第6話 嬉し恥ずかし初デート


 「大変!!遅れちゃう!!」


腕を外側に向けて如何にも女の子といった走り方で先を急ぐ私。


 それというのも私が勇者の内情を探るため女装して潜入調査をしている事をショウカク様が聞きつけ、男を落とす方法を伝授すると言い出しほぼ早朝までレッスンに付き合わされたからだ。

そしてその後に寝落ちしてしまった私が愚かであった。


 しかしそのレッスンの甲斐もあって、今日は男性の自分への好感度をグンと上げるコーディネートでキメて来た。

実は女性がしたいファッションと男性が女性に求めるファッションは大きく違う。

どちらも自分を美しく見せようという根本的なものは変わらないのだが、ここを見誤ると好感度はガクリと下がってしまうのだ。


 まず男性は濃いメイクを嫌う。

厚塗りのファンデーション、盛り過ぎたアイメイクとチーク、赤すぎるルージュなどは論外…どちらかというとナチュラルメイクが好まれる傾向にある。


 ネイルもそうだ。

けばけばの原色…赤系統ならまだしも、緑や青、紫といったマニキュアも敬遠される、せめて淡いものを。

着け爪やネイルアートも男にとってはあまり関心は無い。


 髪型は特に気を遣う。

彼に会うたび少しづつ変化を付け常に新鮮さを魅せ付けるのはセオリー。

大きく髪型を変えなくともヘアピンやアクセサリーの着ける位置やチョイスで変化を演出するのだ。


 服装は特に奥が深い。

それこそ男女で好みが大きく分かれるからだ。

女が着たいのは好みの柄が入ったものや外出時、気候などを考慮した快適に過ごせるものを選びがちだが、男はそれを望んでいない。

 肌の露出はそれこそ好みが分かれるが、清潔感のあるものは絶対条件として、女性らしいヒラヒラフワフワしたカワイイ系か、身体のラインがはっきり表れるクール&セクシー系の二つに大きく分かれるだろう。

 そこは相手の男性の好みを予めリサーチしておく必要がある。

上手く嵌れば相手の好感度爆アゲ間違いなし。

ファッションには無理と我慢も含まれているのだ。


とは言えこれらはすべてショウカク様の受け売りだが…。


 昨日私がフロンに会った時は三つ編みを両肩に垂らし、頭を覆う様にバンダナを巻き野暮ったい深緑のワンピースを着ていた。

しかしショウカク様に言わせれば論外も論外、話にならないレベルであるらしい。


 そこで今日はワンレングスのサラサラロングヘアーで両サイドに結った細い三つ編みを頭の後ろでリボンで纏めた。

服装もフリルが要所要所に配置された白いブラウス、若干短めのピンクのフレアスカートと、ショウカク様曰く『童貞を殺す』コーディネートで固めてきた。

 残念ながらフロンの好みを調べる事は出来なかったが、今の私の姿に嫌悪感を抱く男はそうそう居ないであろう。 


 そろそろ待ち合わせの噴水に到着する…待ち合わせの11時には何とか時間通りに着けそうだ。

 そして到着した私は目の前の光景に舌を巻いた。

噴水の外周を所狭しと若い男女が取り巻いていたのだ。

 この噴水はよくこの街のカップルが待ち合わせに使うランドマークらしい。

噴水の縁に腰掛けて愛を語らう者、待ち人が来て噴水を離れる者と様々な人々が見て取れる。


「シャーリーさん!!」


 聞いた声が私の偽名を呼ぶ…フロンだ。

手を振りながらこちらに駆け寄って来る。

私も手を振りそれに応える。


「フロンさんこんにちは」


「やあシャーリーさん…今日は来てくれてありがとう…それにしても今日の髪型と洋服は素敵だね…昨日とはあまりに違うから君を探し出すのに少し時間が掛かってしまったよ」


「私…どこか変じゃないですか?こういう恰好にあまり慣れて無くて…」


「そんな事無いよ!!凄く可愛いらしい!!

嬉しいなぁ、僕と会う為にこんなにめかし込んでくれたなんて…」


 定番のやり取り…フロンのだらしなくデレデレの顔を見ていれば私のコーデは間違っていなかったと思われる。


「あの、少しここでお話しませんか?」


「うん、いいよ」


 他のカップルに倣い、噴水の縁に二人で腰掛けた。


「よっと!!」


フロンがコインを握った拳に載せ親指で弾いた。

弾かれたコインは高く舞い上がり背後の噴水の池に落ちる。

いったい今の行為にはどういった意味があるんだ?


「あの…今のは?」


「あれ、シャーリーさん知らない?この噴水、こうやって背面越しにコインをトスして噴水の池に上手く入れば願い事が叶うと言われているんだよ」


「へぇ…そうなんですね」


辺りを見回すとフロンと同じ様にコインを池に入れている若者が結構いることに気付く。

中には前に飛んだりして上手く池に入れられない者もしばしば。


「フロンさんは何をお願いしたんですか?」


「へへっ、シャーリーさんともっと仲良くなれますようにって…」


あ~~~っ!!何て恥ずかしい歯が浮く様な台詞!!

それに私とお前は敵同士、仲良くしているのは上辺だけ!!

用が済んだら早々に別れてやるんだからね!!


「シャーリーさんもやってみる?」


「えっ、私は…」


「ほらほら、コインを持って」


半ば強引に拳を握らされ親指にコインを載せられた。

その時に必要以上にベタベタと私の手に触れてきたな…。

そんなに私とそういう仲になりたいかね…お可愛い事だな。

私が男と知ったらコイツはどういう顔をするだろうか。

まあ折角だから人間の遊びに付き合ってやろうじゃないか。

私はコインの下の親指に力を込めた。


ピーーーーーーン…!!


「あっあれ!?」


「アハハッ…!!シャーリーさんは下手くそだな~!!!!アハハッ!!」


私の弾いたコインは池のある後ろではなく遥か前方へ飛んで行ってしまった。

くそっ、案外難しいな…。

それにしてもフロンの奴、そんなに笑わなくていいじゃないか!!

折角『魔王軍がこの先も安泰でありますように』ってお願いしようと思ったのに。

まあいい…それよりそろそろ本題にはいるとするか。


「あの、フロンさんは普段は勇者としての活動をしているんですよね…お一人なんですか?」


「うん?いや流石に俺一人の力じゃ出来る事に限界があるからね…大討伐以外でもちゃんとしたパーティー仲間がいるよ」


「そうなんですね」


 因みに勇者を含め、冒険者の行動には大きく分けて二つある。


 まずは通常の『任務』。

これはソロ及び比較的小規模の人数で編成されたパーティー単位で各々の任務をこなす事。


 そして『大討伐』。

これは先程の『任務』と違い、パーティーの垣根を超え大規模な軍隊、軍勢を編成して巨大モンスターや魔王軍幹部と戦う総力戦だ。

二日前、ヒュウガ様が大怪我を負ったのはこの『大討伐』の方だ。


「何だったら会ってみるかい?今ならきっと冒険者ギルドが経営している酒場に居るはずだ」


「えっ?そんな急に?」


「いいからいいから!!」


フロンは私の腕を掴み、立ち上がる。

コイツ、言い出したら聞かない強引な所があるな…付き合う女の子は結構大変だぞ。

引っ張られる様にして着いた所は妙な迫力のある物々しい建物だった。


『冒険者ギルド』…『明けの明星亭』


看板が二つ掲げられており、各々の下に扉がある。


「私みたいな一般人は入れないんじゃ…?」


「大丈夫だよ、『明けの明星亭』は一般のお客も利用出来るんだ」


フロンが扉を押し開くと扉の上部にぶら下がっている来客を知らせる鐘がガラガラと鳴る。


「いらっしゃいませー!!あらフロンさん、今日は可愛いお客さんを連れてきたのね!!」


「ああ、この子が冒険者に興味があるそうだから連れてきたんだ」


「まあ、冒険者を志望するの?」


「いえいえ!!冒険者志望ではなくてどんな方々が働いてらっしゃるのかな~と思いまして…」


「あらご免なさい、私ったら早とちりしちゃった、よく見たらそんな感じでは無いものね、ゆっくりしていってね」


妙にハキハキとした押しの強い給仕のお姉さんに危うく冒険者にされそうになってしまった…勇者の情報を掴むために来たのに魔王軍と敵対してしまったらそれこそ本末転倒だ。

っていうか今のはフロンの言い方が悪いな、うん。

まあ将来的に、スパイとして魔王軍から誰かを潜入させる必要が出て来るかも知れないから、頭の端っこには留めておくとしよう。


「よう!!みんな揃ってるかい?」


酒場の長いテーブルの一角に居る冒険者たちにフロンが声を掛ける。


「あれ?フロン、お昼はここに来ない筈じゃあ…あら、その後ろの方は?」


魔導士風の若い女性がフロンの呼びかけに答え、話しかけてきた。


「やあセリカ、紹介するよ…最近知り合ったシャーリーさんだ」


「初めまして、シャーリーです…宜しくお願いします」


さわやかに深々とお辞儀をする。


「こちらこそ初めまして、私は魔導士のセリカといいます」


このセリカという女、やっぱり魔導士か…この軽装で魔法のつえを持っている以上はそうだろうと思った。


「やあ、これは可愛らしいお嬢さんだ…拙僧は僧侶のノーマンと申します、以後お見知りおきを…」


物腰の柔らかい優しそうな表情の男…なるほどコイツが回復役と言う訳だな。


「俺は…タンクって言います…よろしく」


丸々太った鎧の男…彼の後方の壁には巨大な盾がある、なるほど『名は体を表す』とはよく言ったもの…コイツがパーティーの盾役なのは間違いない。


「ここであったのも何かの縁です、シャーリーさん、折角だから一緒に食事をしていきませんか?」


「さすがノーマン、俺もそう言おうと思ってたとこなんだよ」


「えっ…いいのですか?私みたいな部外者がお邪魔して…」


「遠慮なんてしない、冒険者なんてみんなそんな事は気にしないのよ」


「セリカさん…ではお言葉に甘えて…」


「そう来なくっちゃ!!」


フロンは嬉しそうだ。


 しかしこの出会いが後にあんな悲劇の幕開けになろうとは、今の彼らも…この私ですらも想像していなかった。

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