1-8 D2マント

「このD2ディープ・ダークマントは、対キリョクコーティングを施されていて、内側からだけでなく外側からのキリョクの干渉も拒絶する」


 ユベルがホワイトボードにマジックできゅきゅっと書いていく。子供の落書きみたいに見えて面白い。


「それって、キリョクの攻撃も弾けたりするんですか?」


「ヘルマン君、実に良い質問だ。答えは、イエスだ。攻撃の強さによるが、キリョクに対するシールド効果を期待出来る。耐久度については身体で覚えた方が早い」


「あ、分かります。身体で覚える、ね」


 実際、物を見ないと分からない、というのは俺も同感だ。


「また、このマントは高い迷彩効果を発揮し、周囲の景色に同化する性質もある。狙撃手にとっては十分な装備になるだろう」


 ユベルがブラムににこりと微笑む。

 ブラムが嬉し気に微笑みながらサムズアップする。全弾外されるという珍事は、恐らくもう起こらない。


「このD2マントの開発にはオガミ君の細胞が大きく貢献した。彼の広すぎるハルス領域と、他のまだ名称の決まっていない新しい細胞器官の役割を研究出来た事は、私にとっても幸運だった。改めて、ありがとう、と言わせてくれ」


 ユベルが胸に手を添えて、軽く礼をすると、周囲のスタッフが皆、拍手した。

 俺の自分を食うという行為に難色を示していた人たちも、ひと度研究成果が上がれば、もう貴重なサンプルとしか見なくなったらしい。


 この三週間、よく声を掛けて貰えるようになった。一緒に食事もするし、この間内輪の野球大会にもヴァイン技術主任のチームに混じって参加した。


 ユベルの隣にヴァイン技術主任が並ぶ。


「博士、ありがとう。今回のプロジェクトはライフル開発に始まりましたが、最終的にマントとのセットでの運用を設定する事になりました。初期ロットで製造したD2マント一万枚を軍に納品。非常に高い評価を得ています。開発に携わってくれた全員に感謝します」


 ヴァイン技術主任が軽く礼をする。スタッフが大きな拍手を贈った。俺も、ブラムも、拍手を贈る。


「参加してくれたキセ・オガミ氏とブラム・ヘルマン氏には、チームで開発した新型ライフルとマント数点を贈らせて頂きます。二人のますますのご活躍を祈っています。神のご加護を」


 俺とブラムは輪の中心に躍り出て、両手を上げ、胸に手を当てる。四方にお辞儀。拍手喝采を浴びながら、笑顔を振りまく。

 そして、拍手が切れた頃に、俺は皆に、話をした。


「私とヘルマンはこの後、ベイルートキングダム殲滅作戦に参加します。ひと月に満たない時間でしたが、皆さんと仕事が出来た事は誇りです。頂いた装備、ありがたく使わせて頂きます」


 続いて、ブラムが話す。


「どうも、空振り男です」


 受けを取ると、どっと周囲が笑った。つかみはオーケー。


「いや、それもマントが出来て、どうやら解決したようです。うちの相方が、ちょっとピーキーなお陰で新しい発見と素晴らしい成果に巡り合えました。携わってくれたスタッフ、博士の皆さんに心より感謝を。ありがとう」


 盛大な拍手、口笛。鳴り響いて、惜しみなくブラムに贈られた。流石、相棒殿はこういうのが上手い。


「さあ、皆、コップは持った?」


 ヴァイン技術主任がコップを掲げる。頭にはカラフルなとんがり帽子を被って、誰かが音楽を掛け始めた。


「今日は無礼講。仕事の事は忘れましょう!」


 打ち上げだ。今日は夜中まで騒ぐのだろう。酔えないアルコールと美味しい食事。何一つ不十分なものなんてない。


「ニンゲンとの触れ合いもたまにはいいな」


 ブラムがそっと俺に囁く。まったく同感だ。ニンゲンとは色々あるが、忘れられる時間があるのは幸福だと思う。


 幸福か……。


 ふと、ナナの事が気になった。水瀬みなせ監察官から来たメールでは、海上都市への移住をしたとの事だが、生活が上手くいっているといいのだが……。


 いずれにせよ、もう俺には関係のない一家の話だ。


 前に進もう。明日に繋がっていく今を駆け抜けよう。

 俺たちは、地球で、生きている。

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