第4話 魔王代理は静かに暮らしたい
「…報告は以上になります」
『うむ、ご苦労…下がってよいぞ…』
「ははっ!!」
定時報告を兵士から受ける魔王ザリュード様…しかしこのザリュード様は実は精巧に造られた自動人形…言わば偽物だ。
誰も成り手がいない魔王の座…周囲の半ば押し付けで、私こと魔王補佐官のシャープスが玉座の後ろの暗幕の陰から自動人形を操っているのである。
この事は魔王軍最高幹部である四天王と極少数の者しか知らない秘密だ。
私はザリュード様にお仕えしてからお亡くなりになるまでの十五年間、ずっと傍らに控えていたのだ…あのお方の仰りそうな文言やしゃべり方の癖は全て把握している。
それが功を奏してか、今の所部下たちには特に怪しまれていない。
この自動人形が完成してから数日…特に大きなトラブルも無く魔王軍を運営出来ていると思う。
ザリュード様が生前私に語ってくれた事だが、魔王たるもの世界を完全に征服してはいけないのだそうな。
人間たちに反撃できる余力を残す…例え戦闘で人間を叩きのめしてたとしても完全に戦意を喪失させるのではなく、再び反撃できると思えるくらいに留めておき、そして再び叩きのめす…それこそが魔王の本懐、魔王の矜持なのだそうな。
私には未だにそれが何たるかを完全に理解できていないが、なるべくザリュード様の遺志に沿う形でやっていきたいと思っている。
要するに両勢力の均衡が保たれればよいのだ、これまで通りやっていれば問題ないだろう…人間側が極端に一線を越えて来なければ特に問題はない。
そろそろ陽が沈む頃合いだ…そろそろ本日の魔王活動はお終いだな。
我が魔王軍は優良組織だ、夜が更けてから部下を働かせる様な鬼畜にも劣る所業をよしとしない。
よく働きよく休む…これはザリュード様が魔王になられてからずっと守られて来た伝統だ。
「さて、私もそろそろ部屋に戻って休むとしますか…」
腕をグーンと上方から後方へと逸らし伸びをする…なにせやり慣れない仕事なだけに疲労感が半端ではない。
「たたた…大変です魔王様!!」
一人の兵士が玉座の間に転がり込んで来た…私は慌てて玉座の裏に隠れる。
どうしたのだろう?もう本日の営業は終了している筈…。
私はもう一度自動人形の操縦装置を手にし兵士に問いかけた。
『何事だ…?そんなに慌てて…』
「はっ…失礼しました!!緊急事態が発生しましたのでご報告に参りました!!」
『緊急事態…?』
「はい…あっ、丁度ヒュウガ様が到着されました」
ヒュウガ様?あの蟹…一体何をやらかしたんだ?
色々考えていると部屋の入り口付近が騒がしい…これはヒュウガ様が喚いている声だな…どこまで騒がしいんだろう。
しかし部屋に入って来たヒュウガ様を見て、私はあっ!!と声を上げてしまった。
ヒュウガ様は大きな台車に仰向けで寝た状態で縛り付けられ、他の兵士たちに運ばれて来た。
そして彼の右側の腕が三本とも切断されて失われていたのだ。
『痛え!!痛えぞコノヤロー!!』
ジタバタと暴れるヒュウガ様、振り回された三本の左腕が兵士の一人に当たり派手に吹き飛ぶ…なるほど、こんな状態だから台車に縛り付けられていたんだな。
『一体何があったのだ…?説明しろヒュウガ』
『どうもこうもねぇ!!新しく現れた勇者に叩っ斬られたんだよ!!』
いやあんた、魔王の御前なんだからいつもみたいに敬語を使いなさいよ…何、私に話しかける様な言葉遣いなんだ…バレたらどうするよ。
『新しい勇者…だと…?』
『ああ…少なくとも俺は初めて見たぜあの顔…スゲェ目付きの悪い悪人面の奴だった』
どの口が言うんだねそれを…あなたのそのグロテスクな顔も相当ですよ?
『他に特徴は?』
『金髪でカエルみたいな黄緑色の外套を着ていたな』
例えが蛙とか、語彙が貧相だな…まあいいや。
しかしまさか新しい勇者とは…今までの勇者でここまで本気で掛かって来た者は居なかったんだが…。
私が思うに勇者側にも何か自分ルール的なものが個人個人に存在するのだと思う。
魔王を倒すのは勇者たちの共通の最終目的であるのは疑う余地もないが、中には草原で経験値稼ぎを延々と続ける者…洞窟やダンジョンに潜って宝探しをひたすら続ける者…カジノに入り浸る者…酒場で飲んだくれて騒ぐ者等々…こうやって列挙していくと案外、我が魔王軍より勝手気ままに振舞っているのでは…とさえ思えてくる。
なのでここまで真面目に魔王軍を攻略してくるのはかなり珍しいのだ。
それともう一つ問題なのはその勇者の実力だ。
知っての通りヒュウガ様は我が軍の四天王の一角だ。
その実力は単純な戦闘力において我が軍に並ぶ者が居ない。
そのヒュウガ様の腕を切り落としたのだ…これは間違いなく我が軍にとっての脅威だ。
そしてヒュウガ様の切り落とされた腕の胴体側の断面を改めて見る。
あまりにも見事な切断面…余程研ぎ澄まされた業物の剣か、極限まで修練した剣技か、或いは両方か…いずれにしても相当な手練れであるのは間違いない。
『腕の治療は?』
『そんなもん、数日もすればまた生えてくらぁ!!』
さすが蟹…今度鍋をする時にでも腕を一本提供してもらいたいものだ。
そうか、案外私もみんなの事を知らないものだ。
実際ヒュウガ様が大怪我をしたのは私が知る限りこの十五年でこれが初めてだ、
知らないのも無理はないよな。
『そうか、その勇者の事については私が調べておく、今日はもう帰って休むが良い…』
『ああ、そうさせてもらうぜ』
ヒュウガ様は台車に張り付いたまま兵士たちに運ばれて部屋を出て行った。
翌日…。
私はどうしてもその勇者の事が気になって、直に確認したくなってしまった。
魔王軍の脅威となり得る危険な存在を野放しには出来ないからだ。
そこで嫌がるキリシマ様を説得し、今日一日だけ魔王様自動人形の中の人をお願いした。
話し方のメモも渡したし何とかなるだろう。
身体が透明な彼ならば操縦装置を使わなくても自動人形を直に操作可能なのだからまさにうってつけだった。
但しその話し方は片言になってしまうが、今日は魔王様の体調がよくないと言う事にしてあるので問題ない…筈。
私は自室で変装の準備を始める。
今日の為に人間の服を調達して来たのだ。
その服、濃紺のワンピースに袖を通し軽くメイクをする。
長髪を左右に分け二本の三つ編みにしてバンダナを頭に巻いて姿見を見る…するとそこにはどこにでもいる平凡な人間の娘が姿を現した。
何故女装かって?
人間の街に情報収集に出向くにあたって男がこそこそ嗅ぎまわっているとすぐに怪しまれる。
娘の格好ならば愛想笑いしながら道に迷いましたで誤魔化せる場合が多いのだ。
女性の振る舞いなら私はお手の物、魔王様のお付きの仕事にも色々あるのです…まあ理由はお察しと言う事で。
ただ、非力な私が一人で行動するのはとても危険だ。
そこでこれ…『幻影の指輪』の出番である。
これは魔王様から直々に頂いたもので、文字通り幻と影を操る事が出来る指輪なのだ。
私にはちょっとした幻を相手に見せる、影の中に入って移動できるくらいしかこの指輪の能力を使えないが、力のある者が使えばもっとえげつない使い方や、攻撃に転用できるらしい。
あくまで護身用…無いよりはマシくらいの物である。
一時間後…。
私はとある人間の街に来ていた。
ヒュウガ様の話ではこの街の近くの森で件の勇者と戦闘になったらしい。
そうなるとその勇者はこの街を拠点にしているか、そうでなくても足取りくらいは掴めるのではないかと思ったからだ。
街の正面入り口を挟んで見張りの兵士が立っている…なるべく平静を装って門をくぐる。
「ちょっと待て…」
兵士の一人がこちらへ近づいてくる。
呼び止められた!?私の姿、どこかおかしい所があったか?
「美しい娘だな、俺はこれから交代で休みになるから一緒に食事でもしないか?」
何だナンパかよ驚かせやがって…これも私が美しすぎるからいけないのね…。
…っと冗談はさておきこんな男に付き合ってやる道理はない。
「私、これから彼と待ち合わせがあるんです…ご免なさい」
深々と頭を下げて猛ダッシュ…街の中まで入り込む。
今の場合、周りからはナンパから逃げる気の毒な娘にしか見えないから怪しまれる心配はない。
さてどこから情報収集しようか…。
「わぷっ…!!」
キョロキョロし過ぎて前方の警戒を怠ってしまい、誰かの背中に顔からぶつかってしまった。
「ごっ…ご免なさい!!」
「んっ…?ああ、いいよ…気を付けなよお嬢さん…」
振り向いた青年は鋭い目元に金髪のボサボサヘアで、金のラインで縁取りされた明るい緑色のジャケットを着ていた…腰には立派な剣も携えている。
えっ…あれ?この姿どこかで…。
あーーーーっ!!!
居た!!こいつが例の目付きが悪くて金髪の蛙みたいな奴!!
聞き込みなどでジワジワ迫っていくはずが、直に本人に遭遇してしまった。
はてさてどうしたものか…。
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