第5話 はにーとらっぷっておいしいの?


 まさか街に入ってすぐに件の蛙勇者と鉢合わせするとは想定外だ。


 ここは一度距離を取って遠巻きから観察した方が無難ではないだろうか。


「ぶつかってしまって本当に済みませんでした…それでは私は失礼します!!」


 勇者にお辞儀をした後、慌てて踵を返す私…しかし急に足首を捻ったせいか履いていた靴が地面に引っかかり体勢を崩してしまった。


「きゃあああっ!?」


 後ろに傾いていく身体…転ぶ!!そう思ったが背中はいつまで経っても地面に接する事は無かった。

あれ?何で私、斜めの体勢で止まってるんだ?


「大丈夫ですか!?」


 目の前に目つきの鋭い勇者の顔がある。

 私の腰に左腕を回し、左手を彼の右手で掴まれている。

 どうやら私が転倒しそうなのに気付き、回り込んで抱き留めてくれたらしい。

 その体制はまるで社交ダンスのキメポーズにの様ではないか。


「あっ…あの、有難うございます!!」


「ああ…いや、気を付けて…」


 立たせてくれた後、礼を言う私を見て頬を赤らめ顔を逸らす勇者…むっ、この態度から察するに女性経験が浅いと感じるな。

 まあいい、一度態勢を整えて…あれ?何だか歩き辛い、右の足が短くなったような感覚。


「おや…この靴、踵の部分が取れてますね」


 私の様子がおかしいのを見て勇者君が靴を見てくれた…靴の裏側を見せてもうと、見事にポッキリとヒール部分が折れてしまっていた。

 しかしこの状態で靴を履いたまま歩くのは辛いものがある。


「靴を脱いで裸足で帰りますから大丈夫ですよ」


 何たる失態…これでは情報収集どころでは無い。

 こんな千載一遇のチャンスを逃すのは不本意だが一度出直そう…。

 そう思った矢先、不意に私身体を勇者君が持ち上げたではないか…しかも俗に言うお姫様抱っこと言う奴で!!


「なななっ…急に何を!?」


「裸足で歩くなんてとんでもない!!こんな綺麗な足が傷ついてしまうじゃありませんか!!」


 よくも初対面の女に対してそんな歯の浮く様な台詞を言えるなこの男…見た目に寄らず案外軽薄なのか?

 それなのに何故か私も顔がカーッと熱くなり胸が高鳴っていた。

 私は何を考えている?相手は男だぞ?

 いや、そこが問題なのではない…何で私が人間なんかに…こんな人間なんかに…。


「俺の知り合いの靴屋が近くにあります、そこまで我慢してくださいね」


「ちょっと…!!」


 慌てる私をよそに彼はそのまま歩き出す…ここは天下の往来、すれ違う人々が皆こちらを振り返る…こんなに恥ずかしい事は無い。

 中にはヒソヒソ話をする女たちも見受けられ、私は顔から火が出そうだった。


「着きました、ここです」


 やがて辿り着いたのは町の離れ、古い商店が長屋の様に連なる場所だった。

 私はやっとお姫様抱っこから解放され、その中の靴の描かれた看板が掲げてある一軒に、勇者に促され入る事になった。


「オヤジさん居るかい?」


「おおフロン…よく来た、久し振りじゃな」


「ご無沙汰してます」


 フロンと呼ばれた勇者は靴屋の主人と親し気に暫く世間話に花を咲かせている。

 その間、私は店内を一通り見回してみた…店舗自体はかなり年季が入っていて壁紙もあちこち剥がれていたが、商品や棚は綺麗に並べてあり好感が持てる。


「ところでフロンや、あちらのお嬢さんは?」


「ああそうでした、あの…お名前を教えて頂けますか?」


「えっと、私はシャー…シャーリーですわ…」


 名前なんて考えて無かった…とっさに口から出まかせで名乗ってしまったがまあいいだろう…。


「俺はフロンだよ宜しくね、おっとそうそう、シャーリーさんはさっき俺と街中でぶつかってしまって靴が壊れてしまったんだ…オヤジさん、修理を頼めるかい?」


 フロンは私の靴をカウンターに置く…ぶつかった場所からずっと持っていてくれたんだ…いい所あるじゃない。


「うむ、この程度なら10分と掛からんよ…今お茶を出すから二人共そこで腰掛けて待っていなされ」


 店内には客が修理時間に待って居られる様、丸テーブルと椅子があった。

 店主に言われるままそこに腰掛ける。


「シャーリーさん、ぶつかった時にどこも傷めてないかい?」


「ええっ…大丈夫ですよ」


「そう、それはよかった…こんなに美しいお嬢さんに怪我をさせたとあっては勇者の名折れだからね…」


 自分から勇者の話をしてきたか…これはある意味渡りに船だ…これを機に情報を聞き引き出してみるか。


「フロンさんは勇者なのですか?」


「はあ、やっぱり君は知らないか俺の事…なんかそんな気はしてたんだ…」


 あれ?何落ち込んでるんだこいつ?私、何かおかしな反応したかな?


「あの?」


「ああ、ごめんごめん…俺もまだまだだなって話…昨日、魔王軍の四天王の一人をを退けたんだけど、まだ街の中に知らない人が居たんだなって…俺、ちょっと自惚れてたみたいだ…」


 やっぱりコイツがヒュウガ様をやった張本人か…。


「あと少しでとどめを刺せたんだ…でもこちらも沢山死傷者が出たんで痛み分けになってしまったのは残念だった」


 腐っても四天王ですからねヒュウガ様も…そう簡単にやられてたまりますか。

 手柄を自慢するなどこいつもそこらの人間と何ら変わらないと言う事か…。

 もっとストイックな奴かと思っていたが私の買いかぶりだったようだな…。


「俺はもっと有名になって金を稼がなければならないんだよ…」


「おいおい、初対面のお嬢さんにそんな話じゃ退屈されるよ?そうじゃろシャーリーさん?」


 店主が紅茶を運んで来てフロンを揶揄う。


「いえ、私は別に…」


 名声と金が目的か…ますます株が下がったな…所詮人間の勇者なんてそんなもの…まあもう少し話は聞いておくか。


「そのお金で何か買うのでしょうか?新しい装備?それとも家を建てるとか?」


「いやちょっとね…それこそ初対面の女の子に聞かせる事じゃないよ…」


 おや?雲行きが怪しくなって来たぞ?この男、何か隠している?


「ごめんなさい私、フロンさんが四天王を倒すようなそんなに凄い人だと思わなくて…さっきは失礼な事言っちゃって…だから私、もっとフロンさんの事を知りたいんです」


 我ながら上手い切り返しだと思う…ここで少し頬を赤らめて瞳を潤ませればこの男だってイチコロだろう。


「…俺、孤児院出身なんだ…」



「あっ…」


「幼い頃魔王軍に両親を殺された俺は孤児院に拾われた…

そこには沢山の戦災孤児が居てね、食べる物も無く衣服も継ぎはぎだらけ…

運営していたシスターはいつも運転資金に困っていたよ…

だから俺も幼い内から街に働きに出ていたんだが、親が居ない事をよく街の子供にからかわれてね、よくケンカもしたものさ…」


「そうだな~昔はワシがよく仲裁に入ったものさ…それが今はこんなに立派になるなんてな」


 カウンターで靴の修復作業をしていた老店主が遠い目で会話に加わる。


「いや、悪かったと思ってるよオヤジさん…」


 頭を掻きかき苦笑いをするフロン…普段の目付きの鋭さからは想像できない温和な表情…コイツ、こんな顔もするんだ…。


「そうだったんですか…」


「だから俺は大人になった今、この我流で磨いた剣技で必ずや魔王を倒し、富と名声を手に入れて孤児院に恩返しがしたいんだ…そして孤児出身でもここまでになれると子供たちに見せてやりたい!!」


 拳を握りしめ、瞳を輝かせるフロンは見ていられない程眩しかった。

まるで私とは真逆だな…腹が立つ。


「あっ、ご免…俺だけベラベラしゃべっちゃって…」


「いえ、構いませんよ…とても興味深いお話でしたし…」


 そう…とても興味深い…この手の最下層から逆境を跳ね除けて成長してきたタイプの人間は思いの外手強い…。

  恵まれた環境から一攫千金や名声目当てで冒険者や勇者になった薄っぺらな連中と比べ、生きるという明確な目標があるだけに覚悟が違う。

 一見どちらも富と名声を追い求めている様に見える…しかし後者なら無理と分かれば簡単にやめてしまえるが、前者は違う…仮に命を落とす事になっても目標を達成するまで前進を止めないのだ。


「さあ出来たよシャーリーさん」


 店主に渡された片方だけの靴を見る…それはとても美しく修繕してあり、本当に直したものなのかと疑う程の出来だった。


「凄いだろう?この爺さん、靴職人としての腕だけは確かだから」


「なんじゃと!?だけとはなんじゃ、だけとは!!」


 からかわれた店主ももちろん本気では怒っていない、二人共私に気を使っておどけて見せているだけだ。


「ありがとうございます!!修理代はおいくらですか?」


「おっと、ここは俺に出させてください…元はと言えば俺にぶつかったのが原因だし」


「そんなわけにはいきません、今日知り合ったばかりの方にそこまでして頂く謂れは…」


「じゃあこうしましょう、また明日俺と会ってください…それで手打ちという事で」


 やはりこの男、相当な女たらしだ…でも待てよ?今日はこいつの個人情報をかなり引き出せたが、まだ肝心の戦力についての探りがまだだった。

 今からそれを聞き出すのは不自然…ならばここは敢えてコイツの下心につけ込んでまた会う口実としよう…。


「もう、強引な人…いいわ、あなたの提案に乗ってあげる…」


「本当!?やった!!じゃあ明日の11時に街の中心の噴水前でまちあわせよう!!」


「分かりました」


 靴屋を出るとフロンは手を振って走り去っていった。

 私は最大限の愛想笑いを浮かべて何度も振り返りながら手を振り、去っていくフロンを見送った。




「あ~~~…疲れた~~~…」


 私は魔王城の自室に帰って来るなりメイクも落とさずベッドに突っ込んだ。

 女のフリをして男の機嫌を取るのがこんなに疲れるとは…。

 でも私の女装は完璧だな、あの勇者フロンのデレデレした態度を見れば分かる…あいつは完全に私、シャーリーという架空の少女に惚れてしまってる。

 今、私は奇妙な自信と充実感に満たされていた。


「あらアンタ、帰って来てたんだ…ってなんて格好をしてるの?遂に目覚めちゃったのかしら?」


「ショウカク様…?」


 部屋の入り口にはいつの間にかショウカク様が居た。

 そして入ってよいとも言ってないのにずかずかと私に部屋に上がり込んで来たではないか。


「キリシマから聞いたわ、ヒュウガをやった奴を調べてるんだって?

でもまさかアンタが女装してるとは思わなかったけど」


「こっちの格好の方が何かと都合がいいんですよ、実際この姿のお蔭で相手を釣れましたし…」


「まあアンタ、立派にハニートラップを仕掛けてるんじゃない!!」


「ハニートラップって…私はこんなナリをしてますが立派な男ですよ?

何で男に好き好んで色目を使うんですか!!」


「まあまあそう怒らないの…折角の可愛い顔が台無しよ?」


「~~~~~」


 私に向けられるショウカク様の妖艶な笑み…完全に私を揶揄って楽しんでいるとしか思えない。


「でもそのメイクと服のコーディネイトは頂けないわね…ちょっとメイク道具を貸しなさい!!」


「わわっ!!ちょっと…!!」


 それから私は暫くショウカク様から魅力ある女性とは何たるかの抗議を一晩中受けさせられる羽目になったしまった。

 ただその時に言われた一言が少し引っ掛かった。


「あまり入り込みすぎては駄目よ?情が移ってしまったら後が大変だから…」


 私はこの15年間ほとんど魔王城から出た事は無かったし、四天王や味方の兵士以外の者に会った事が無かったので、相手に好意を持つとか恋愛感情とかは正直分からない…だからショウカク様の言った一言も漠然としか理解できない。

 まあ必要な情報をフロンから聞き出したらそれでお別れだから心配はいらないだろう。


 もう夜が明けてしまっている、フロンとの待ち合わせまであまり時間がないが、余りの疲労にぱたりとベッドに倒れる様に眠りに落ちてしまった。


 その後、慌てて準備する羽目になったのは内緒だ。

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