第3話 とりあえず影武者で


 緊急会議終了後、私は魔王城内の廊下をズンズンと速足で歩いていた。

私としては例え内心が不機嫌だとしても表に出さないのがポリシーなのだが、今はそれを守れるほど心境は穏やかではなかった。


 何なんだあの四天王たちの態度は!!

普通、四天王たるもの魔王に何かあったら率先して行動する物じゃないのか!!

おまけに私に魔王軍の運営を押し付けやがって…正直私にはそんな大役は無理だ。

しかし大恩あるザリュード様が一から立ち上げた組織だ、このままみすみす勇者に滅ぼされるなんてのは我慢ならない。

 だから私は『新しい魔王』ではなく、あくまで『魔王補佐』の立場でこの難局を乗り切ってやろうと思う。


「シャープス様、どこに向かってるの?」


ツインテールのカオスが私の右側を浮遊しながら付いてくる。


「…この先は魔導鍛冶ギャンツ様の工場こうば…」


ショートボブ、アビスが左側を飛んでいる。


「そうとも、私はギャンツに造ってもらいたいものがあるんだ」


 そうこうして歩いている内に廊下の壁の質感が変わる、これまでの美しく整備された廊下とは明らかに異質な薄暗く、不定形の石を無造作に組んだ殺伐とした場所に到着した。

 そこにある錆びた鉄の大扉が更なる不気味さを醸し出している。

私も普段は足を運ばない場所なのだが今はそうも言っていられない事情があった。


 耳障りな音を立て軋みながら開く鉄扉…室内は思いの外広く、私の身の丈の半分ほどの身長の毛深くずんぐりした体型の者達が、よく分からない材料が載った手押し車で工場内を右往左往、忙しそうに走り回っている。

 彼らはドワーフ族…手先が器用で剣などの武器や鎧を始め、装飾品や日用品の加工、製造を得意としている種族である。

 そして私は工場の奥、一際立派な髭を蓄えている一人のドワーフに会いに行った。


「おやおや、これは珍しい…魔王補佐官殿がこんな汚い所に何の御用かな?」


 多分に嫌味が含まれている挨拶で出迎えてくれる…彼がこの工場の責任者のギャンツだ。

 過去に何度か武器や防具の短納期生産で無理を掛けた事を根に持っている様だ。 しかしどうしたものか…魔王が亡くなった情報はなるべく拡散したくはない。

 

 だがこれから私がギャンツに頼もうとしている事はそれを隠したままではかなり不自然に取られかねないのだ。

 でも最初は伏せていた方がいいな…どうしようもなくなった時に明かすとしよう。


「ああ、を伝えに来たんだ…ある物を作って欲しい」


 こう言い回せばまさか魔王様が亡くなっているとはギャンツも思うまい…。

我ながらうまい作戦だと思う。


「何だね、ある物ってのは」


「魔王様そっくりの自動人形を作って欲しい…それも大急ぎで」


「はあ?何だってそんな物が必要なんだね?」


やはりこうなったか…。


 聞き分けの良い部下なら二つ返事でなんの詮索も無く仕事に取り掛かってくれるのだろうが、知っての通り私はギャンツにあまりよい印象を持たれていない。

 魔王様本人の直々の要請ならこうはならなかったのだろうが、今はそんな事を言っても仕方の無い。


「魔王様は近々、とある作戦の為に秘密裏に魔王城を離れる事が多くなるとの事…

城に魔王が不在とあっては勇者共が魔王城へ一気に攻勢をかけて来ないとも限らない…そう言う訳で一種の『影武者』として魔王様そっくりの自動人形を運用しようと言う訳だ」


 ギャンツは立派な顎髭を何度も撫でながら訝し気に私を睨んで来る。

 理由としてちょっと苦しかったか?


 だが私が考えるにこの魔王様自動人形はどうしても必要なものなのだ。

魔王様の死去が魔王軍全体に知れ渡る事で末端の兵士たちの士気が劇的に下がるのは目に見えている。

 これが私が情報を拡散したくない理由の一つだ。


 そして四天王の誰もが軍の総指揮を執りたがらないと言うのも問題だ。

誰がトップに君臨するのかでも軍の結束力は大きく違ってくる。

 多分私が指揮を執ると言うのは四天王の誰が指揮を執るのと比較しても最も求心力が無いであろう事は想像に難くない。

 目の前のギャンツがそうであるように、魔王様の生前から何の戦闘力も無い私が魔王様の補佐官をやっている事を快く思っていなかった者は多いのだ。

 自分で言ってて少し情けなくなって来るが…。

 だが悲観ばかりもしていられない、もたもたしていてはただ坐して死を待つのみ。


「…それで仕様は?」


「えっ?」


「ただ描き割りみたいに突っ立てるだけじゃ駄目なんだろう?」


 良かった…どうやらギャンツはこれ以上詮索せずに依頼を聞いてくれるようだ。

 そうと決まれば…。


「ある程度自律的に自然な動きをするように作って欲しいんだ…

それに加えて他者が操作できる様にもしてほしい…

こう、携帯できるコントローラーみたいな物で動かせる様にね…

それと操縦者がしゃべった声が魔王様の声に変換される様に出来ないかな?

どちらかと言うとこの機能が一番重要なんだが…お願いできるか?」


「分かったよ、作り始めて見なけりゃ分からないが納期に最低十日はくれ…」


「ありがとう…恩に着る」


 自然と最敬礼並の角度で私はギャンツに頭を下げた。

 俺の事をどう思おうが構わない、それこそ藁にも縋る思いだ。


「あ?何であんたがそこまでする?魔王様の依頼なんだからお前さんはもっとどっしり構えてくんねぇとこっちが面食らうぜ」


「ああ、そうだな…これから何かと頼み事が多くなるかもしれないが、よろしく頼む」


「お手柔らかにたのむぜ…」


 何だろう…ギャンツの私に対する態度が少し柔らかくなった気がする。

 彼が差し出した右手を握りしめ握手を交わした。




 そして約束の十日後…。


「シャープスのあんちゃん、待たせたな、出来上がったぜ!!」


「おおっこれは…」


台車に載せられて布を掛けられた大きな物体が魔王の謁見の間に運ばれて来た。

私と双子、四天王の面々が出迎える。


「おっ?今日は魔王様はおられないのか?」


「あっ…ああ、早速でかけていらっしゃるよ」


「そうか…」


 ギャンツに他意は無いのは分かっているが、私が魔王様の死を秘密にしているのを知っててやっているのかと勘繰ってしまう。

いかんいかん…ここは平常心だ。


「じゃあ代わりにあんたがこの紐を引っ張ってくれ…お披露目といこうや」


「えっ私が?」


 ギャンツに渡されたのは真っ赤な飾り紐だった。

紐の反対側は先程の大きな物体に掛かった布に繋がっている。

要するにここで除幕式をやれと言う事なのだろう。


「ではいきますよ…それっ!!」


 私は紐を勢いよく引っ張った。 

たなびきながら布が下がっていく…やがて姿を現したのは生前の魔王ザリュード様に生き写しの自動人形だった。


『ホホウ…コレハヨク似テオラレル…』


相変わらずどこに居るのか分からないキリシマ様の感嘆の声が聞こえる。


「まあ…素敵ですわ!!私も屋敷に一体欲しい位です!!」


ショウカク様は恍惚とした表情で自動人形を見つめている。


『作り物だってのは分かってるんだが、何だかすぐにでも動き出しそうだな…』


ヒュウガ様も案外大人しく人形を見ていた。

普段は粗暴な彼だが、魔王様の前では借りてきた猫みたいに大人しかったなと、ふと思い出していた。

こんな個性的なメンツをザリュード様はしっかり纏めていらっしゃったな…。

あれ…?魔王様の事を思い出したら少し目頭が熱い…いかん感傷に耽ってしまったな。


「これが依頼の品だ、ちょいと試してみな」


次にギャンツが渡して来た物は台形の物体に左右二本のスティックが突き出た物だった…その中心からは先端に丸い物が付いた細長い物が生えていた。

しかし私はこれがすぐにこの魔王様自動人形の遠隔操作装置であることを理解した。

この形を見ていると何故か自然にそう思えたのだ。

早速スティックを握り交互に前後させてみる。

すると自動人形はゆっくりと全身を始めた。


「あっ…動いた!!」

「……んっ」


カオスとアビスは物珍しそうに自動人形の周りを飛び回る。

よし、お次はこの真ん中の丸い物に何かしゃべってみよう…多分これが声を取集する装置だろう。


『よく集まってくれた我が精鋭よ!!』


四天王を招集した時に魔王様がよく発していたセリフだ。

うん、声もそっくりだな…これなら申し分ない。

しかし直後に予想だにしていない事が起った。


「ははーーーーーっ!!!」


一斉に四天王がその魔王人形に対して跪いたのだ。


「ちょっと皆様!!今は試験的にしゃべる機能を使っただけですよ!!

あれは魔王様本人ではないのですから…!!」


『あっ…そうだった…てめえシャープス!!紛らわしい事してんじゃねえ!!』


「ひっ…済みません」


何だよ…ヒュウガ様、あんた自分から跪いたんだろう?人に当たるなよな…。

しかしこの自動人形の完成度…まさかここまでとは…。

これさえあれば当面は魔王軍の士気に影響が出ないだろう。


しかし問題はまだ山積しているのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る