第25話 勇者のセーブ12


「アタシの体を元の人間に戻して欲しいの」








そう彼女は俺をまっすぐ見つめて言った。





なるほど、だから元々こんな姿をした悪魔だか魔獣だか


はたまた妖精なのか分からない個体がいたのか、と


胸中で合点がいった。








「そうか、君はどうして」





「ボルナ」





「...え?」





「私の名前はボルナ、人間だった頃の名前よ」








昼間は名乗る名がなんとか言ってたのに......


こちらが勇者の可能性が出てくると随分な変わり様だ。





「...じゃあボルナ、まず君はなんで昼間に襲ってきたの...?」








意地悪な質問であったか、とも思ったが口に出てしまった。





「...それはアンタもアタシをこんな風にした魔女の一味なのかと思ったのよ」








魔女の...一味?


今や科学と魔法が大っぴらに入り乱れる聖界で魔女というのは、


もはや古臭い言い伝えの様な気がしてならない。





だが目の前の見るもおぞましい姿に元々普通の人間であるという人を


変わり果てさせたと考えれば尋常ではない精神をしていることが分かる。








「でも俺を{人間}と形容して襲ってなかった?


 てっきり人間そのものを恨んでるのかと思ったのだけど...」





「...実は」





上半身の少女が寒がるかのように身を捩った。








「この下半身の本能に則られそうになることがあるの...


 特に何者かが自分のテリトリーに入ってくると、抑えが効かなくなって...」








沈痛な面持ちで人間の肌の部分を擦る彼女は、


本当に化け物になってしまった下半身を疎んでいるようだった。








「じゃあ...食べてやるとか言ってたのは...」





「あ、アタシじゃない!...言ったのはアタシの体だけど...」





どうやら相当込み入った事情のようだ......





と、何をこの依頼を受ける気でいるんだ俺は...


勇者でも無ければ強くもないのに......





でも......








「ボルナ、君をそんな体にした張本人はどこにいるの?」








ああ、言ってしまった。


もう引き返せない......





それでも不思議と後悔はまるで無かった。








「一番近いその子に乗って。その村まで案内するわ」








...やっぱり後悔の念が強まった。





俺、虫には弱いんだよ......











そうしてやたらふさふさした毛が生えた体に鳥肌を立たせながら


何とか大蜘蛛の上に乗ると、


ほぼ成人の男の体重+鎧と荷物を乗せたとは思えないほどの

速度を出して走り出した。








大蜘蛛の集団が森を突っ切る光景は壮観であり、


その中心にいることに少し興奮した。


馬に乗って滑走する騎士団のリーダーの気分だ。





乗っている生き物が華々しい馬とは似ても似つかないが...


段々虫に乗ってる感覚は和らいできた








「それにしても何で蜘蛛と意思の疎通が出来るのぉ~?!」





集団で森を突っ切っていると枝を踏み折って進む音や、


地ならしのような足音に包まれて大声でないと会話にならない。








「この子達がアタシの言葉が分かるみたい!


 アタシはこの子達が言ってることは分からない!


 この姿になる以前から虫たちとは仲良かったけどね!!」








そう言う彼女の下半身の馬力も凄まじい、


八つ足が地を駆ける様を人間大にするとここまで力強いとは。








大集団で夜の真っ暗な森を疾駆してほんの数分、


森の入り口からの道は無限に奥まで伸びている気がしたのにあっさりと抜け出して


初めて見る村が見える森の出口にいた。








「うわ、あっという間だ」





蜘蛛から慎重に降りて、とりあえず礼を小さく言った





「アタシ達のスピードなら一瞬よ」








自慢げに胸を張る彼女、


良かった、落ち込んでいたようだが走る内に気分は戻ったようだ。








「それにしてもこんな大集団で来る必要あった?」





「ええ、そりゃアタシの体を直してくれる勇者様のお見送りだもの。


 盛大の方が良いでしょ?」








ああ...そういうこと......





貧弱兵士には重すぎる期待を受けて、








ボルナと蜘蛛達の奇声の応援を背に深い夜に寝静まる問題の村へと向かう

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る