城のメイド長…ベルチェさんだ。
黒いワンピースに真っ白いエプロンドレスのオーソドックスなメイド服を着た少し釣り目の女性だが、明らかに人間と違う部所があった…猫耳である。
ベージュのショートカットの髪色と同じ猫耳はとてもふさふさしていて触り心地が良さそうだ。
「アンタがこんな手を考えるなんて予想外だったわ…まさかメイドに化けて魔王様に接近しようなんてね…」
「このナイフは短かくて、とにかく懐まで接近しないと刺す事が出来ないからな…女装して相手を油断させて近付き殺害する…文献によれば過去には結構使われている作戦なんだよ」
「そういう事を聞きたいんじゃないんだけど…まあいいわ」
うん?クレアの返答がおかしいな…俺、何か変な事言ったかな?
過去の文献には踊り子に化け対象にお酌をして酩酊状態の所を殺害…娼婦に化けベッド上で髪の毛を使って絞殺など色々なバリエーションがあった。
今回のケースには、普段から魔王の世話をしているメイドに変装する事により、怪しまれず自然に魔王に近付きナイフで刺すという作戦を立てた。
ベルチェさんに頼んだのはメイド服の着付けとメイクだ。
「アナタ、綺麗な髪してるわね~ん…ブラシがスイスイ入るわ~ん」
「それはどうも…」
普段髪を褒められる事など無いので嬉しいやら恥ずかしいやら…。
俺の髪は腰まで伸びていた…それもこれもこの作戦の為…ウイッグでもいいが、もしもの時に外れてしまう事も考えられる…そこで俺は自毛で挑むことにしたのだ。
これが機が熟すのを待つといった理由だ。
「これだけ長くて美しい髪だもの、折角だからツインテールにしたわ~ん」
「えっ…?」
気が付いたら俺は髪型をツインテールにされていた。
ちょっと考え事をしていた数秒の出来事だった。
「これが俺………」
姿見の中には、頭の上にはヒラヒラのヘッドドレス、大き目の赤いリボンで長い髪をサイドに纏めたメイド服の美少女が居た。
これは…殆ど元の顔が分からないレベルじゃないか…化粧とは文字通り化けるものなんだな。
「素材がいいからそこまで化けるのですわ~ん」
まるで俺の心の声が聞こえているかのようなベルチェさん。
「よし!!じゃあ行ってくるよ!!クレア、ベルチェさん、朗報を期待していてくれ!!」
ティーセットの載ったカートを片手で押しつつ自信たっぷりの笑顔を浮かべ、もう一方の空いた手でサムズアップする俺。
「いってらっしゃ~~~い!!愉しんできてね~~~ん!!」
クレアとベルチェさんは白いハンカチを振って見送ってくれる。
うん?待てよ…何でベルチェさんはそんな事言うんだ?
まあ少し引っ掛かるがそんなに深い意味は無いんだろう…。
取り敢えず気持ちを切り替えて作戦の遂行に集中だ。
「失礼しますザリュード様…お茶をお持ちいたしました…」
『うむ…入れ』
「失礼いたします…」
俺はスカートの裾を軽く持ち上げお辞儀をし、カートを押して魔王のすぐ側まで難なく近付いてしまった。
フフフ…我ながら完璧な仕草、丁寧語と女性的発声だ…今の所全く怪しまれていない。
何せ幾度となく練習したからな…それこそ文字通り喉から血が出る程…。
裏声はとにかく喉に負担が掛かるのだ。
カップにポットの注ぎ口を近づけ徐々に高く持ち上げていく…こうする事によって茶葉が開き、お茶の風味が増す。
これも特訓したもんさ…最初はお茶をこぼして大変だったが今は御覧の通り…一滴たりとも紅茶はこぼしませんわ。
『ほう、中々の手際だな…お前、名は?』
「アリスと申します…数日前にお仕えしましたのでお見知りおきを…」
思い付きで適当に名乗ってみた…どうせこれっ切りなんだ、名前なんてどうでもいい。
『そうかそうか、これからも贔屓にするとしよう』
「恐れ入ります…」
フン…これからもなんて無いんだよ!!
『アリスよ…少し話さぬか…?ここへ座りなさい』
魔王はソファに座っている自分の横へ座るように俺を誘う。
「はい…仰せのままに…」
ハハッ…自分から招いてくれたか、これは良い…近づくまでの段取りが省けたってもんだ。
俺は
密かに懐のナイフに手を忍ばし、魔王と膝が密着するまで接近して座った。
「さあ、冷めないうちにお召し上がりください」
『ああ、そうだな』
魔王は目を瞑り紅茶を口に含む…目を瞑る事で紅茶の香りと味をより深く味わっている様だが、これも調べが付いている…魔王はいつもこうすると…。
(今だ…!!)
取り出した何でも貫くというナイフを構え、魔王の心臓目がけて突き刺した。
グニョン………。
「えっ…!?」
何とナイフは魔王の胸に中った所でグニャリと折れ曲がってしまったではないか!!
『ハハハハハ…これは愉快!!まさかあの玩具を真に受けるとは思わなかったぞ!!』
えっ…えええっ~~~~~~!!!?
まさか俺…騙された!?
いや…俺自身は最初は疑ってたじゃないか…!!
それをクレアが心配し過ぎっていうもんだから…!!
「何だってあんな手の込んだことを…」
『お前が変わり映えのしない毎日の命令に飽き飽きしているのではと思ってな…少々、趣向を凝らしてみたんだがどうであった?』
「なっ…!!」
ナイフに係る一連の下りは魔王の仕込みだったって事か…。
俺はまんまとコイツの掌の上で踊らされていたという訳だ。
何てことだ…そうとは知らず、ここまで綿密に準備した自分が馬鹿みたいだ…。
目から大量の涙が溢れ出て止まらなくなる…恥ずかしくて死にたい…。
そんな自己嫌悪に浸っているのも束の間、魔王は俺の両手首を右手一つで掴み持ち上げる…何て力だ…。
そしてそのままベッドまで運ばれ、背中から押さえつけられる。
「くっ…こんな生き恥をさらしてまで生きていたくない…殺せよ…」
ああっ…もういいや…これで俺も父さん母さんの元へ行ける…。
『しかしここまでやるとは大したものよな…見上げた執念よ…
それによく見ればとても美しい娘に化けたものだな…』
「褒められても嬉しくないぜ…いいから殺せよ」
『すべてを諦めたと?』
「そうだよ…」
『ならば今から余がお前をどう扱っても文句はないのだな?』
「勝手にしろよ…」
早くしてくれないかな…早く楽になりたい…。
『よし、決めた…今宵はお前に伽の相手をしてもらおうか…』
うん?伽?何だっけそれ…あっ!!
「ちょっと待った!!それは!!それだけは勘弁して!!嫌だ!!」
『いいや、もう遅い…この滾り…前を抱くまで収まらん』
魔王は空いている左手で俺のメイド服を破りはぎ取っていく。
持てる力をすべて振り絞って両足で蹴とばしているが、魔王は全く怯まない。
そしてそのまま魔王が俺に覆い被さって来て………。
「ああああ~~~~~~~っ!!!」
身体を貫く強烈な痛み…抵抗虚しく俺の純潔は魔王様に散らされてしまった…俺…男なのに…。
これが俺が私になった瞬間だった。
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