1-7 希望
「亡くなったのは二千十二年だって?」
「三十一歳でした」
向かい合って座りながらユベルと話す。
タトゥーだらけの博士は慣れた手つきで採血している。既に細胞サンプルも採取されて、電子顕微鏡にセットされている。
「死因は?」
「病死? いや、ショック死だったのかな、あれは?」
「詳しく聞かせてくれ」
ユベルが興味あり気に微笑する。
「あの日、俺はステージで歌っていて、最後の曲を歌い終えて、アンコールに応えようとしたら……」
「身体が動かなかった?」
「そして、意識が暗いところに落ちていった……ような気がします」
「そうか……」
注射針が抜かれて、注射跡をアルコール消毒された。すぐに跡も消えてしまったから、意味があったか謎だが。
「生命の歌を聞く、という能力も、生前の記憶が影響している可能性が、ある」
「それは、ホシビト全体に言える傾向なんですか?」
「あるいは無念、あるいは願望、あるいは怒り、人によってそれぞれだが、君にとっては何だったと思う?」
「……」
考えてもみなかった。俺がどうしてそういう力の使い方をしているのか、と。
でも……何となく。
「希望……かな」
口を突いて出た答えに、ユベルは愉快気に笑った。
「それが、君を動かし、生かす動機だ。決して忘れぬ事だ」
注射針を試験管の蓋に突き刺し、血液を注いでいく。赤い血がガラスの中に流れ込んでいくのを見ながら、血の色が同じなのに、差別が起こるものなんだな、としみじみ思う。
「よし」
試験管を持って、ユベルが立ち上がる。試験管を遠心分離機にセットするのを見ながら、俺は、暇だな、と脳内でぼやく。
「ところで、コンスタンス、ヴァイン技術主任は、君から見てどうかね?」
折よく話題を提供して貰えた。パパ・ヴァインとしばしトークに興じてみよう。
「情熱的、芯が強い、譲らない、とにかく頑固ですね」
別に遠慮するつもりはない。この人は本音しか求めていない。
「ははははっ」
ユベルが笑っている。父親って大体あんな感じだ。自分の父もあんな感じだった。
「でも、仕事はきちんとやります。俺から見てもあのライフルは良い出来だ」
「それを全弾かわした、か。どれ、細胞を見てみよう」
ユベルが電子顕微鏡を覗く。
「……」
何だか、ちょっと恥ずかしい気がする。自分の裸を見られているような。まあ、ニンゲンじゃないから、あれですけど。
「……」
ユベルが電子顕微鏡から目を離して、口元を手で覆う。
彼が俺を見る。何か言いたいのか、何か聞きたいのか、しばし、じっと俺を見つめる。
そして、信じられないものを見たような顔で聞かれた。
「君は、神や天使を信じた事があるかね?」
「……え?」
ちょっと言っている事が分からない。
「少なくとも死後の世界で出会った事はありませんね」
経験者は語る、ね。
「ホシビトの細胞は人間に似ている。だが、やはり少し違う。君の細胞は、ほとんどが違う。そして、ハルス領域が、非常に広い」
「ハルス、領域? ドクター、それは何です?」
「ホシビトの細胞には人間のそれにはない部分があって、そこがキリョクを発する器官だと分かっているのだが、人間にもミトコンドリアとかがあるだろ? 細胞の中にも色々あって」
「ええ、分かります」
「君の細胞にはハルス領域以外に未知の細胞器官が幾つか見られた。これは恐らく世界で初めての症例だ。はっきりと言うぞ、君はホシビトという生き物から見た神秘だ」
「……」
ちょっと言っている事が分からない。
「予想と違ってしまった……だが、好都合かも知れん」
ユベルが悪そうな顔で笑っている。つまり、マントの開発は上手くいくという事か?
やっぱり天才ってよく分からない生き物だな。何処からでも先に進む抜け道を見つけるらしい。
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