第10話 時には昔の話を…
私は朝から自分の執務室で、先日のショウカク様とソウリュウ様が組んで出撃した威力偵察により得られた情報から、フロンたち勇者パーティーの弱点を分析しているところだ。
当たり前だが今は男性用のスーツで身を固めている。
私が先日の戦闘を見ていて思ったのが、勇者パーティーの統率の取れた連携だ。
彼らは戦況の変化を正確に感じ取り瞬時に最適な対策を実行していた…しかしこれは言う程簡単な事ではない。
例えばソウリュウ様が突進してフロンに剣を振り下ろしたシーン…あの場ではフロンが剣で防いだ訳だが、フロンのミドルソードに対してソウリュウ様の幅広なロングソード…尚且つフロンは人間に対してソウリュウ様は巨人族…この状況では打ち負けるのは必然…しかし敢えてそうしたのは何故か。
あそこでフロンが攻撃を避けた場合、身体が重く足の遅いタンクが間に合わず次のソウリュウ様の一撃を防ぐことが出来なかったからに他ならない。
フロンがソウリュウ様の一撃目を防いだ事には時間稼ぎの意味合いもあったのだ。
しかし時間を稼げればそれでいい訳でも無い…盾役が見え見えで目の前に現れたのを見てわざわざそれ目がけて剣を振る馬鹿はいない…絶妙なタイミングが必要なのだ。
それをその場の判断で即興でやってのけるという事は、常日頃からの連携の鍛錬は元よりコミュニケーションも取れているという事になる。
これに関しては心当たりがある… 私がシャーリーとして彼らと行動を共にしていたから分かるが…昼のランチに始まり、夜は他の冒険者たちと宴会でバカ騒ぎと、一見無駄な事の様に見えていたあれらの行動には他者とコミュニケーションを築く為のれっきとした意味があったのだ。
だが我が魔王軍はどうだろう? 四天王は魔王様が亡くなったというのにリーダーシップを発揮しようという者はおらず、好き勝手に振舞っているではないか。
仮に宴会や会食を開いた所で却っていざこざが起り、逆に士気が下がってしまうのではないだろうか。
まあ悪の象徴である魔王軍が規律に溢れ統率が取れているというのも何か違う気がしないでもないが…。
「ちょっといいかしらシャープス」
「どうぞ…」
執務室の扉からショウカク様が入って来た。
「あれから一週間経つけど…勇者フロンの打倒計画はどうなったのかしら?」
「…丁度今それについて熟考中ですよ」
「ふーーーん…そう」
彼女の雰囲気が、視線がいつもと違う気がする…どこか凄味があるというか、圧力があるというか…何だろう、この居心地の悪さは…。
「…あなた、わざと計画を先延ばししていないでしょうね?」
「なっ…なぜそう思うんです?」
「今までのあなたならザリュード様が何かの計画を依頼したら三日と掛からずに計画書を提出してたわよね…それが今回に関してはもうすぐ一週間が経とうとしている…それは何故?」
「そっ…それは…」
今現在計画を練ったいたのは紛れの無い事実…決してサボっていた訳ではない。
計画を素早く立て、それが優良であるということで認められて魔王補佐にまで抜擢されていた事は私の自慢の一つでもある。
ではなぜこの案件に関してはここまで難航しているのかというと………。
「あなたが言えないなら私が代わりに言ってあげましょうか?
あなたはフロンを愛してしまった…だから彼を倒す計画を立てられない…違う?」
「………」
私はショウカク様の質問に答えられなかった…いや、答えられるわけがない…。
仮にも今の私は魔王代理だ…それが倒すべき仇敵である勇者に恋心を抱くなど在ってはならないし、誰にも知られてはいけない。
「図星の様ね…私の忠告で一時は諦めたのだと思ったのだけど…そう簡単に恋心は諦めきれないわよね…」
「くっ…」
執務机に上がり込み、私の顔を覗き込んで来るショウカク様に対して目を背け、何も言えない…。
「はあ…もういいわ、好きにすればいい…勝手に勇者の彼女にでも嫁にでもなってしまえばいいわ…そんなあなたをフロンが受け入れてくれればだけれど…」
ショウカク様の言葉にハッとなる…そうだ、仮にこれからも正体を隠してフロンの元に行ったとして、もし何かの拍子で正体がバレた場合…ただで済むはずがない…ましてや私は男だ、フロンにそっちの趣味でもない限りは恋人同士になれない…今までのフロンの態度から見て、彼の性趣向はノーマルなので絶望的だ。
「少し…時間をください…」
「分かったわ…考え直してくれるのを期待しているけれども、自分の心に素直でいなさい…あなたの出す答えが何であれ、私は尊重するつもりよ…」
ショウカク様は扉の所までゆっくり歩いて行き、少し寂しそうに振り返りながら執務室を出て行った。
「はあ………」
私は大きなため息を一つ吐き、椅子の背もたれを限界まで倒す様に後ろに反った。
「死ね!!魔王め!!」
俺は剣を前方に突き出す形で固定し真っすぐ魔王の背後目がけて突進する。
こうすれば走っている勢いと自分の体重が掛かって、魔王の身体に剣がブスリとぶっ刺さるって寸法だ。
魔王が振り向きかけたがもう遅い、ここまで近付いてしまったら回避は不能!!
剣の先端が背中に中った…よし!! いや…あれれ!?
パキン… と軽い音を立てて剣が途中から折れてしまったじゃないか!!
『フフフフ…甘いぞ小僧…そんな物で余を傷つけるなど岩に縫い針を通そうとするのと同義と知れ…』
「畜生!!バーカ!!バーカ!!死ね!!」
あざ笑う魔王をしり目に俺は脱兎の如く全力で駆け出した。
くそっ…これで一日一回続けてきた魔王討伐も5475回目の失敗だ…。
屈辱的にも魔王に拾われて、一日一回魔王の命を狙うという仕事を与えられてしまった俺は悔しさに地団太を踏んだ。
ここ魔王城は塔の如くそびえ立つ高台の土地の天辺に建っている。
眼下は海…飛ぶ事の出来ないただの人間である俺に逃げる事は不可能だ。
だが逃げる気など毛頭ない…一日一回魔王を襲うだけで飯を食わしてもらえるし、あったかい寝床にもあり付ける…こんな不毛な仕事でも生きていくためには大人しく従うしかない…そう、両親の仇を取るまで俺は死ねないのだから。
「また失敗したんだ?もう諦めらばいいのに…」
「うるさいなクレア…明日こそは絶対アイツを殺してやる!!」
部屋に戻って来た俺にクレアが呆れ顔で話しかけてきた。
最近この城に住むようになったクレア…この少女は人間ではない、種族でいうなら夢魔と言うらしい。
簡単に言うなら魔族の親戚みたいなもので、人間の淫らな夢や意識、精気を喰らって生きている。
ただクレアはまだ夢魔としては未成熟であるらしく、人間の少女と何ら変わらない…雪の様に白い髪と燃える様に真っ赤な瞳を除いて。
「バカの一つ覚えで刃物で襲い掛かるから失敗するのよ…少しは頭を使ったらどう?」
「頭突きはもう試したよ!!」
「そういう意味で言ってないんだけど…作戦を立てたらって言ってるの」
「作戦?」
「だって相手は魔王よ?その辺の剣が刺さる訳ないじゃない」
「確かに…」
俺は馬鹿だからただがむしゃらに剣で襲い掛かっていたが、ここは魔王城…探せば伝説の魔剣とかがあるかもな…。
そんな訳で俺とクレアは城の地下にある武器庫に来ていた。
俺はこんな物騒な仕事をしているというのに、なぜか監視も付かず自由に魔王城の各部屋に自由にはいる事を許されている。
きっとどうせこんな何の力も無い薄汚い人間の小僧に魔王が倒せるわけがないと思われているのだろう…それは勿論その通りなのだが、内心いい気はしない。
要するに舐められているのだ。
それならそれでいい…今度こそ目にもの見せて後悔させてやる。
「ここは毎日俺が剣を調達してる武器庫だけど、そんな特別な武器は無いぜ?」
「本当にバカね…そんな危険な物、そこら中に置いて有る訳ないでしょう?」
「何おう!?」
「どこか特別な部屋に置いてあるのよきっと…」
そう言ってクレアは武器庫の外壁である石の壁をコンコンと拳で叩き始めた。
それこそ壁どころか床まで丹念に丹念に…。
「ここ…他の石と叩いた時の音が違うわ…」
クレアが指差したのは部屋の隅の床…人ひとり分位の正方形の石だった。
周りには武器を立てかける棚があるので普段は目に触れない場所だ。
「よくそんな所まで探ったな…」
こんな所に隠し部屋が? 正直俺は半信半疑だったが折角クレアが手掛かりを見付けたのだ。
彼女の労に応える意味で俺はその石の隙間に指を差し入れてみる、すると…。
「あっ…!!これは…!!」
思いの外簡単に石が横にスライドする…開いたそこには地下へと続く階段があったのだ。
「これよ!!これこそ秘密の隠し部屋…きっと邪悪なアイテムがザックザクよ!!」
大はしゃぎのクレア…彼女は俺に構わず一人で先に階段を下りて行ってしまった。
「おいちょっと!!あ~あ…どうなっても知らないぞ…」
クレアをそのままにしておく訳にもいかず、俺も彼女を追って地下へと降りることにした。
長い階段を降り続けた…壁に備え付けられている蝋燭に既に明かりが点いているお陰で難なく歩く事が出来る…恐らく人が通ったら自動的に明かりが点く様な仕掛けがしてあるのだろう。
先の方がひときわ明るい…どうやら部屋がある様だ。
俺は少し足を速める。
「ここは…」
部屋に入るとほぼ上の武器庫と同じくらいの広さの部屋に出た。
ただ内装はあちらとは比べられぬほど美しい模様の壁紙が張ってあり、この部屋が特別であることを物語っていた。
「はあ~…ため息が出ちゃう…」
先に辿り着いていたクレアが目を爛々と輝かせている…部屋にはあからさまな台座がいくつも設置してあり、その各々にこれまた物々しい金の装飾が施された宝箱が設置してあるではないか…レアアイテムはこの中ですよと言わんばかりに。
「罠とかは無いだろうな…」
定番としてこの手の宝箱には罠が仕掛けられていることが多い。
矢が飛び出してきたり、毒を受けたり…酷いものになると宝箱そのものが魔物ってケースもある…そのままバクッと喰われてしまうのだ。
「見た所、その心配はないわね…大丈夫よ開けても…」
「本当に~?」
「あっ…その目、信じてないでしょう!!大丈夫よ、私は色で危険かどうか判断出来るんだから!!」
後で分かった事だが彼女の言っている事は本当だった…彼女たち夢魔に元々備わっている能力らしい。
「分かった分かった、もしもの時は誰か呼んで来てくれよ」
こんな時だけ魔王軍の大人を頼るなんてと思わなくもないが、それはそれで利用させてもらうさ。
奴らだって俺を道化にして楽しんでるんだるんだ、それくらい罰は当たるまい。
手始めに一番近い所にある宝箱の蓋に手を掛け、そして思い切って蓋を開けた。
「短剣?」
中には独特な曲線を描く切っ先の短剣と古びた紙切れが入っていた。
そして紙切れにはこう書かれていた。
『この短剣に貫けぬもの無し…有形無形を問わず…』
「凄いじゃない!!これさえあれば魔王様を倒す事が出来るかも知れないわよ?」
「おっ…おう…」
仮にこの紙に書いてあることが本当だとしたら確かに魔力の壁や強靭な肉体を持っている魔王ですら倒す事が可能だ…しかしこんな短い短剣では余程至近距離から急所でも狙わない限り致命傷を与えるのは無理だろう。
何も無いよりはましではあるが…。
でもそれよりも大事なのは魔王に近付く方法だ。
「魔王は当然この短剣の事を知ってるよな…見られたら避けられる、どうやって近付けばいいんだ…」
「あら、そんなの簡単じゃない」
「どうするんだ?」
「まあ私に任せてよ…あなたの部屋に戻ったら教えてあげる」
クレアは何かを企んでいそうなとても悪い笑顔を浮かべていた。
俺はこの時、物凄く嫌な予感がしていたのだが、今思い返した所で後の祭りでしかないのであった。
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