第8話 常春の終焉


 「フンフンフ~ン♪」


 今日も今日とて私はメイクに勤しむ。

ショウカク様に手伝ってもらわなくても段々メイクにかける時間が短くなって来た。

 最初は下手だったメイクも数日たてば上達するものだな。

あれからも私は何度かフロンとそのパーティーメンバーに接触している。

仲良くなるにつれ、彼らの性格や考え方などの情報が次々と明るみになっていく。

情報は力だ、これで我々の勝利はより確実なものへとなっていくだろう。

今日もこれから彼らに会う約束をしているのだ。

フロンと何を話そうかな…今から楽しみだ。


「楽しそうねシャープス…いえシャーリーだっけ?

この際、もう本当の女の子になっちゃえば?」


 部屋の入り口にはショウカク様が立っていた。

相変わらず言動は皮肉たっぷりだ。


「なっ何を言ってるんですか!!これは勇者の動向をさぐる立派な任務でしてね…!!」


「ふ~ん…じゃあなんでこんなに女物の服やアクセサリーが増えてるのかしら?」


 ハンガーラックにはびっしりとカラフルな洋服が掛かっていた。

キャビネットには指輪やブローチ、ネックレスやブレスレットが一杯だ。

これらは当然街で買ったものもあるが、倒した冒険者や、襲撃した街や村から得たものもある。 

ショウカク様は半ば呆れた顔でそれらを物色している。


「やるからには完璧を目指さなければ…半端な覚悟ではいつ正体がバレるか分かりませんから…」


「そのランジェリーもその一環だっていうの?」


「きゃっ!!ちょっとやめてくださいよ!!」


 ショウカク様が私が着ている紫のシースルーのベビードールを捲ったせいでセクシーな下着がより露わになる…俗に言う勝負下着というやつだ。

慌てて私はベビードールを押さえ付けた。

詳しくは言わないが男が女物の下着を着けているのだ、当然股間は不自然な状態になっている。


「だって、いつそういう雰囲気になるか分からないじゃないですか」


「…呆れたわ…だからあれほど気を付けろと言ったのよ…深みにはまるなってね…

この前は半分冗談で言ったけど、これじゃあもう手遅れだわ」


 ショウカク様に指摘され私は我に返った。

そうだった…フロンや彼のパーティーの男性陣に会うたび、あまりに女の子としてもてはやされるものだからついその気になってしまった自分に気付く。

 そう言えば唯一の女性メンバーのセリカは最初こそフレンドリーだったが最近は距離を置いている…あれは明らかに嫉妬…。

私は少し調子に乗っていたのかもしれない…。


「済みません、本分を忘れて少し流されました…」


「分かればいいのよ…ところで勇者の新たな情報は?」


「すでに報告済みのパーティーメンバーの詳細はこれ以上進展はありませんでした、私としては彼らの戦闘面、実際の戦闘をしている時の情報が欲しいのですが、私の潜入調査でそちらを探るのは限界があります」


「そう、分かったわ…今日、私とソウリュウで街を軽く襲撃するからアンタはその様子をよく見ておくのよ」


「えっ?ありがとうございます、助かりますよ」


珍しいな、ショウカク様がこんなに協力的なのは。


「いいのよ、魔王軍がこの先も存続できるかどうかはアンタに懸かってるんだからね、頼むわよ」


 そう言い残し、ショウカク様は部屋を出て行った。

今の私は魔王軍所属の上、魔王様代行だ…自分の居場所は魔王軍しかない…

たとえ私が人間だとしても…そう自分に言い聞かせ、改めて気持ちを引き締めた。




 私は街に来ていた。


もう何度目だろうか…初めて訪れた時の街は刺激と誘惑に溢れた場所だったが、慣れてしまうとそれがまるで当たり前だと思ってしまう。

その当たり前は実はとても不安定なものの上に成り立っているという事を誰も考えようともしない…こんな平和、いつでも簡単に崩壊してしまうというのに。


「やあシャーリー!!」


「おはようフロン」


 いつもの噴水の前で待ち合わせる。

私達はお互い呼び捨てだ相手の名前を呼ぶ仲になっていた。

これを聞いたらショウカク様は更に呆れる事だろう。

もう付き合っちゃえば?と言いそうだ。


「今日はどうしようか、シャーリーはどこか行きたい所はある?」


「私はフロンと一緒ならどこでもいいのよ」


「シャーリー…」


 ニコリと微笑むフロン…最初はヒュウガ様がフロンは悪人面なんて余計な情報を私に伝えるものだから、どんなにひどい顔をした人物だと思ったが、目付きが多少きついだけで根はやさしい好青年だった。

ただちょっとキザなところと惚れっぽい所が玉にキズかな。

だが今となっては彼の笑顔を見ると胸がときめく自分が居る。

男同士なのに何でそんな感情が芽生えてしまったんだろう。

 しかしもうこれ以上深入りはしない…私達は敵同士、いつかは命を奪い合う事になるのだから。


「一緒に行ってほしい所があるんだけどついて来てくれるかい?」


「うん」


今回は敢えて明けの明星亭にはいかない、ショウカク様とソウリュウ様がじきに動く…そうなれば冒険者たちは嫌でもそこに集まる事になるからだ。


「勇者活動の方は順調?」


「ああ、何も問題ないよ…」


 歩きながら話す。

傍から聞けば何の変哲もない会話だが、暗にあれからセリカとはどうなったの?と聞いているのと同義だ。

フロンもそれに気付いており、こう答えているのだと思われる。

 ショウカク様に指摘を受けた通り、最近の私はフロンに入れ込み過ぎていた。

ここは心を鬼にして彼と接する事としよう。


 街はずれまで来た。

この辺まで来ると商店などは無く人通りもまばらだ。

更に進むと森の中に一軒の教会が見えてきた。


「着いたよ…ここが俺の育った孤児院さ…」


「はぁ……」


 私はため息を漏らす。

木漏れ日に照らされた教会の白い壁はとても美しく光を反射していた。

教会に近付くにつれ音楽と歌声が聞こえてくる。

フロンが礼拝堂の扉を静かに開けたので私も中を覗いてみると、初老のシスターが弾く音楽に合わせて子供たちが歌っているではないか。


「ここだけは絶対守らなければいけないんだ…命に代えてもね…」


「フロン…」


 私は何故フロンに惹かれているのか何となく分かってきた。

私とフロンは境遇が似ているのだ。

ただ、拾われた相手が対極の立場であるという違いがあるだけで、無力な子供はそこで生きて、そこの空気に染まっていく。

 もし私が魔王に斬りかからなければ、もしかしたら私もこの孤児院に拾われていたのかも知れない。


「シスターこんにちは」


「まあ、フロンかい?」


「あっ!!フロン兄ちゃんだ!!」

「フロン兄ちゃ~~~ん!!」


 一曲歌い終わったタイミングでフロンが礼拝堂に入りしルターに声を掛けた。

子供たちが一斉にフロンに群がる…彼はここでも皆の勇者なんだな。


「ねぇねぇ、お姉ちゃん誰?」


私のスカートの裾を小さな男の子が引っ張る。


「あの…私は…」


「分かった!!お姉さんはフロンお兄さんの彼女でしょう!!」


 十歳くらいの子がそう言うと、他の子達もわあっと一斉に声を上げ群がって来る。

中には彼女というものが何なのか理解しないで騒いでいる子も見受けられる。


「ちょっと待って…」


 押しくらまんじゅうの様にもみくちゃにされる私。

年頃の女の子たちは恋愛に対しての質問を矢継ぎ早にしてきて、少し異性に興味を持ってきた年頃の男の子は私の身体にぺたぺたと触ってくる。

あっ…こらっ…お尻を触らないでぇ…。


「こら、お姉さん困ってるだろう?静かにしなさい」


「はーーーーーい!!」


スカートや髪の毛を引っ張られて困っている所にフロンが助け舟を出してくれた。

さすがは勇者、子供たちはすぐに私に対してのいたずらを止めた。


「二人共こちらへ…ここではお話出来ないでしょう?」


「ありがとうシスター」

「ありがとうございます」


私とフロンはシスターに促され別室に移動した。


「シスター、これ今月分の寄付だよ」


フロンがテーブルに両手に丁度収まる程の大きさの巾着袋を置く。

口を広げると中にはぎっしり銀貨が詰まっていた。


「まあ!!どうしたのですこんなに…」


シスターは困惑混じりの声を上げた。


「ここのところ中々割の良いクエストが多かったからね…いつもより多く持って来たよ」


「いくら何でもこんなには受け取れないわ」


「そんな事言わずに、そう言えば礼拝堂が雨漏りするって言ってたじゃない…

その修理にこれを使ってよ」


「いつもありがとう…」


 涙ぐみながらフロンの手を取るシスター。

フロン、コイツ…どこまで言い奴なんだ。


「あなたがシャーリーさんですね?」


「はっ、はいそうですけど…」


 シスターがこちらに来て今度は私の手を取る。

あれっ?私、シスターに名乗っただろうか?


「いつもフロンがお話してくれるのよ、お節介だとは思うのだけれどフロンの事、よろしくお願いしますね…」


「ちょっとシスター!!何言ってるの!?」


 慌てたフロンが私とシスターの会話に割って入って来た。


「ごめんねシャーリー」


「いえ…大丈夫よ…」


 フロンの顔は茹でダコの様に真っ赤だ。

そんな顔で私を見ないでくれるかな…決心が揺らぐじゃないか。




 夕暮れ時…二人で並んで歩く帰り道。


「シャーリー…ちょっと聞いてくれるかい?」


「なに?」


「俺はね、君に会えて良かったと思ってる…世の為人の為、孤児院の皆の為と自分に言い聞かせて戦って来たけど、どこかで着かれてしまっていたのだと思う…

そんな時君と出会えた…そんな心の疲れやわだかまりを吹き飛ばすような衝撃を受けたよ…なんて美しい人なんだってね…」


「そんな…」


 またフロンはそういう事を言う…せっかく突っぱねようとした矢先にこんな嬉し恥ずかしい事を言われたら私は…。


「君に聞いてもらいたい事がある…」


フロンの真剣な眼差し…まさかこれは…ダメ…その先は言わないで…。


「うわああああっ!!魔王軍の幹部が攻めてきたぞ!!」


「何だって!?君!!詳しく聞かせてくれないか!?」


「街の正門に魔王の軍勢が突然襲って来たんだ!!しかも幹部が二人も同時に現れたらしいぜ!!」


「何てことだ…行かなければ…」


通りを逃げ惑う人々に事情を聴いたフロンは人々と反対方向に走り出す。


「ごめんシャーリー!!また明日噴水に来てくれるかい!?」


「フロン…!!」


私は返事が出来なかった…これから私もそちらに出向き、両者の戦いを見届けなくてはならないからだ。

そして私はそれきりフロンに会う事は無かった。

戦いの情報を得た事で、勇者フロンとその仲間たちの攻略のめどが立ったからだ。

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