3-10 ホシビトとニンゲン

 新東京の暴動から十日が経った。

 俺たちはまだ新東京にいる。


 事情聴取で五日拘束されて、一応形通りにやり取りはした。とんだ茶番だと内心毒づいてはいたが、担当した刑事がそれを知らない可能性を考えると、何とも気の毒だと怒る気にもなれなかった。


 まだ警察の管理下に置かれて、ホテルで軟禁状態だが、武器類については監察官が立ち会っている事と『特別』な事情があるという政府のご意向で、携帯を許可されている。


「コーヒーでいい?」


 彼女が気軽に俺に聞く。


「ミルク無し、砂糖二つで」


 やや白けた態度だが、これでも最初よりは軟化していると思う。水瀬みなせ監察官がずっと俺に張り付いている。形だけの立ち合いではあるが、もう五日も一緒だと流石に慣れてしまった。


「どうぞ」


 テーブルの上に白いカップが置かれる。


「浮かない顔ね」


 やや呆れたように笑う彼女に、俺は眉根を寄せる。


「心配しないで。すぐに基地に戻れるわ。ここに拘束されているのは、警察の事情ではないの」

「与党議員がホシビトに関する法案を提出して、それをメディアが報じるまで、だろ?」


「あら? 分かっていたの」


 意外そうに水瀬監察官が言うものだから、俺は本音で答えてやった。


「ホシビトの権利を認めようって動きを国民に見せて、ニンゲンの恩情は深いとアピールする。で、投降してきたホシビトの身分を決めて、ニンゲンより下にいると意識付けをさせる。いい気になっていたホシビトも立場を弁える時が来たと、国民の大多数が納得する」


「続けて」


「そこからホシビトとニンゲンの身分差別に話が及んで、ゆっくりと権利についての議論や、運動が加速していく。アメリカがそうだったように」


「結論を聞かせて」


 俺は水瀬監察官を見上げて、率直に言った。


「ホシビトはニンゲンのシステムに組み込まれる。両者が手を取り合う未来を創造していく」

「そう。そのための準備をずっとしていたの。私たちは、ニンゲンと争うべきではない。知的生命体として不自然だからよ」


「でも、その道は長く、困難に満ちているだろうな」

「私たちはニンゲンよりも長く生きられる。価値観が違ってきてしまうから」


「きっとまた争いが起きる。権利が同等になった後で、ニンゲンの側から不満が生まれる」

「自分たちが報われないと思ったら、そうなるわね」


「幸せになりたかった。そういう期待が裏切られた時の痛みは、人を変えてしまうからな」

「……あの子の事ね」


 水瀬監察官が知っている素振りを見せる。当然か、俺の資料には目を通しているだろうし。


「不思議なんだ。ニンゲンだった頃の感傷を捨てられない。もうニンゲンじゃないのに、何故こんなに大事にしてしまうのか……」


 つい口を突いて思いを語ってしまった。


「そういう気持ちが無ければ英雄は務まらない。何処にいても、何をしていても、英雄は英雄。自覚ではなく、生き方だから」

「……結構きつい事言うね」


「そう? 私は本音で話せて嬉しいけど?」

「そりゃ、どうも」


 コーヒーを啜った。ちょっとぬるくなっている。味は、悪くない。


 水瀬監察官がテレビをつける。チャンネルを国会中継に。正に、ホシビト関連の法案について、話し合いが始まっているところだ。


「ところで、この刀、どういったものなのか、聞かせてもらえる?」


 俺が、本題に入ると、彼女は蠱惑こわく的な笑みを浮かべて、向かいのソファーに座った。膝を組んで、俺をじっと見つめる。


「その刀は、ホシビトを空に戻すための神器。ニンゲンが持ちうる唯一の口減らしの手段」


 語られた話は、やはり思った通りだった。


 これは殺しの道具ではなかった。

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