第7話 パーティークラッシャー


 「フフフッ…中々いい目をしているな人間の小僧…余が憎いか…?ならば余の元へ来い…そして余の元でいつでも余の命を狙うが良い…」


 幼い私が突きだした木の破片を腕に受け、青い血を流しながら笑いながら微笑みかけてくる。

 憎い…私の両親を目の前で殺したこの魔王が…。

 ただ魔王の気まぐれで今すぐ殺されなかっただけ…魔王の元に行けば遅かれ早かれ殺される…しかし両親の仇をいつでも狙う事が出来るのは魅力的な提案だ。

 私は魔王を睨みつけながら首を縦に振ったのだった。




「はっ…!?」


 私はベッドの中で目を覚ました。


 夢を見ていた…子供の頃、私が魔王様に拾われたあの時の夢…。

 昔はよく見ていた夢だが、最近はあまり見なくなっていた…何だか懐かしいな。

 私はゆっくりと起き上がり、着替えてからベッドを後にした。

 

 今日もフロンに会って色々情報を集めなければな。

 その前に私は一度、魔王の間に顔を出す事にした。


『オイオイ!!話ガ違ウジャアナイカ!!』


 魔王の間に入るなり、何処からともなくキリシマ様の声が聞こえてくる。


『コッチダコッチ!!』


 どうやら私の居すぐ側に居た様だ。


「キリシマ様、ダメじゃないですか!!あなたは今は魔王様の代理…あの自動人形から離れてはいけません!!誰かに見られたらどうしますか!?」


『アア、済マン…ッテソウジャアナイ!!イツマデ私ハオ前ノ変ワリヲシナケレバナラナインダ!?』


 キリシマ様が珍しく感情的になっている。

 それというのもここ数日、私は勇者と秘密裏に接触し情報を引き出す云わばスパイ活動をしており、本来の役目である魔王の影武者を代わりにキリシマ様に代わってもらっていたからだ。

 彼は身体が透明だからなのか、極端に人との接触を嫌がるコミュニケーション障害のきらいがある。

 そんな人物が代わる代わる目まぐるしく兵士が報告に訪れその相手をするという事は余程堪える事らしい。


「申し訳ありませんが今日も私の代わりをお願いします…

間もなく出かける準備をしなくてはならないのでこれで失礼します・


『ソンナ…!!オイチョット待テ!!オイ!!』


 キリシマ様の悲痛な叫び声が聞こえているが、構わず私は魔王の間を出た。

 私には私のやるべき事がある、これは仕方がない事なのだ。

 本来ザリュード様がお亡くなりになった時、四天王が音頭を取って魔王軍を引っ張らなければならない筈なのに、代理人に私を真っ先に推したのはキリシマ様なのだ、私の苦労を知ってもらうには丁度良い機会だ。

 ここは敢えて突っぱねる事にする。


 そして私は変装の為に自室を目指し歩いていると、遠くから大きな台車が押されてくるのが見えた。

 私には嫌な予感がした…デジャビュとでも言おうか、とにかくこれは確実に悪い事が起こる…そう私の直感が告げていた。


『グワア~~~…!!いてえ!!いてえぞこん畜生!!』


 目の前に差し掛かった台車には案の定ヒュウガ様が載せられていた。

 今度の手傷は両腕6本が全て切り落とされてしまっている。


「何やってるんですかヒュウガ様、昨日右手が生え揃ったばかりだというのに…」


『うるせぇ!!戦えるようになったからにはすぐに戦場に戻るのが俺のモットーなんだよ!!』


「やれやれ、今度は誰にやられたんですか?」


『…悪かったな!!またあの蛙野郎だよ!!』


 いや、本当に学習能力のないお方だ…どうせヒュウガ様の事だ、相変わらず部下を大勢集めての正面突破を慣行したのだろう。

 しかし一度対策を知った人間たちに同じ手が通用するとは思えない。

 まんまと返り討ちにあったという訳だ。


「後は私達が引き受けますからあなたは当分戦闘に出ないでください」


『チキショウ!!憶えてやがれ人間ども~~~!!』


 台車が移動するにつれヒュウガ様の怒声が遠のいていく…ああやっと静かになった。

 自室に着いた私は再びフロンたちに会う為女装を開始した。

 今回はヒュウガ様を打ち倒した直後、果たしてどんな情報がが聞けるのか。




 今日はフロンに呼ばれ直接、明けの明星亭に来ていた。


「あっ…シャーリーさんこっちこっち!!」


 酒場の一角で叫びながらこちらに手を振っている人物がいた、フロンだ。

 近くにはノーマン、タンク、そしてセリカが座っていた。


「今日は何なんですか?随分にぎやかですが…」


 フロンのパーティーメンバー以外にも店内には大勢の冒険者がごった返しており、満員盛況だったのだ。


「ああ、今日の昼間に大討伐があって、また我々冒険者が勝利を収めたのでその祝賀会が開かれてるんですよ!!」


 フロンの顔が赤い…どうやら私がここに着く前に相当エールを飲んでいたらしい。


「おおっ?何だフロン、こんな別嬪さんを引っ張り込んで…お前のこれか?これか?」


 一人のガラの悪い冒険者が酒臭い息を吐きながらフロンと私が居るテーブルに近付いて来た。

 そしてこともあろうかこの私の手をそのベタついた手で握って来たではないか。

 コイツ…穢らわしいな…!!きっと今の私は露骨に嫌な顔をしていたと思う。


「やめろ!!その汚い手でシャーリーさんに触れるな!!」


 フロンの右ストレートがその冒険者の頬を捉える…そしてそのまま数メートル吹っ飛んで壁に激突した。


「おおう!?てめぇやるってのか!?」


「上等だ!!やんのかゴルァ!!」


 その冒険者の仲間と思しき別の冒険者たちがフロンに詰め寄る。

 お互い酔っているのもあり自制が効かなくなっているため、瞬く間に大乱闘へと発展してしまった。

 それを切っ掛けに全く関係ない所でも喧嘩が始まり、店内全体が混ぜ返した様な上へ下への大騒ぎになってしまった。


「いい加減にしな荒くれども!!今すぐおとなしくしないと次から出禁にするよ!!?」


 給仕のお姉さんの一言で程なく場が収拾していく、なんて統率力だ…我が軍にも欲しい程の人材だな。


「いてて…もうちょっと優しくやってくれよ…」


「本当に馬鹿なんだから!!自業自得よ!!」


 セリカが乱暴にフロンの傷口に薬を塗る。


「ごめんなさいフロンさん、私の為に…痛かったでしょう?」


「なんのなんの、それよりシャーリーさんの方こそ大丈夫だった?」


「ええ、お蔭さまで」


 自分を飛び越えて見つめ合う私とフロンをみてセリカの顔があからさまに不機嫌になる。


「まったく…冒険者のあしらい方も知らないでこんな場所にノコノコ来るから…」


「おい、セリカ…そういう言い方は無いんじゃないのか?」


「フン…もう知らない!!」


 セリカはフロンを一瞥すると物凄い勢いでその場を去っていった。


「何だよセリカの奴…」


 フロンはそんなセリカを呆然と見送る事しか出来ない。

 はは~ん、これはアレだな…セリカはフロンにお気があって、フロンはそれに気付いていない…と。

 二人が恋仲だとするのなら、フロンは何をおいても真っ先にセリカを追いかける筈だからだ。

 それをしないという事はこれは恋の一方通行、片思いと言う奴では?

 

 この前、ハニートラップの事を調べるにあたって魔王城の書物庫に入った。

 人間の図書館と違って蔵書に偏りがあるがある程度の物は調べられる。

 そこには誰の趣味なのか、『少女漫画』と特別に展示場所が設けられた一角が棚に設けられていた。

 大方ショウカク様の仕業であろう…私はその中の一冊に手を伸ばす。

 その本の内容は主人公の女が想い人と結ばれたいと願うが彼は自分とは別の女に思いを寄せていた。

 しかし女は諦めなかった…既成事実を作るために彼にハニートラップを仕掛けるのだった。

 彼を呼び出し、飲み物に睡眠薬を入れて眠らせた後、行為に及ぶ…見事彼の子を身に宿した女は彼を強引に手に入れる事に成功するという中々にえげつない内容だった。


 しかし目的が恋の成就ではないが、私は情報収拾の他にも勇者パーティーの絆にひびを入れる作戦を敢行しなければならないのだ。

 図らずも今、その作戦が動き出していたのであった。


「本当にごめんなさいね…こんなに怪我をして…」


「シャーリーさん…」


 私は瞳を潤ませながらフロンの額の傷に貼られた絆創膏を優しく撫でる…勿論これは私の演技だ。

 しかしここで想定外の事が起こる…なんとフロンが私の唇に自分の唇を重ねてきたのだ。


「ごめん…我慢できなかった…」


 そういうとフロンも顔を伏せたまま駆け出し、酒場を出て行ってしまった。

 いっ…一体何が起きた?突然の事で頭が追い付かない。

 唯一分かるのは、私の口唇に残された柔らかな感触と暖かな体温だけだった。

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